188.おやつの3時
明日は出航という日の夕方。
アイリーンと昴くんが基地での挨拶回りを終えて豪華な客室へ戻ってきた。
玄関ドアを開けると部屋の突き当たりにジャングルが見える。
そこは全面ガラス張りのパネルによって仕切られたジャングル風呂になっていてその手前に迷彩色の応接セットが配置されピエロとダイムがソファーに座ったまま寝ている様子。
アシュラも座っていたのだろうけど今はこちらに向かって歩いてきている。
それだけ広いリビングルームになっていた。
(ダイムが居るってことはセントはクローンと一緒ってことだよな)
「お帰りなさい」
アシュラの出迎え。
「ただいま」
昴くんの挨拶。
「ただいまお腹が空いたわ」
アイリーンは少しご機嫌斜め。
「明日は出航ですけど無事に最終調整できましたか」
「オビス司令官にお願いしていた件、何とかケンタウロス座アルファ星C2の移民星統括支配人シュタインさんから許可が下りました」
昴くんが言う。
「ただいまお腹が空いたわ」
アイリーンの表情は虚ろ。
「お帰りなさいアイリーンさん」
アシュラが頭を撫であやす。
「それではアケルナルへ向かう前に妖精さんを迎えに行くのですね」
「そうだよフレア族妖精ロースさんを含んだ数人の妖精さんとそこの精霊獣フレアホースさんも連れて行けるよ」
「移民星まで7年程でしょうか遠回りになりますね」
「5年らしいよ、それで向こうに着けばロースさん達のシューウォッシュ・ナビが使えるから最終的には早くなるんじゃないかなあ」
「お腹がすいた。お腹がすいたお腹がすいた」
アイリーンが昴くんを揺すっている。
実はここへ帰る途中でアイリーンは昴くんに買い食いを提案していた。
『ずぅーっと笑顔でいるとお腹がすくのよ』というのが彼女の口実。
『ダメだよ人目が気になるから帰ってから食べようね』というのが昴くんの言い訳。
だからアイリーンは部屋に戻ったら直ぐに食べるための行動を起こす。
「もう少し待てば晩ご飯の時間ですよ、ルビーがキッチンで用意してますからね」
アシュラが優しく嗜める。
「おやつが食べたい先にオートレンジで何か作ってもらう……あっ、いやいやいいや自分で作るわごめんね」
「太るよ」
(既に太っている人に言ったらハラスメントだけど愛鈴はまだまだ大丈夫)
そう思ってから何が大丈夫なんだろうと改めて考え込む。
「昴くんのバカぁ!」
アイリーンが罵声を浴びせキッチンへ行く。
(それでも食べるんだね、それに謝ってたし……これは何か悪巧みしてるな)
「あっ、その調合比率もしかしてアイリーンさんはサバランをお作りになるのですか、でもそれでは酒精が強すぎますよ、お体に悪いですのでキャンセルさせて頂きます。それでいいですね」
「嫌よー、あっダメ~!」
キッチン奥から聞こえてきた二人の悲痛な声に昴くんが急ぐ。
「ルビーさんありがとう、それで代わりになる適当なお菓子を用意してもらえると助かるんだけどいいかなあ」
アイリーンを確保して言う。
「わかりました、ラムレーズンケーキはアイリーンさんがお好きそうなのでそれに致します。昴さんも同じもので宜しいでしょうか」
「お願いします。それと僕のことは呼び捨て又はくん付けでお願いできますか」
(みんなそう呼んでるからこの際同じ方が良いんじゃないかと思うからね)
オートレンジをいつまでも恨めしそうに睨んでいるアイリーンを引っ張って表へ出るとキッチンカウンター側に二人掛けのテーブルが出ていたのでそこに座らせる。
待つことなくケーキとミルクセーキ昴くんにはソーダ水が置かれた。
「お飲み物は私の独断で選ばさせて頂きました。お気に召さないときはお取り替えさせて頂きますのでお言い付け下さいませ」
「ねえ、そのすごく丁寧な言い方はやめてもう少し砕けようよ何か疲れるしさ、皆にもお願いするよ」
「でもアイリーンさんはこの戦艦のオーナー様でしょう、それなりの敬意を表さないと面目が立たないのでは」
「面目なんてのはもっと立場がしっかりした人に使うものだからね」
「あら、昴くんはそんな言い方をする人だったかしら」
(おっ、復活したかな)
「ごめんよ愛鈴そんなつもりで言ったんじゃないのはわかってくれてるよね、君はいつも自由気ままで過ごしたいんじゃなかったのかな」
「そうよ、でもたまには尊敬の眼差しで見られたい気もするけど一度そうなってしまうとそれがずぅーっと続くのよねそれは嫌よ、それにさうちに対する言葉遣いが丁寧過ぎると逆に馬鹿にされているのではないかって気分になるわ」
「それは失礼しましたそういうことであればこれからは友達言葉を使わせて頂きます」
「そうしてね、あむ、美味しいって幸せなことね」
「本当に美味しいや、同じオートレンジを使っているのにこの差は何なんだろうね」
「昴くんは手動入力でしょう、私はAI入力してますからその差ですわ」
