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その三十
それからまもなく和睦交渉がおこなわれることとなる。唐辛子帝国からは藤吉郎様と十兵衛さんが出席した。ぼくも通訳として立ち会う。
交渉は思いのほか和やかにすすみ、ワオキツネガラモンサイドにはまだ未開拓の土地を領地としてあたえることになった。ワオキツネガラモンたちはたいへん喜んでいた。ちなみに藤吉郎さんから耳打ちされたところによると、あたえた領地はだれも欲しがらないような辺鄙な土地らしい。
「ガチガラモンのほうにも話、届きますよね?」
「はい。いま伝令を出してますから、そのうち引き返すでしょう。お騒がせいたしました」
幹部クラスのワオキツネガラモンはなかなか紳士的な方であった。手土産として「辛玉」を差し出すと、
「妻が喜びます」
と深々とお辞儀してそれを受け取っていた。
「では、われわれはそろそろ失礼いたします」
「そうですか。お気をつけてお帰りください」
上様の発案でこの晩は宴が催されることとなり、ぼくもしぶしぶ出席する。断ったら首をはねられるかもしれないと藤吉郎様に脅かされたからである。
くノ一さん専用の衣装部屋兼寝室でバニーガールの格好から元の身なりに着替える。エロエロレギンスさんがまたぞろ手伝ってくれた。ピチピチだったので助かった。化粧も落としてくれた。
宴の席はきっとピリピリムードなのだろうと思っていたのだが、案外みんなリラックスしていた。裸踊りみたいなことを披露して場を盛り上げている人などもいた。どうやら恒例の出し物らしい。
大写毛皇帝は最近手に入れたばかりの骨董品を出してきて、十兵衛さんにあれこれ説明していた。十兵衛氏は愛想笑いをしつつ、それにいちいちお世辞をいっている。
「おひとつどうぞ」
仲居さんというのだろうか、コンパニオンというのだろうか、とにかくそういう感じの和服を着た女性がぼくの盃に酒を注いでくれた。どこかで見たことがある横顔だった。
「ねえ、お姉さん、天堂愛ちゃんに似てるって、いわれたことない?」
とぼくは一杯機嫌できいてみる。
「あら、旦那さん、わたしのこと、知ってるの?」
「キャオ! ややや、やっぱり本人なんですか」
「はい」
ぼくは舞い上がってしまった。ドラマをくり返し観ているとアピールし、静止画をプリントアウトしたことも告白する。
「ありがとうございます」
「いま女優業は?」
「それが……」
天堂愛ちゃんはあのドラマのあと、ちがう国のテレビ局で特撮番組の祖国防衛軍の女隊員の役を任される。それが思いのほかハマり役だった。自分でも手応えを感じた。だからその後、三作ほど続けて特撮関連の仕事を受けることとなる。ところがその国は、いくさが絶えないところで、ある日愛ちゃんも、
「手をあげろ!」
「ははは、はい」
と突然拘束されてしまう。敵方は、この防衛スーツはテレビの役のために着ているだけです、わたしは決して兵隊ではありません、といくら愛ちゃんが説明してもいっさい聞き入れてくれなかった。
けっきょく人質だとか貢物みたいな感じであちこちひき回され、最後はこちらの唐辛子帝国にたどり着いたようだ。
「唐辛子帝国はテレビ局もないし、映画会社もないの。だから女優のお仕事がしたくてもできないんです」
「もったいないな――まだ女優業にたいする熱意はあるんですか?」
「あります。特撮の役で、やっと何かをつかみかけてたのに……」
和睦の交渉にあたった藤吉郎様は上様の労いの言葉にたいし、今回いちばんの立役者は三千世殿なので、ぜひ三千世殿に褒美をやってほしいと頼んでいた。十兵衛さんも皇帝におなじ意味のことをいっている。
「たしかに、そうだな」
と上様も同意した。
「センセ殿」
「は、はい」
「褒美を取らす。欲しいものをいえ」
藤吉郎様がこちらにちかよってきて、
「なんでも率直に欲しいものをいっちゃったほうがいいですよ、三千世殿」
と耳打ちしてきた。ぼくはしばしかんがえる。
「上様!」
「なんだ?」
「では、この娘をわたしにください」
ぼくは、となりでお給仕してくれていた天堂愛ちゃんの肩をこちらにひきよせて、こういった。
「センセ殿、その娘に惚れましたな」
先の裸踊りの幹部がこう冷やかしてくる。またぞろ場がどっと盛り上がった。
「よし! その娘を、そちに取らす」
「ありがたき、幸せにございます」
「娘!」
「は、はい!」
「もうここは下がって、早く出立の支度をせえ」
「はい」
こちらに小さく手を振ったのちに奥にさがっていく愛ちゃんに見とれていると、うしろから、
「なにデレデレしてるの!」
とエロエロレギンスさんが耳をひっぱってきた。くノ一のお嬢さんも和服に着替えてお給仕を手伝っていたのだ。忍者稼業は忙しいのである。
「さっき着替えてるとき、わたしにさせたこと、愛さんにいっちゃうから」
「でもそれは『ついでだから』って、お嬢さんが自主的にやってくれたんじゃん」
「やらせながら、嫌らしい言葉もわたしにいわせたでしょ」
「う、うん……」
大写毛皇帝は愛さんとはべつに、テレホンカードのほうも贈与してくれた。テレカは二種類あって、どちらか好きなほうを取れとのことだった。ぼくは牧れいが磔にされているほうを選ぶ。
やがて荷物を抱えた天堂愛ちゃんが長い廊下を歩いてきた。ぼくはそちらをちらちら見ながら、残りの酒と肴を急いでたいらげた。
(第一幕 了)




