189.ダイムとセント
火星と木星の間にあるアステロイドベルトはその幅が約1億6千万Km。
そのほぼ中央付近に地球人から地球を守るために造られた東域宇宙和平維持連盟の人工惑星基地がある。
日本名鈴木愛鈴、アイリーンとベトナム美人の母親に呼ばれていた彼女が所有するところになった超大型新造戦艦B99その3000mにも及ぶ巨体が石橋艦長指揮の下ゆっくりと地球防衛基地から離れていく。
「ねえ愛鈴、僕たちこんなところでこんなことをしていていいのかなあ」
「良いに決まってるでしょう、石橋のおっちゃんが艦橋には来ないでって言ったんだからね」
「愛鈴ダメだよちゃんと石橋艦長って呼ぼうねオビス司令官をおっちゃん呼びした時にも同じことを言ったよね」
「いいのよ自分が一番偉いと思っている人はさ、うちくらい可愛い娘に媚を売られると心が安らぐんじゃないかしら」
(その発言は色々と問題があると思うんだけどな自分が可愛いと思っていることが一番の問題かも知れないな)
「そういう屁理屈はいいからさ、頼むから部屋の外ではちゃんと役職名で呼ぼうね」
「昴くんがそこまでお願いするんだったらそうするわよ」
「良かったよ」
昴くんは溜め息混じりにそう言うとリビングソファーに深く沈む。
右隣ではアイリーンがテーブルに置かれたクッキーを右手で摘まんでは口へ運び左手に持つオレンジジュースで流している。
そのオレンジジュースが何かの弾みで自分に降りかかってくるのではないかと気が気でない。
『ゴックンパクムシャ』を繰り返している彼女の更に右でアシュラ、その向かい側にピエロ、右隣にダイムとセントが座りルビーはキッチンカウンター越しに参加していた。
B99豪華な客室備付けの大型スクリーンで自分達が出航していく様子を七人はそれぞれの思いを持って見ている。
「ねえ昴くん、ここ最近何か物足りなくて寂しくないかしら」
「そんなことはないと思うよここに来るまでは僕たち二人だけだったし、さ、あーっ?!」
「思い出してくれたみたいで良かったかしら、あなたから弁明して謝っておいてねうちは嫌だからね」
「ひどいよ愛鈴、いつも君が右肩に乗せていたじゃないかスターキッドAIに謝るのは君の方が適任だと思うよ」
「あのお喋りさんを3日もの間のけ者にしてたのよどんなに罵られるのか考えただけでも寒けがするわ、全て九論が悪いのかしら初日にルビーを紹介してからロボちゃんと歩行用外装を『もう用済みだな』とか言って回収しちゃったじゃない、ルビーとスターキッドAIは常時リンクしてるから必要ないだろうって言ったわ」
「そうだよね僕たちには何がなんだか理解もできないけどさ、でもルビーさんとスターキッドAIは別人みたいに思えるんだよなあ」
「それはそうですよ、スターキッドAIは男性としての意識を持っていますけど私は女性ですからね私の見聞きしていることがリアルタイムに伝わったとしてもどう対処したら良いかは戸惑っているはずです。それに喩え言いたいことを私に伝えても口に出すかは私の意思によりますからね」
カウンターの向こう側からルビーが会話に加わってきた。
「やっぱりだよ九論さんの過ちだよな、培養槽で育ったクローンには自我がある筈だしさ、あれそう言うことなら以前のバイオロイドは自我を持ってなかったってことなのかなあ」
「昔一緒にいたバイオキッドはAちゃんそのものだったからね同じだと思っていたのよ、いまになって思い返すとキッドは基地のコーネリアとかいう科学者達に造られたって言ってたかしら、ルビーはイノマンのクローンよね他のクローン達と同じだって最初に気付かないといけなかったのかしら、でももう祭りの後なのよね」
アイリーンの間違い言葉によって昴くんは不可思議な疑問がなんとなく解消したような気分になる。
「九論さんというかイノマン博士は人型ロボットって作らないのですか」
昴くんは簡単明瞭な答えを求め当たり障りがなさそうなピエロに尋ねた。
(この中ではピエロさんとの付き合いが一番長いから禁忌に触れる質問だったとしても笑って許してくれそうだからね)
「先生は自分のクローンに全てを捧げて愛していらっしゃるのです。設計図があれば簡単に……例えるなら小学生にでも作ることが出来るロボットには興味がないと以前から言われてました」
昴くんに目を合わせ質問に対する返事をしたのはアシュラそして話し終わる頃ルビーへ視線を移す。
「そうねロボちゃんのことも最初から通信機って言ってたかしら」
アイリーンが口を挟みルビーを見た。
「そうですね白状します。だけどその前に言わせて下さい、イノマンクローンは全員がそれぞれ特殊能力を1つか2つ持っているのです。ピエロさんはテレポートができますしアシュラさんは基地の2代目メインコンピューターポラリスと生体リンクできますでしょう、私はスターキッドAIと人格を入れ換えることができるのです」
