233.モングラー2
エリダヌス座アルファ星からケンタウルス座アルファ星へシュー・ウォッシュナビで瞬間移動したあと海王族艦隊司令官プローンは挨拶もせず帰国の途に就いていた。
(レヴィ姫を連れ戻せたのなら他の連中にはもう用はない、邪魔が入らないうちに帰るとしよう)
プローンは挨拶をするとなれば必ずレヴィを表に出さなくてはいけないことは理解している。
そうなった時、再びスターキッドで帰ると言い出すだろうことも簡単に予想できた。
そういう訳で最初から挨拶をするつもりはない。
「通信は遮断しているな」
艦隊旗艦ファーストドラゴンの艦橋で艦長も兼任しているプローンが指揮卓に座り部下に命令し確認している。
「はい、仰せのままに」
「追い掛けてきている艦はいないか、それとスターキッドの姿は確認できるか」
「我が艦隊を追跡する者はおりません、スターキッドはB99にドッキングしたまま完全停止中です」
「そうか、それなら問題ないだろうこのまま太陽系目指して徐々に加速する」
プローン艦長は満足した表情で告げると指揮卓から下り艦橋を出ていく。
自室に戻ったプローン艦長は軍服から男爵位の礼服に着替えレヴィの部屋へと向かう。
ノックを2回して返答を待たずにドアノブを回して入室する。
ちなみにレヴィの部屋出入口ドアノブはホテル客室に使われているオートロック仕様と同じものだけど内と外が逆に取り付けられていた。
つまり内側からは鍵を持たないことには外に出られない。
当然レヴィに鍵は渡されていなかった。
「下がれ」
レヴィの側仕えパナメイに冷たく言う。
パナメイはレヴィの側仕えとしての役割を果たしている時は宮廷儀礼に従ってメイド服を着用している。
それ以外の時は軍紀に基づく監視役として軍服を着用しなければいけない。
その役割毎で制服を着替えなければいけないので結構大変。
以前の話、プローン男爵のお世話を命じられた部下が時短のため軍服の上からメイド服を被り給仕をしている最中に発覚し不敬罪で処分されそうになった事があった。
その時の家臣一同が情状酌量を嘆願し認められそれからは多少時間が掛かっても猶予すると約束して頂いている。
ただ猶予された時間はプローンの気分次第で大きく変わっていたので呼ばれた者は一様に息を切らして急いで来たことをアピールするようになった。
「あらまあ、プローン男爵ではいらっしゃいませんか、レディの部屋を訪れるにしては大変失礼な訪問のやり方ですわね」
「レヴィ姫が理想の淑女であらされれば私としても当然態度はそれなりに改めさせて頂きますとも」
「私としても男爵が節度を弁えた行動をして頂ければ理想の淑女を演じられましてよ」
「ふん、ハンドキスの何たるかも理解できない貴女に淑女が務まるとは到底思えん」
しばしの間、二人の視線に火花が交錯する。
レヴィはこの戦艦に来た初日の晩餐会でプローン男爵に挨拶した時、いきなり抱擁とチークキスを同時にされ、それをやっとの思いで引きはがしたとき手の甲へ吸いつくようなキスをされていた。
そのことにブチギレしたレヴィは思考回路がスパークして往復ビンタプラスワンの仕返しをしている。
プローン男爵としては公式の場で詫びてもらえば許すと言っているのだけどレヴィにそのつもりは毛頭ない。
それが一週間経った今も続いていた。
(毎日毎日こっちの都合なんて気にしないで突然やって来て同じことをねちねちねちねち言い続けるのは余程自分に自信を持てない証しなのでしょうね、もう少しスカッと爽やかにしていれば私の態度も変わっていたでしょうに)
「毎日ご苦労様です、しかしこれからもあなたに対する私の評価は変わりませんわ、それにそろそろこの軟禁状態を解除して頂かなくては他の人からも最低の評価を得ることになりましてよ」
「ここはガサツな戦艦ですから世間知らずのお姫様が出歩くには相応しくない場所です、この部屋で淑女の嗜みを磨かれるのも良いことだと私は考えているのですよ、もっとご自分の立場を理解した行動をしてもらいたいものですな」
「この艦は埃一つも残さない程に綺麗に清掃されて乗員の方々も貴方の姿を見るとそれがどんなに遠くても直立不動で敬礼しています、彼らの気苦労が痛ましいほど伝わってきますわ」
「ふん、黙って私に従っていればその様な苦労も何も一切ない、そうでない者は私に反感を抱く者として処分されるだろう、まあ配下を黙らせるのも貴女をその気にさせるのも全て私の口先ひとつだと心得ていて欲しいものだ」
「そう、よくわかりました、男爵は既に最低の評価を受けてる最低の人間でありますのね」
「その通り、愚民を纏め上げ強力な国家を作る王に必要な条件はただ一つ、冷酷無比でなければいけないのだからな」
プローンが胸を反らし誇らしげに言う。
(そこまでお馬鹿だと愚か過ぎて笑いが吹き出しそうですわ、恐怖政治で民を押さえ付けていたら直ぐに暴動が起きると過去の歴史が物語っているのに、これも鎖国で情報遮断していた弊害なのかも知れませんわね)
