187.バトルシップナインティナイン
新造戦艦B99での朝が来た。
「ぷはー風呂上がりの一杯は美味しいわ」
アイリーンがバスローブを簡単に纏い腰に手を当て牛乳瓶を一気に飲み干す。
「おはよう愛鈴、何を飲んでいるんだい」
「おはよう昴くん、朝から嫌な質問ね」
「あまりにも美味しそうに飲んでいたからね、僕も同じものを飲もうと思っただけだよ」
「フルーツ牛乳よ、飲むんだったら昴くんも泳いで……イヤお風呂に入ってくれば良いんじゃなくて」
「お風呂に入らなくてもフルーツ牛乳は飲めると思うよ」
「それもそうね」
(愛鈴、明るく振る舞っているけど昨日のことはもう気にしてないんだろうか何か不安だな)
「愛鈴と同室になった二人はまだ寝てるのかい」
「昴くんじゃあるまいしとっくに起きているわよ、っていうかうちが起きた時にはもう居なかったのよね、書き置きがあったのだけどいま時書き置きってのも古風で寝起き一番で笑っちゃったわよ」
(それはあれだね、他の方法だと君が気付かなかくて心配するんじゃないかと思ったんじゃないかなあ)
「そうだったんだね目が覚めた時に一人ぼっちで寂しかったからお風呂に入ったんだ」
「そんなんじゃないわ、それにうら若き女性の行動をいちいち詮索するものじゃないわよ」
「悪かったよ、ごめんね」
(何が悪いか分からないけど謝っておくに越したことはないよな)
「そうね分かれば良いのよ、特にドールとセントそれにルビーは初対面なんだから気遣いがいつも以上に必要なことくらい分かるわよね」
「そうだね気を付けるよ」
(アシュラは基地の初代メインコンピューターAIが持っていた人格部分を育成中だった愛鈴のクローンにコピーしたんだったっけ、もう普通の人と区別が付かないんだけどね、ルビーはスターキッドAIとコンタクトを取れるミュータントクローンって言っていたからアシュラと同じ対応で大丈夫の筈、ドールとセントはオリジナルイノマンのクローンって言ってたよな、九論が『記憶と幽体は新規に形成されつつある』って言ってたってことはコピーしてないってことだよな、ということは早く仲良しになって強い絆を築かないといけないな、う~ん年齢を聞いとくべきだったよ見た目は幼いんだけど九論もイノマンなんだものな)
「朝ご飯を食べたら艦橋へ行くわよ」
昴くんは終わりの見えない考え事が中断されたことに少し安らぐ。
「そうだね僕のフルーツ牛乳は食堂で頂くとするよ」
(そのフルーツ牛乳は冷蔵庫に入っていたんだよな、他に何が入っているのか帰ってきてから見ておかないといけないな)
「それでね昴くん、この部屋の玄関横にあるクローゼットね何か面白いものでも入ってないかしらって開けてみたの、そしたら何を見つけたと思うかしら」
(愛鈴が早起きしたってのは僕が居ないところであちこち家探しするためだったみたいだね、まあいいけどさ、あの嬉しそうな顔付きからすると遊び心を満喫できるものが入ってたんだろうな、艦長がそうだったものな)
「その喜び方でわかるよ、ずばりローラーシューズだったんじゃないかなあ」
(玄関備付けのクローゼットって下駄箱のことだよねだから中に入っているのは靴だよな)
「うふふふ、違うよキックボードが入っていたのよ」
アイリーンが満足げに言う。
「それって板にタイヤを取り付けた遊び道具だったよね、下り坂なら楽チンなんだけどここは平坦だよね」
「そうね昴くんはまだ知らないでしょうけど、うちが昔乗っていた船の種別って言うのかなそれがエムで始まるマザーシップタイプにはだいたい置いてあったの、詳しい理屈を習ったんだけど忘れちゃったわでも廊下に張ってある重力場に反発して浮かぶキックボードで体重移動で進む方向を決めるの、凄く速いんだからね」
アイリーンは最後のセリフ『凄く速いんだからね』のところで嬉々とした表情をしてスキップを踏む。
それを見た昴くんは戦慄を覚えた。
(その危険極まりないスケートボードがここに置いてあるんだ、僕は乗らないようにしよう)
「それのね二人乗り用のが置いてあるのよ」
「一体誰と誰が乗るってんだろうね」
昴くんが思わず聞く。
「もちろんうちとあなたよ」
アイリーンが指差し呼称して言いニヤリと笑う。
食堂に着いた時、アイリーンは生き生きとしていたのに反して昴くんは青ざめふらついていた。
(無事に着いたから良いものの乱暴すぎるよ、絶対に他の人から苦情が来てると思うな)
昴くんは近いうちに艦内の交通ルールを見直さないといけないんじゃないかと思う。
「食べたら直ぐに艦橋に行くわよ」
「昨日は艦長に会ってないからね、ちゃんと挨拶しとかないとダメだよね」
「それもあるけどゴートさんとの対峙を早く済ませたいの、後になればなるほど気まずくなると思い直したのよ」
そこでアイリーンがブルッと身震いした。
食堂入り口で順番待ちしている人の後ろへ並ぶと前方のモニターに『地球人はこちら→』と表示が出る。
「選べないのね」
アイリーンが少しがっかり声で言い料理が載ったトレイを持ち座れそうな場所を探す。
「席は選べるみたいだよ」
昴くんが負け惜しみみたいにして言う。
「アイリーン! こっちだよ」
食堂の壁一面に外部の星々を映し出しているモニターパネルを背にした席からゴートさんが呼んでいる。
「愛鈴?!」
心配して顔を覗く。
「大丈夫よ、うちを何だと思ってるのよ蛇に睨まれたひよっこじゃぁないのよ」
「そう安心したよ、じゃああそこへ行くんだね」
(まあ、蛇に睨まれたカエルみたいに硬直しなくて良かったんじゃないかなあ、どうな風に割り切ったのか興味はあるけどね)
「おはよう、アイリーンに会えて良かったよこの時間ならここに来るんじゃないかって予想していたんだよ」
「この前はごめんなさい、急いでいたものですから失礼な別れ方をしてしまいました」
(愛鈴が別人みたい)
昴くんはそう思って改めてゴートさんを見る。
「人の顔をそう見つめるもんじゃないよ」
ゴートさんが四角い瞳を細めている。
「ゴート先生は既に食事を終わられたのですね」
アイリーンはゴートさんが手にしたコーヒーカップを見ながら話す。
(先生?!)
