184.アケルナル
講堂みたいに広く感じるイノマンのリビングルームに昴くんの緊張した声が響いた。
「九論さん突然大きな声を出してしまってすみませんでした」
目の前のイノマンに対して素直に詫びる。
「なに構わんさ、ここにはそんな些細なことで文句を言う奴は居ない……」
「何をガタガタ言っているのですか」
イノマンが言い終わらない内にソファーから二人立ち上がり近寄ってくる。
(ここの人達が大人しいと思ってるのは九論さんだけじゃないのかな)
昴くんの表情に緊張の影が浮かぶ。
「アイリーンに昴くん久しぶり私がピエロだよ」
二人が同じ笑顔で事前に打ち合わせをしていたかのように同じセリフを口に出す。
アイリーンは何を思ったのか昴くんの後ろへ隠れて袖をぐいぐい引っ張っている。
(えっどうしたの、僕に喋れってことなのかな)
「あはは、わかってますって二人共ピエロさんですよねそれでどちらが南極大陸まで一緒に行ったピエロさんなんですか」
「前々から思ってましたが昴くんはユーモアに付き合うというセンスが欠けているのではないですか」
右側に立つピエロが最初に返事した。
「本当は正体を明かすつもりはなかったんですよ、だから定例的な挨拶を済ませたらそのまま出ていく予定でした」
左側に立つピエロは胸の前でバイバイしながら立ち去ろうとしている。
「ちょっ、ちょっとだけ待って下さい、あなたのことはこれから新田さんとお呼びします、だからどこかで再会した時に他人の振りをしないで下さいお願いします」
昴くんが握手を求めるために手を伸ばす。
「剛と呼んでくれても構わないからな」
新田剛は昴くんと固い握手をするとその後ろにへばり付いているアイリーンの頭を撫でそのまま出ていった。
「じゃあ、あなたが私のピエロでいいのよね良かったわ、南極でリバイアサンを回収して基地に運んだあと分子に分解されたんじゃないかってすごく心配したんだからね」
アイリーンが残った方に声を掛ける。
その目は涙に潤んで今にも泣き出しそうに見えた。
ただその涙の真意がどこを向いているのかは誰にもわからない。
(私のピエロさんかあ、ピエロさんの寿命が来たので育成中のクローンにコピーして本来の諜報活動に戻ったのが新田さん、コピーし終えて本来なら再生処理される予定だったのを延命剤で寿命を無理矢理延ばして地球へ向かったアイリーンに同行したのがピエロさんだったんだよな、無事に戻って来ても処分が待ってるだけ……の筈)
「そんなことをしたらお前に一生恨まれてしまう気がしてな、どうしたものかと悩んでいたら心配性の一太郎が育成中のクローンを提供してくれたのだよ」
イノマンが優しく声を掛けた。
まるで愛し子を思うように。
「心配性は余計な一言です、それにピエロさんは現在立入禁止になっている地球へ行かれているのでそれは今後の研究に役立つと思ったのですよ」
一太郎が立ち上がり言う。
そしてこっちへ来るように手招きしている。
「一太郎さんのお陰で新しいクローンに入れたのよねありがとう、パ……九論もねありがとうね」
(ああどうしよう涙がこぼれちゃうよ)
アイリーンは昴くんの背中に顔を押し付けるようにして、拭いた。
「新田さんをあのまま行かせてよかったのですか」
そう言いながらイノマンを見上げた。
(あれ、新しいクローンって結構背が高くないかそれにカッコいい)
昴くんはそれはずるいんじゃないかと思う。
「まあ、同じ人物が二人揃うのはあまり好ましくはないからな、そこのところの順番ってものをわきまえてのことだろう」
その目はアイリーンを見る時と同じように優しい。
「九論さんは僕たちに用があって呼んだんでしょう気になるので先に教えてはくれませんか」
「まあそんなに焦らなくても逃げるものではないからな私としては酒……お茶を飲みながらゆっくり話したいのだがな、だからまず座ろうか」
何処にと思った昴くんが手招きを繰り返している一太郎の方を見るとこちら側に背もたれを見せたソファーが追加で置かれていた。
(いつの間に用意したんだ? まあイノマンの所だし色々な仕掛けがあってもおかしくないかな、玄関みたいにね)
手前に追加されたソファーは二人掛になっていたのでわかってはいたのだけど昴くんは一応アシュラの顔をみる。