「そうですかよくわかりました、それでは閣下に諫言を申し上げるようなことは今後一切致しませんから酷いことをするのだけはお許しください」
レヴィは素直に従うふりをして実力行使に出れるチャンスを待つことにした。
「そうそう、今みたいに震えながら尻尾を振る姫であるのならこれから先いくらでも可愛がってあげるぞ」
言い終わったプローン男爵が両手を広げ唇を尖らせて近寄ってくる。
レヴィは今こそ反撃のチャンスが訪れたのだと信じて力を溜め込む。
(さあ来い……首でも背骨でも何なら全身全ての骨を折って差し上げますわ)
レヴィの瞳が怪しく燃える。
ドンドンドン
部屋の入口扉が激しくノックされた、いいや叩かれた。
「何事だ!」
今から桃色世界に入ろうとしたのを阻まれたプローン男爵の顔色がピンクから怒りの赤へと変貌していく。
「も、申し訳ございません、ワームホールの発生を確認いたしましたものですから急ぎご報告に参上いたしました」
扉の向こうから自分の死を垣間見た者が命乞いをする時に出すような震えた声が返ってくる。
「場所は!」
「左方1光秒です」
「減速旋回! 逃がすな」
「ハイッ!」
(ワームホールとあっては仕方がない甘い蜜はいつでも吸えるが星食い虫は待ってはくれないからな)
「すまないなハニー、用事が済んだら直ぐに戻るから大人しく待っていてくれないか」
片手で投げキスをしようとした時、レヴィが殺気を纏っているのを感じ取る。
(困ってしまいましたわね、勘付かれていなければ良いのですけど)
「お早いお戻りをお待ちしていますわ……」
とりあえず笑顔を作って胡麻化してみた。
(もう遅いわ人魚姫が毒針の尾を隠し持っていたとは知らなかったぞ、今度から狸姫とでも呼んでやろうか)
「特別室へご案内しろ」
プローン男爵が首を摩りながら部屋の外で立っている二人に言う。
レヴィがいま過ごしている部屋が最上級の特等室になっているのでこれ以上豪華な部屋はない。
特別室とは高貴な人のために用意された監禁部屋になっていた。
プローン男爵に報告を持ってきたのは軍服姿の次席副官パンダラスでプローン男爵を着替えさせ艦長として艦橋へ連れて行くまでの世話役になる。
それまで扉越しに指示されたことは全て通信機で艦橋へ連絡済み。
レヴィ姫を特別室へ案内する役目は部屋の外で待機していたメイド服姿のパナメイがそのまま行う。
着替えを済ませたプローン艦長が艦橋の指揮卓へ着いた時にはワームホールを半包囲網隊形で囲み指示待ちの状態だった。
ワームホールは星食い虫が餌となる星を求めて時空間に掘っている穴なので何もない宇宙空間にぽっかりと開いた穴だけでその存在を示す。
どこにでもいるけど数が少ないので遭遇することは滅多にない。
幸運にも遭遇した場合は時空間に干渉できるグラビデ弾で星食い虫を自分達が進みたい方向へ追い立てた後で穴から引っ張り出し更にグラビデ弾を穴へ打ち込む。
暫くすると固定化されるので安全を確認した後コスモトンネルとして利用している。
星食い虫は直ぐに別の穴を掘って逃げ出すのでどうするかは現場の判断に任せているが殺すことはない。
「星食い虫は顔を出していないがどうなっている」
「中に潜んでいます」
断言しないと艦長から叱責の言葉が飛んでくるのは周知の事実。
「巡洋艦3の1を穴の前に配置させ石礫弾を撃ち込ませろ」
「囮にするのですか」
「あいつらは落ちこぼれの上に反抗的な態度を取ってる連中だから当然の報いだろう」
巡洋艦3の1は命令に従わなければ仲間から攻撃されるのがわかっているから素直に従う。
正面からワームホールに向かって石礫弾を撃ち込み前進と後退を繰り返し誘き出そうと試みる。
過去の資料によればこれで星食い虫が顔を出す筈なのだけど気配すら感じられない。
だから中止命令が発せられるまでは何回も繰り返す。
それを3回繰り返したとき突然巨大な鉤爪が伸びてきてちょうど前進していた巡洋艦3の1が叩きのめされるように破壊されていく。
そして半身が現れた。
「な、何だ! あれは」
「怪獣です!」
「星食い虫ではないのか」
「図鑑に一致するものがありません」
「新種を発見したのではないか」
「あれは見るからに虫と呼べるものではありません」
「そうか奴が星食い虫を喰ったのだな、これは大発見捕獲するぞ死体でもかまわん攻撃しろ撃って撃って撃ちまくれ」
海王族艦隊10隻が怪獣の前面に展開する様に陣形を変え一斉射撃を行う。
当然弾幕によって目標物が目視でもセンサーでも確認できなくなった。
「撃ち方やめーい!」
プローン艦長が叫ぶ。
「状況報告」
「目標物消失センサーにも反応なし」
「視認確認、戦艦サードドラゴン向かえ」
プローン艦長が吠える。
「ワームホール付近に死体並びに・・・」
サードドラゴンからの通信が途切れた。
スクリーンには巨大な前足を振り上げた怪獣の姿が映し出されている。
「これはもぐら叩きゲームなのか」
プローン艦長が呻く。