(微妙な匙加減ってことかな、入力データ量も多そうだし人間とAIの差なら仕方ないや)
「ルビーありがとうね満たされたわ」
それまで無言で食べていたアイリーンが口を開く。
食べ終わって口の中をジュースで綺麗にしてから話し始めた。
「愛鈴もマナーが上手になってきて良かったよ朝も昼も食堂でゴートさんが待ち構えていたからね一緒に食事をしている最中あれやこれやと注意、いや教えてもらって良かったね僕も勉強になって為になったよ」
「あっ、折角いい気分だったのに嫌なことを思い出させないでよね~、昴くんは意地悪さんかしら」
そう言いながら笑いだす。
アイリーンも同意しているみたい。
「これからは大勢の知らない人前で話をしなければいけないことも増えると思うからねいつまでも人見知りのままじゃあダメだと思うんだよこの機会に克服しようね」
(それもそうかしら、いつかの昔みたいに壇上で歌い出したら恥ずかしいものね)
アイリーンは昔、戦艦マリンのステージ上で乾杯の音頭を求められた時にアカペラで『乾杯』を歌いだし引き摺り下ろされたことを思い出していた。
「昴くんは心配し過ぎかしら大丈夫よきっとね、それよりさあお腹も落ち着いたことだし晩ご飯まで泳ぎましょうよ」
(あ~あ、恐れていたことが始まったよ)
「お風呂だからね泳いではダメ……いけませんよそれに混浴じゃないのだから一緒には入りません」
「わかったわ一緒に入るのは別に昴くんじゃなくてもいいのよね」
「一体誰と入ろうってのさ」
(誰か暇そうにしてる人は……)
アイリーンがキッチンで晩ご飯の準備をしているルビーに照準を合わせたみたい。
「私が入りましょうか」
アシュラが立候補してきた。
ルビーが連れていかれたら自分が晩ご飯を作らなくてはいけなくなると考えたみたい。
「・・・」
アイリーンは躊躇した。
(アシュラはうちのクローンなのにうちより成長してるのよね、何かしら負けた気がして嫌なのだけど今ここで断るわけにはいかないわ)
「いいわよ」
アイリーンは戦う決意を持ってアシュラの後から風呂場へ向かってゆく。
そのやり取りを見ていた昴くんは考えた。
(人数が殖えたよな~、ジャングル風呂は広いんだから間仕切りで区切って男湯と女湯に分けたほうが良いんじゃないかと思うけどなあ)
しかしそれを実行に移すにはアイリーンの強固な反対に遇うんじなかいかとも思う。
(アイリーンとアシュラさんがジャングル風呂の中に裸で現れる前にこのガラスをスモークにしないといけないんじゃないかなぁ、でもそんなこと二人とも最初から分かっている筈だしどうしたものか……うん、ベッドルーム備付けのシャワーを浴びてこようっと)
昴くんが一人ゆっくりとシャワーを浴びてリビングに戻って来ると丁度晩ご飯の用意が出来ていた。
「良かったわ呼ばなきゃと思っていたとこよ」
アイリーンと二人でおやつを食べていたテーブルが七人掛け用になっている。
「ここの部屋にも色々な仕掛けがあるみたいだね」
「他に何があるのか楽しみよね」
「そうだねでも今はそんな詮索はしないで食事に集中しようね」
「明日は何時に出航だったかしら」
「15時だよ覚えててわざと聞いているんだよね、ドキッとするからやめてよね」
「15時って言ったらおやつの時間よね」
「それがどうかしたのかい」
「おやつの時間よね」
「明日は無理だと思うよ」
「昨日も今日も3時のおやつを食べていないし明日は食べられないのが確定しているのね」
「でも君は何かしらのお菓子を時間をずらしていつも食べているじゃない」
「それはアフタヌーンティーって言うのよ、うちはね3時のおやつが食べたいの」
(時間を持て余している時にはそんなこと一言も言わなかったくせに忙しくなるとこれだよ)
「好きなお菓子をジッパーバックに詰め込んで持ち歩くと宜しいのではないでしょうか、ゼリーが入ったスパウトパウチもお勧めですよ」
「それだったら3時のおやつがどこででも食べられるね」
「わかったわ、この前の昴くんは人目を気にしてたわね、だったらうちはトイレの個室で食べるしかないのよね……当然あなたも一緒によ」
そう言って昴くんの袖を掴む。
(ああこのままでは蟻地獄みたいな愛鈴の屁理屈に引きずり込まれてしまうよ)
昴くんはどうしたものかと途方に暮れた。
「ごめんよ愛鈴僕が悪かったからさ謝るよ」
「何を謝るってのかしら」
「3時になったらちゃんとした場所で休憩を取っておやつにするよ」
(あの時だって歩きながら食べるんじゃあなかったらお店に入って食べたんだけどなあ)
それは基地へ下りた帰りに露店を見つけた時の話し。
そう言う約束をしてからの出航当日の午後3時、アイリーンと昴くんはいつものリビングでお茶にしていた。
艦長曰く『式典の用意は特にしていないから、どちらかというと目立たないよう自室に居てもらうと助かる』
新しいクローン体のピエロです。




