185.ミュータントルビー
地球防衛基地地下7.5層にあるイノマン研究所で昴くんの中で眠り続けている石井光一の魂を取り出せるかもしれないという話を聞いたアイリーンはそれができるという場所へ行こうと席を立つ。
「愛鈴待って少し落ち着こうよこれから色々準備が必要なんじゃないかなあ、それに九論さんが育成中のクローンを連れてけって言ったよね、僕たちにはそんな知識はないしとても面倒見切れないと思うよ」
まだ座ったままの昴くんが立ち上がったアイリーンの袖を引く。
アイリーンは立ったままじっと昴くんを見返す。
「そうね、あなたの中に居るお兄ちゃんの意見も聞く必要があるかもかしら」
少し的外れな返事をして座り直した。
(何も出ないのかしら)
少し落ち着いたアイリーンは今になって物足りなさを感じていた理由に気付く。
それは応接セットのテーブルがきれいさっぱりしていたから。
いつもなら真っ先に食べ物を要求するところだったのだけど今は人見知りアイリーンに戻っていた。
「Aちゃん……じゃなかったロボちゃんお腹が空いたね」
小声で右肩の上に乗っているスターキッドAIの外部通信端末人形に話し掛ける。
「ボクはいま感慨に耽ってお腹が一杯です」
「・・・」
「ロボちゃんどうしちゃったのかなそれは胸が一杯ですの言い間違いでしょう」
(ここは突っ込みを入れなくっちゃのところだよね)
昴くんはぼーっとしているアイリーンの代わりをしないといけないんじゃないかと変な義務感を抱く。
「ボクはアイリーンと出会うまでのデーター……記憶が曖昧だったのですけどこの部屋に入ってここのコンピューターとリンクしたら……本当に何て説明したら良いのかわからないくらい、もうお腹が一杯でこれ以上食べられないのに美味しい料理が次から次へと目の前に出てきてパンクしそうなんですよ」
「わーぁ、それってキャパシティーオーバーしてるんじゃないかなあ、直ぐにアクセス切って通信遮断だよ」
「ボクにはできないなんとかしてよ~」
(ええっ~、こんな場合はどうしたら良いんだろうロボちゃんはスターキッドAIの送受信機なのだから遮断するためには……)
昴くんが珍しく戸惑いながら視線をロボちゃんからアイリーンへ移す。
それを受けたアイリーンは表情をこわばらせてイノマンを見た。
「イ、九論、もうイノマンでもいいわ何か手立てはないかしら、あるのでしょう早くして欲しいのだけど」
言うが早いかイスから立ち上がり詰め寄っていく。
それと同時に部屋の奥にあるキッチンからメイドな女性が小走りにやって来てアイリーンが手にしていたスターキッドAI外部通信端末のロボちゃんをアルミホイールで包み込んだ。
「これで大丈夫だと思います。完全ではありませんけど通信遮断はできてる筈です」
「アルミホイールってなんだか懐かしいわね」
アイリーンはそっちに目を奪われた。
「そんなことよりスターキッドAIは大丈夫なのかなあ、一度に大量のデーターが流れ込んできて機能停止寸前なんだよね」
「大丈夫です。データ処理が追い付かなくなった訳ではなくて過去の懐かしいデータに触れ立ち止まっているのですから、アシュラさんにはわかりますよね」
そう言ってアシュラに助言を求める。
「まあ、私もアイリーンの情報に触れた時には興奮したりしたこともありましたけど機能停止まではしたりはしてません……と思います」
いきなり話を振られたアシュラは顔を赤くして話し始め青くなってから元の顔色へと戻っていった。
「そういうことならわか……良かったわでいいのよね、それよりあなたのお名前教えてもらえるかしら」
アイリーンが期待の眼差しで聞いてくる。
(キッチンから出てきたのよね、なんだか美味しそうな甘い匂いを漂わせてるじゃない、これで期待しない方がおかしいわよ)
「ルビーと言います。私もイノマン博士に育てられた新型クローンになりますけどどちらかといえばミュータントに近いですね。そしてスターキッドAIとリアルタイムアクセスすることができます」
「えっ! 今なんて言ったの」
昴くんが鋭く反応してイノマンに視線を飛ばす。
「小さくて可愛い子ねルビーって呼んでもいいかしら、それでキッチンでは甘くて美味しいお菓子を作っていたのよね」
アイリーンは名前を聞いた後は何を作っていたのかが気になって何か重要なことを言われたとしてもスルー状態になっていた。
「もう少し段階を踏んで紹介するつもりだったのだがな、まあ私としては手間が省けたというところかな」
イノマンが昴くんの前で両手を上下させながらしれっと言う。
そして昴くんとアイリーンはそれぞれの相手と同時に別々の会話を始めた。
「手作りクッキーを焼いていたところです」
「そうなのねさっきから美味しそうな匂いがしてる筈よねうちにも1つ味見させてもらえないかしら」
