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その十
バスと電車を乗り継いで無事旅館に到着する。ぼくはまず受付で宴会ホールにおいての今夜の催し物をきいてみた。
「たしかどこかの一座がなにかをやると思うんですけど……」
しかし研修中の若い娘はただあたふたしているばかりであった。わたくしチーフは礼をいって、ここでの調査は引くことにする。
「まあ夜になれば、わかることだしな――」
この旅館の最大の売りは、おそらく露天風呂である。露天は混浴とのことであった。ぼくはお昼を食べるまえに、この混浴に入ってみることにする。
脱衣室のところにも洗い場のところにも「混浴でのバスタオルのご使用はお控えください」という注意書きが貼られてあった。立派である。大賛成である。
しかし温泉にはまだ午前中だからか、二、三の翁のほかにはだれも浸かっていなかった。とりあえずぼくは、気長に異性の客が入ってくるのを待つことにする。辛抱である。忍耐である。
温泉の湯はかなり熱かったが、それでもぼくは待った。われながら凄まじい執念だと思えるくらい長時間待った。しかし異性は現れなかった。残念ではあったけれど、いったん湯からあがることにする。
「ん? もう二時すぎか」
三時間ちかく温泉に入っていたので、さすがに湯当たり気味になっていた。フロントにたずねてみると、お勧めの酒は地ビールだという。
その地ビールを飲みながら遅めの昼飯を食べることにする。普段はぜったい昼間に酒は飲まないのだが、今回は特別にものすごく早めの夕飯という扱いにすればいいだろう。
地ビールは試しに中瓶を一本頼んだのだが、好みの苦み系だったので、もう二本追加し、さらにお刺身の三点盛りと米焼酎も注文する。
部屋のテレビは一つのチャンネルしか無料で視聴できなかった。おそらく地元の放送局である。それでもぼくは、
「あっ、ゴレンジャーだ」
などとけっこう楽しみながら、そのチャンネルを観ていた。CMもなにげにおもしろいものがあった。しかし米焼酎に移行するころになると、湯当たりの影響だろう、ぼくはゴレンジャーのつぎの番組が昔の土曜ワイド劇場みたいなやつで、しかも松尾嘉代が出ていたにもかかわらず、途中で寝落ちしてしまっていたのだ。
気がつくと、時間は夜の九時をすぎていた。
「お水飲まれますか?」
部屋に布団を敷きに来た茶衣着を着た女性の従業員さんがぼくにこうきいてきた。食べたものは、きれいに片付けられていた。
「すいません。いただきます」
「りんごジュースもありますけど」
「あっ、じゃあ、りんごもらおうかな」
りんごジュースをのどを鳴らして飲んだのちに部屋の浴室でざっと冷水を浴びる。意識がはっきりしてきた。酔いもほとんど残っていない。
「宴会ホールでのショー、もう終わっちゃったかな?」
部屋にまだ残っていた従業員さんにタオルであたまを拭きながらこうたずねたのだが、従業員さんは正座したままでなにもこたえなかった。
「もう九時すぎちゃってますもんね、寝ちゃってあああああああああああああああ!」
従業員さんはぼくが出しっ放しにしていた例の生写真を正座の姿勢で凝視していたのである。
「これ、ハマグリの写真ですか?」
「ん? ああ、そうかなそうかな、そうかもしれないね、うんうん」
「ハマグリ、お好きなんですか?」
「うんうん、とても好きなんだよ。さっき食べたのは、ちがうけれどね」
「三点盛り?」
「うん。でも赤貝はあったけどさ」
「赤貝系も好きなんですね」
ぼくは心のなかで「赤貝を持ち出したのは、まずかったな」と思いつつも、生写真をごまかすために全力でしゃべった。




