231.気鬱な人達
アイリーンとスターキッドAIは朝から上機嫌だった。
今日は久々のスターキッドによるメンテナンス飛行ができるから。
「ピート管の先っぽからクロステイルの補助加速装置までオールグリーン」
アイリーンが操縦席の端末を操作しながら言う。
「オールグリーン確認」
昴くんは副操縦席からキャプテンの補助を行っている。
「集音可聴範囲に異常音なし、通信状態良好」
前回レヴィの代わりに環境管理席で任務に就いていたルビーは今回から通信席へ異動していた。
ルビーはいつもキッチンで包丁持って料理をしている。
全てをオートレンジに頼らず自分で作れるものは作りたいと申し出ていたから。
だから音に対する真剣身が違う。
食材を切るときのリズミカルな音、鍋がぐつぐつと怒ったように立てている音、衣を纏ったエビがダイブした時の油が跳ねる音、調理中にそれぞれが発する音の微妙な違いを聞き分けているので他の人より聴覚が敏感になっていた。
それを知った昴くんが配置換えを提案して受け入れられている。
「艇内環境及び外部宙域1AU範囲内障害物なし」
そういう訳で環境管理席からアシュラが報告してきた。
これといって決まりごとはないのでピエロが座っても良かったのだけどそうなるとアシュラが手持無沙汰になるので椅子取りゲームみたいにして座っている。
「艇内全てオールグリーン確認」
昴くんが告げた。
「リフトオフ!」
アイリーンが静かに言って操縦桿を左斜め上へ引きB99から離艦する。
「エネルギー噴射」
少し間をおいて昴くんが出力レバーを調整しながら言う。
心の中で『スピードを上げろ』と続けたかどうかは定かではない。
「オールグリーン異常なし」
昴くん、アシュラ。ルビーが言ったあとピエロがコクピットに入ってきて告げる。
「水の精霊と光の妖精は宇宙服に入ったまま大人しくしていたな、風は良くわからんが吹き流しがしぼんでいるので大人しくしていると判断した」
ピエロらしく言う。
「オッケーよ、Aちゃん後はオートパイロットでよろしく頼むわね」
そう言って操縦桿から手を離し操縦席をリクライニングさせて背伸した。
「ラジャー、ですけど目標は先行する海王族艦隊で間違いないんですよね」
「そうよ、他に何があるってのかしら」
「メンテナンス飛行は母艦を周回しながら索敵警戒するのが本来の目的と記されているのを忘れてないかと心配したのです」
「固いことは言わないことね、あれは建前だと思えば良いのかしら誰もいちいち気にしたりしないかしらね」
(あっ、愛鈴は石橋艦長から許可を貰っているのを言わないつもりだな)
昴くんはスターキッドAIに同情して微笑む。
「キャプテンが違反してペナルティを受けるとメンテナンス飛行禁止とかの罰を受けるじゃないですか実質上僕が罰を受けることになってしまいますからやめてほしいです」
スターキッドAIが涙(?)ながらアイリーンに歎願している。
「そんなに泣かなくてもいいかしらね、罰を受けることはないわ」
「どうしてそう言い切れるのですか」
「許可を貰っているからに決まってるじゃないかしら」
「でもさっき……」
「そう、うちは許可を貰ってないってひとっ言も言ってないかしらね」
「うあぁ~ん、キャプテンがいじめる~ 昴くん何とか注意してくださいよー」
スターキッドAIは昴くんに泣きつくを覚えた。
「僕はちょっと倉庫に置いてる贈り物を確認してくるよ」
そう言って昴くんは立ち上がりアシュラにウインクして出ていく。
「うわーん、昴くんに見捨てられちゃいましたよ~」
「スターキッドAI、少しは黙りなさいな男の子でしょう」
ルビーが口ではそう言い、そして心の中で撫で撫でする。
アシュラは昴くんが出て行ってから暫くすると『もういいかい、もういいよ』と口ずさみながら席から立ち上がりアイリーンの傍へ行く。
「どうかしたのかしら?」
「トイ……昴くんに手伝いが必要でないか見てきます」
アシュラはトイレと言おうとして考え直しその後の行き先を伝える。
(長いトイレだと心配するかも知れませんからね)
アシュラが出て行く様子に違和感を覚えたルビーは考え込む。
(確認する必要があるのかも知れませんわ)
「キャプテン、休憩室へ行っても宜しいでしょうか」
不自然にならないように気を付けながら聞く。
「そうねオートレンジと食材の確認は必要かしら、ここは大丈夫だからお願いするわ」
出ていく時にドアの側に立つピエロと目が合う。
「アイリーンのお話し相手になって頂けませんか」
ルビーは小声でそう言い残して出ていくと休憩室は素通りして倉庫へ向かう。
ピエロはルビーにお願いされたからではなく頃合いを見てアイリーンと二人っきりで話をするチャンスを伺っていた。
だから他の皆がどういう意味で気を回したのかは不明だけど邪魔が入らないことは確かみたいなので首を回しながらアイリーンに近づいていく。
直ぐには話し始めず傍に立ったまま前方スクリーンが映し出す星星を眺める。
「石井光一君とは話をしたかね」
暫く経ってぼそりと言う。
アイリーンは突然振られた話題にビクッとした。
