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その十一
従業員さんは、ぼくが全力でしゃべっていると、
「わたしのハマグリ食べますか?」
といきなりきいてきた。
そして茶衣着をするする脱いだのちに本当にこちらの眼前にいわゆるハマグリを献上してくる。夢のようであった。幻のようであった。しかしたしかに現実である。右拳を左胸に当てるヤマト式の敬礼をしたのちに謹んでいただくことにする。
一度目が終わると、
「どうだった?」
とさっきまで茶衣着を着ていた子が質問してくる。
ぼくは一度目の感想を執拗に述べた。すると茶衣着の子は――こういう感じが好きなのか――もっといっぱいいってほしいとせがんできた。だからわたくし環三千世は二度目のさい、激しく動きながら執拗に感想も述べたのである。そして彼女自身にも繰り返し現在の状況を説明させたのである。
シャワーを浴びたのちに仰向けに寝ていると、茶衣着の子が三度目の準備に取り掛かった。
「あっ、また元気になってきた」
ぼくは眼前のハマグリを堪能していた。そのときである。
「動くな」
と茶衣着の子は元気にさせる作業をより高速にしながらいった。
「いま左手には『魔王印のチリペッパーソース』をもってるの。このソースをいまこんなになっちゃってるお客様のここにかけたら、どうなるか、わかる?」
「そそそ相当、ヒリヒリして痛いと思われます」
「痛くて気を失うかもしれないわよ」
「え!」
「死んじゃうかもしれないわよ」
「ええ!」
「わたしの質問に答えなさい」
「ははは、はい」
「高桐さんは何を計画してるの?」
高桐とは恩師のことである。
「けけけ計画っていうのは、ととと、とくにとくにないと思われます」
「お客様、お名前は?」
「環三千世です」
「三千世様は屋敷で、なにかしてるでしょ?」
「ええ」
「何をしてるの?」
「チーフとしての守秘義務がありますので」
「チリペッパーソースかけるわよ。魔王印よ」
「いいい、いいますいいます。いいますから、それだけはやめてください」
わたくしチーフは眼前のハマグリに向かって必死に訴えた。
「はやく、いいなさい」
「ははは、はい」
とりあえずぼくは例のキャプチャ作業のことを彼女に教える。彼女は機械音痴なのか、キャプチャの意味がよくわからないようだった。
「伊賀者は、なんのためにそんなことをするの?」
「なんのためにやってるんですかね、あんなこと……」
「けっきょくそれは何の術なの?」
「術?」
「うん、忍術。甲賀ではそんなこと、いっさいやらないもん」
「忍術って、われわれは、あれですよ。あのう……忍者じゃないですよ、隠者ですよ、隠者」
「またぁ。そういって身分を隠してるんでしょ。だまされないわよ」
「まさかまさか。なんだったら、あのカバン、物色してもらってもいいですよ。手裏剣だとか、そういうものは、いっさい入ってないから」
彼女はカバンのなかをひっかき回した。
「たしかに忍者感はぜんぜんないわね……でも親方様に三千世様を調査するよう命じられたのよ」
「お嬢さんは、もしかして忍者なんですか? くノ一なんですか?」
「そうよ。まだまだ下っ端だけどね」
恩師にメールで問い合わせてみると、こちらのお嬢さんにキャプチャ作業を見学させてもべつにかまわないとのことだった。
そんなわけでお嬢さんの希望通り、翌日はとんぼ返りしたのちにこちらのくノ一さんにキャプチャ作業をお見せすることとあいなった。手打ちである。和解成立である。
いったん部屋から出ていったお嬢さんは、だがしかしすぐ襖を開けてきた。魔王印でなにかまた威嚇してくるのだろうか。
「あの生写真は、わたしたちが三千世様をここにおびき寄せるために仕込んだものなの。でも、あのお友だちさんは、本当にいっさい関係ないからね」
「ん?」
「わたしたちは情報を収集したいだけなの。三千世様の人間関係を壊しちゃったら、申し訳ないもん」
「そうですか。わざわざすみません」
魔王印での威嚇ではなかった。くノ一さんは先のように山城さんとの関係が悪くならないよう気をつかってくれたのである。