昴くんは驚愕してモニターパネルに視線を移す。
(流星群でも飛んで来てるんじゃないのか)
「そうだよ、このエスプレッソも3杯目だね」
「先生がそんなにコーヒーがお好きだったとは存じませんでした。う、うち、私達はここに座って食事を始めても宜しいのでしょうか」
「もちろん構わないさ、そのために呼んだんだからね」
アイリーンが優雅に座り昴くんがその横にぎこちなく座った。
(居心地が悪いよ~)
昴くんの素直な感想。
ゴートさんを前にしてアイリーンと昴くんは食事を始める。
時々飛んでくるゴートさんの質問にはアイリーンが答えた。
「あんたも猫を被るのが随分と上手になったものだね」
「先生は立派な山羊の毛皮を被ってますでしょう」
「コラ! 少し褒めると直ぐこれだもっと精進しないとダメだね」
(どこで褒めたのか?)
「失礼しました。これからも日々精進します」
「宜しい、それでいつ出立する予定なのかい」
「これから艦橋に行って石橋艦長と相談してから決めて艦内通知をしようと考えています」
「ゴート先生も艦橋でお仕事されているのでしょうか」
昴くんもアイリーンに釣られて丁寧な言葉遣いになる。
「昴くんは私の生徒じゃないからね先生を付ける必要はないよ」
「愛鈴はゴートさんの生徒だったんですか」
「そうさ、この前会った別れ際に近々卒業試験をするよって言ったんだよ、だから今日はこの有り様さね」
「先生、うち、いえ私はもう卒業で良いでしょう」
アイリーンが目を潤ませて聞く。
「そうだね、まだまだ教育は必要だけどねお互い立場ってもんがあるからね今まで通りにはできないだろうよ」
「じゃあ卒業ですね」
喜び出すのを堪えた表情をしている。
「私がもしここで卒業って言ったらあんたは2度と誰からも授業を受けようとしないだろうよ、これからアケルナルまで先は長いんだし勉強に終わりなしって言うだろう」
「僕は『一生勉強一生青春』って言葉が好きですよ」
「誰よそれ、うち達には関係ないでしょう」
アイリーンが不機嫌なぶーたれ顔になっていく。
「まあ、あんたが何かしら知識を得たいと思った時に私の所に来ると良いよ、私はあんたの良くない噂を聞いたら首根っこを押さえに行くからね、それでいいね」
(良くない噂ってどういうものなのかしら、まあいいわ人前に立たなければ噂の立ちようもないでしょうからね)
アイリーンは指で千切っては口に入れていたトーストも最後の一口になりそれをオレンジジュースで流し込む。
「さあ昴くん行きましょう」
急かされて残っていたオレンジジュースを一気に飲もうとして失敗した。
「わあ! 汚い……昴くん大丈夫かしら」
罵ろうとしてゴートさんの鋭い視線に気付きあわてて言い繕いポケットから出したハンカチらしきもので昴くんの胸元にこぼれたジュースを拭き取っていく。
(愛鈴その手にしてるものクラゲの頭みたいだしさもしかして胸パットじゃないのかなあ)
そう思い込むとますますそれにしか見えなくなってみるみる顔が赤らむ。
食堂を出てキックボードとエッグを乗り継ぎ艦橋へ行く。
この艦はアイリーンの生体認証で何処へでも入ることが可能なのだけど昴くんは規制が必要なんじゃないかなと思う。
「石橋艦長お久しぶりです出航はいつ頃になりそうですか」
アイリーンは人目を気にしている様子。
「140光年の船旅になるのだからね、準備もそれなりに必要になるから明日かな」
(石橋艦長も中々のお茶目さんみたいだね、これなら愛鈴と互角に渡り合えるかも知れない)
昴くんは安堵した。