ルビーが最後の方をさらりと言う。
(ダイムとセントのことは話してくれないんだね)
昴くんはダイムとセントとは自己紹介を受けただけであまり詳しく知らないことが気に掛かり考え込んでしまっている。
「ねえ、今の話でルビーはAちゃんと何かができるっていうのかしら?」
だからアイリーンが突っ込む。
「いいえ何もできはしませんけど、そうですね目の前でやって見せた方が早いですね」
そう言うとルビーが胸の前で手を組んで瞑想を始めた。
(ルビーさんのこともあまり詳しく知らなかったというか謎だらけの人だけどもしかして新手の宗教家だったりするんじゃないかなあ)
昴くんがあらぬ考えを抱く。
「ルビーさん大丈夫ですか」
組んだ手が小刻みに震えるのを見て思わず声を掛けた。
(まるで神降ろしでもしているかの様な表情になってるよー)
「おかされる~」
ルビーから小声が漏れた。
「変なことを言わないで下さい」
同じ口から同じ声色で別人の声が出てくる。
「意識がおかされていくの~よー、じわじわっとじゃなくてスパッと出てきなさいよ」
「まだ完全に要領を得てないからですね何気に難しいのですよー、我慢して下さいよ~」
声のトーンが下がると表情までがボーイッシュになったみたい。
「アイリーン久し振りですね、まだボクのことを覚えてくれていますか」
目付きがきつい気がした。
「と、当然よ、え、Aちゃんで良いのよね、ひ、久しぶりってまだ3日もあけてないかしら」
「今まで何時も一緒に居たじゃないですかそれを3日もの間、全く少しも思い出さないってボクはそんなにミジンコみたいな存在だったのですね」
アイリーンがエスカレートしそうなスターキッドAIの非難の的から逃れ様と昴くんの後ろへ潜り込んだ。
「君が怒り出すのも無理はないと思うよ、でももう少し落ち着こうよ優秀なAIなんだよね」
「まあ日頃からボクの信者である昴くんがそう言うなら赦してあげなくもないですけど先に謝罪すべきではないでしょうか」
(スターキッドAIはいつから神になったんだ)
昴くんはどこの誰かが教育を間違えたのではないかと思う。
「ごめんなさい」
昴くんが頭を下げて謝る。
そして頭だけ昴くんの後ろへ隠しているアイリーンを引き出す。
「わるかったわ」
ちゃんと話は聞いていたみたい。
「まあ良いでしょうこの事態を招いたのはこういうこともあるのを承知した上でボクの通信機を取り上げた九論が悪いんです」
「あまり悪口は言わないのよ、あなたもあれが既に寿命だって知っていたでしょう」
アシュラがスターキッドAIをこれ以上刺激しないように優しく諭す。
「Aちゃんが何時も九論と口論してたから仕返しされちゃったのかも知れないわね」
アイリーンが消えかかった火に油を注ごうとする。
「愛鈴少し黙って」
それに気付いた昴くんは慌てて消しに入った。
「ボクの口封じですか、さすがにこれは嫌なことをしましたね仕返ししましょうか」
「AIの逆襲なんて洒落にならないから止めてよね」
「僕からもお願いするよ」
昴くんが再び頭を下げる。
「つまり新しい通信機を作ってもらえば済むことじゃないのか」
ピエロが提案した。
「ルビーは料理は出来ても通信機は作れないと思うの」
スターキッドAIがルビーの声色で言う。
「Aちゃんかルビーどっちの意識が喋っているのかわからない様な冗談は止めてくれないかしら」
「あのー、僕たちで作りましょうか」
掛け合い漫才を見ているような気分でいたダイムが参加した。
「「出来るの?」」
失礼にも似た質問をしたのはアイリーンと昴くん。
「詳細は企業秘密ですから教えられません、詮索しないというのならやぶさかではありませんよボクたちもイノマンですから」
返事をしたのはセント。
「じゃあ、お願いするわ」
アイリーンが疲れた表情をして言う。
そして半年が経過した。
進路をケンタウロス座へ向けているので知り合いが居る外惑星の近くを通らないのが残念とアイリーンと昴くんは思っていた。
「そろそろ海王星の公転軌道を横切る頃よねレヴィは元気にしてるかしら」
「まだ1年しか経っていないよ彼女たちの寿命は呆れる程長いんだから大丈夫の筈だよ」
「あら、病気なんてのはね罹かってから直ぐに死ぬ事もあるんだからね軽はずみなことは言わない方がいいかしら」
(そんなことを言ってたら大丈夫なんて言葉は使えなくなるだろう)
昴くんは少しだけ憤っている。
「レヴィさんは海王族のお姫様なんだからそう易々とは会えないんだよ」
「千年も眠ったままの時があったのだからあと数百年くらい待っててくれるかしら」
(イノマンが助けるまでコールドスリープさせられていたんだからあと300年くらいは大丈夫なんじゃぁないかなあ)
「誰かが追い掛けて来ているよ」
アイリーンが首に着けているチョーカーからスターキッドAIの声がした。
ダイムとセント