「少しね」
多くの言葉を連ねると心が折れそうなので端的な返事。
「あいつ、変わっていたな」
「時間が経ち過ぎたのよ」
「死んでから何年になる」
「そんなの考えたくもないかしら」
「それでも新しい体を得て新しい人生を歩みだすんだからな」
「…… 」
(新しいって言うのね、うちはあの時の続きから始まるんだと思っていたのに……)
アイリーンは溢れ出す涙をなんとかして止めなくてはいけないと考えた。
「それはそうとしてあなたはどこまで覚えているのかしら、でも、それは以前のあなたが持っていた記憶なのよね」
「お前に関する記憶はできるだけ移してもらっている、他は殆んど消されたけどな」
「じゃあうちが4歳の時だったかな、あなたがピエロの扮装で現れうちを誘拐しようとしてお兄ちゃんからコテンパンにのされたこととか覚えているんだ」
「どうだったかな、古い記憶は都合のいい方に美化されるもの、それにあの時のお前は幼すぎた例え正しい記憶を持っていたとしても今の石井光一にそれを求めるのは酷だと思うぞ、さあ、これからどうするのかな」
「うちはどうしたらいいのかしら最初はお兄ちゃんと昔話をしながら記憶の補完をしようと考えていたの、でもそれは違うんじゃないかと思い始めたのかしらね、だからあれだけ会いたかったお兄ちゃんに会うのが怖くなってるの、ねえピエロ答えを教えてくれないかしら」
「ふっ、お前は既に答えを出しているではないか、求めているのは答えではなくそれを支持してもらいたいのではないかな」
「そうなのかしらねぇー、お兄ちゃんがうちに求めているのは生まれたての赤ちゃんが母親を求める本能と一緒じゃないかって思ってしまうの、だからうちが最初から傍らにいたらいけない気がするのよね」
「お前がそう思っているのならそうすればいい、本来なら昴くんの中に溶け込む筈の魂が一人のクローンとして甦ったのだ」
「Aちゃんも昔のお兄ちゃん、キャプテンライトを知ってるのよねあなたもそれで良いと思うかしらね」
アイリーンは陰で大人しくして聞いているスターキッドAIこそが一番古い付き合いだったのを思い出して聞く。
「僕に人としての自我を与えたのはアイリーンが最初ですからね、だから人也としての石井光一を知っている訳ではありませんよ、でも過去の記憶を持っているとはいえ新しく生まれ変わっている人です。もう少しお話してから決めた方が良いのではないですか」
「そうだったのかしらね、あの時『死にたくないー!』って叫んだのが目覚めだったのかしら」
「だからそんな古いことをいちいち思い出さなくていいってことです」
「お前と昴くんは年を取らないのだろう、これから先、成長した石井光一に再会したときこそが『お兄ちゃん』と初めて呼べる時ではないのかな」
「そうね記憶の補完はうちじゃなくてもできるかしらね、昔と同じイノマンクローンに入ったんだから時間が経てば良いのかも知れないわね」
「今まで待ってやっと望みが叶ったんだろう、もう少し待てば風格が備わりお前好みになるのではないかな」
「そうねそうするわ、ありがとう、ふーっ、なんだかすっきりしたら眠くなってきたかしら」
「目的地到着まであと2時間14分ありますからひと眠りくらいできますよ」
スターキッドAIが仮眠を勧めた時には既に操縦席からアイリーンの寝息が聞こえている。
その頃の倉庫ではアシュラが木箱に腰掛けている昴くんの前で正座していた。
「もういい加減立ってくれないかなあ、君に悪気はなかったんだろう」
「それでもごめんなさい、私が迂闊なことをして目覚めたばかりの光一さんと会わせたのがいけなかったのです」
アシュラが同じことを何回も繰り返し言う。
後から入ってきたルビーはその光景を見て驚く。
「お二人は何をなさっているのですか、昴くん……イジメはよくないですよ」
二人の立ち位置を一見したら懺悔しているようにも見える。
「アシュラがね反省を態度で表すって聞かないんだよ、ルビーからもこんなことしないでって言ってくれないかなあ」
昴くんは変な誤解をされる前に何とかしなければとあせる。
「アシュラさんがお二人を予定より早く出会わせたのは良かったと思いますよ、お互いの包み隠さない本質が見れたのではないでしょうか」
ルビーは難しい問題だなと思いながら言葉を選ぶ。
「彼女はリハビリ中の光一さんに会ってしまい、夢と現実があまりにも違うという事実に直面してどう接したら良いのかわからなくなって怯え萎縮しているのではないかと思うのです」
アシュラが苦しそうに言う。
「それが良い方向へ導いてくれるのではないかと信じていますのよ、付け焼刃で身を固めた光一さんがアイリーンのパワーで壊されてしまっていたら取り返しが付かなくなっていたでしょう、そうならなかっただけでも良かったと思うようにしませんか」
ルビーの言葉に光明を感じたアシュラの表情が晴れていく。
「まあ、世の中平和なんだしあまり気にしないでゆっくりやれば良いと思うよ」
昴くんが意味不明のことを言いアシュラを元気付かせてから三人は倉庫の片付けを始めた。