「ええもちろんですよ、アイリーンさんに食べてもらいたくて作っていたのです。もう焼き上がっていると思いますので持ってきますね」
ルビーはお辞儀をするとキッチンへ戻っていく。
その後ろ姿をうっとりと見送っていると昴くんの怒声にも似た声が耳に入ってきた。
「そうじゃなくてスターキッドAIとリンクできるってことはどういうことですか、ロボちゃんは要らなくなるとでもいうのですか」
アイリーンは昴くんの時ならぬ怒気で少し怯んだけど素早く正面へ回り込み思いっきり抱き付く。
「昴くんどうしちゃったのかしら、落ち着いて深呼吸しなさいな」
「愛鈴はさっきのルビーさんが自己紹介した時に言ったスターキッドAIとリンクできるという話を聞いてなかったの」
「へえそうなのね良いことじゃなくて?」
昴くんの耳元で優しく言葉を放つ。
「ロボちゃんが、居なくなっちゃうかも知れないんだよ」
(えっ、昴くんが泣き出しそうな声をしてるどうしちゃったのかな)
「そんなことはないわよ大丈夫だからね、もしそれが事実だとしてもうちが許したりなんかしないよ」
そう言うと昴くんに抱きついたまま首だけ回してイノマンを睨む。
(そうだった、愛鈴なら駄々をこねてでも自分の主張を勝ち取るだろうな)
気持ちが和らぎ怒気が収まり脱力していく。
(愛鈴に抱き付かれるのっていつ振りだろう、初めてかも知れないな)
「わかったよ愛鈴もう大丈夫、落ち着いたからねありがとう」
そう言いながらへばり付いているアイリーンを押し退けていく。
「いや、誰もそのスピーカーを廃棄しようなんて考えてなかったのだけどな」
「スピーカーじゃないわ、キッドから離れた場所ではロボちゃんって敬意を払って呼んでもらわないといけないんだからね」
今度はアイリーンが怒気っぽく言う。
(あまり気にしてなかったけど本質はそうなんだよなー)
昴くんは何て応援したらいいのかわからなくて情けない顔付きになっていく。
だから引き剥がしたばかりのアイリーンを再び抱き寄せた。
「ほら九論さんもロボちゃんはそのままでいいって言ってることだしさ、口が悪いのは昔からだったでしょう」
「そうね昔から父親のくせして娘の体内に隠れ住んでいた変態パパだったわね」
少し声を大きくして言う。
アイリーンはイノマンしか見ていない。
さっきはルビーの後ろにあるお菓子のことしか見えていなかった。
だから忘れていても仕方がない。
「アハハハ、変態パパだってぇー」
イノマンの少し後ろでクローン達による歓声が一斉に上がった。
そしてアイリーンはびびる。
昴くんに抱き付いた手に力を入れ小声で耳打ちした。
「ねえ、もう帰ろうよ」
「そうだね」
(でも愛鈴、君は大事なことを忘れてしまっているんじゃないかなあ)
昴くんは動きを緩慢にして時間を稼ぐ。
「アイリーン! 持ってきたよー」
大きなトレイを手に持った小柄な女性がこっちへゆっくりそれでも本人は急ぎ足で来ている。
「ルビーさん」
昴くんが人見知りを思い出したアイリーンの代わりに名前を呼ぶ。
囃し立てていたクローン達も静になりその中から一番左に座っていた九男ペソが立ち上がりルビーを手助けする。
「皆さんでお茶にしませんか」
ルビーが提案した。
何も無かったテーブルに出来立てのクッキーを盛った大皿が置かれそれだけで華やかになる。
「全員で用意すれば1往復で終わると思いますけど」
ペソが促す。
「ああ、そうだな」
最初にイノマンが言いキッチンへ向かう。
その後にざわざわと言いながら11人のイノマン達がキッチンへ移動する。
それから臨時のお茶会が始まり皆がワイワイと好き勝手な会話を始めた。
テーブルには珍しいお菓子の類いが並べられ『さあ食べてくれ』と言わんばかりに自己主張しているみたい。
アイリーンは事が食べ物のことになると人見知りなんてどこ吹く風になった。
「食べ過ぎてお腹が痛くなっても知らないよ」
昴くんが控えめに注意する。
「あいようふよほんなひほいひい……ゴホゴホ」
「口に入れた食べ物を飲み込んでから喋ろうね返事はしなくても良いから慌てないでね」
「ゴクゴク、プフぁー」
昴くんが差し出したガラスコップに入ったアップルジュースみたいなものを飲み干す。
(味見しないで一気だもんな僕が先に飲んでいたから良かったもののもう少しは危機感を持ってもらいたいよ、こんなんじゃあ先が思いやられるな)
昴くんはいつもの事ながら不安になっていく。
「ねえアシュラさんも一緒に来てもらえないか相談しようよ」
昴くんが人馴れしてきたアイリーンに言う。
お茶会も終盤間近になっていた。
終始ざわついていたイノマン達もおとなしくなりそれぞれの会話が聞き取れる。
「最初からそのつもりだが」
だからイノマンが昴くんの発言に返事できた。
「私も付いていく予定なんですけど」
ピエロが言う。
そうしてメンバーは揃った。