「私はあっち側の人だから」
(意味深な発言だな)
昴くんはそう思う。
「先に皆の紹介をさせて欲しいのだが宜しいかな」
「どうぞお願いします」
(何か変だと思ったら愛鈴が黙ったままだよ具合でも悪くしたんじゃないだろうか)
アイリーンは真横で昴くんにへばり付く様に座って下を向いたまま。
一度に十数名の知らない人と接触したアイリーンは極端な人見知りという症状が再発していた。
そんな彼女をよそにイノマン達クローンの挨拶が始まる。
「私は十太郎で次男になります。私たちクローンは最初に培養槽を出た順番で長兄次兄を決めています」
その場で立ち上がり挨拶をすると座る。
そして別の人が立ち上がった。
どうやら順番に座っているのではないみたい。
「私は一太郎ですが三男です。おわかりとは思いますが培養槽の育成環境により出てくる時の年齢がまちまちになったりしてます、でも私は今10代目クローンに入ってますのでそれこそ年齢という概念は当てにならないものになってますね」
「次男さんと三男さんでしたよね大変失礼で申し訳ないのですけど長男さんは今ここに居ないのですか」
一太郎の話が終わり座ろうとした頃合いを見計らって昴くんが聞く。
聞かないでおくと気になって続きの挨拶が頭に入らないと思ったから。
「いえ、長兄の百太郎兄さんはここで永久凍結しています。それ以上のことは聞かないで下さい」
中腰で一太郎が言いずらそうに濁す。
「イノマンのクローンは昔からここにあったのよね、うちはここへ入れなかったし誰も相手にしてくれなかったわ」
アイリーンが小声で言いイノマンに視線を向ける。
「あの時はお前を元気付けるためにああ言うしかなかったからな、お前に目的を与えれば死神すら蹴散らして進むだろうと思っていたからな」
「ちっ、わかったわ」
アイリーンは昴くんの方をチラッと見てそれ以上追及するのを止めた。
(今は昴くんが居るからいいわよ、でもいつかは全てを洗いざらい聞き出すんだからね)
アイリーンはそう心に誓う。
中断された自己紹介が再開して、四男の銭太郎がイノマンを名乗り続けサロメと行動を共にして最後はジベルと一緒にサジタリウスに拘束されたこと、それ以前にこの研究所は別件で査察を受けその時に培養槽で育成中のクローンは全て出されて研究所から逃げ出し地下組織を作って身を潜めていたのだけどアイリーンの活躍によってオビス司令官から免罪の御触書を公布してもらい戻ることができたという話を聞く。
一度に出された育成中のクローンだけど培養槽の並びの順番に五男ポンド、長女リラ、六男ドール、七男ダイム、次女フラン、八男ウオン、三女セント、四女ペニー、九男ペソとなっている。
長女リラはバーナード星のイノマン研究所に残っている筈なのだけど連絡が取れていないと言う話で自己紹介は終わった。
そしてクローン達の視線が一斉にアイリーンへ向く。
「これからは拙い僕を愛鈴共々宜しくお願い致します」
アイリーンの代わり昴くんが挨拶をした。
(これから先あまりお付き合いすることもないだろうけどね)
「まあ、皆との挨拶も無事に済んだことだしこれからは気軽に声を掛け助け合ってゆこうではないか」
そういうイノマンの表情に陰りが過ったのを昴くんは気付く。
「それで九論さんは僕たちに何をさせようってのですか」
(何か途方もないことを言い出すんじゃないだろうな)
昴くんは少しビビってアイリーンに視線を送る。
「ねえ愛鈴、ちゃんと聞いてますか」
返事はない。
(愛鈴がこんな調子なら僕がしっかりしないといけないな)
昴くんは切り込み隊長の心構えってものを教えてもらいたいものだと願う。
「そうだな率直に端的な言い方をするとだな、昴くんの中に石井光一君の魂が眠っているのは知っているかな」
「ええもちろん知ってます。愛鈴ともその話を時々してますから、それが何か関係しているのでしょうか」
「それなら話は早いな、エリダヌス座アルファ星アケルナルで最近誕生した妖精が依頼人の想い人に会わせてくれる能力を有しているらしいという情報をエントリーが伝えてくれたのだよ、ただそれ以上の事は分かっていない」
(ハハ~ンそういうことなのか大体見えてきた気がするよ)
「エントリーって言ったらあの移民星に居た戦闘服に身を包んだカッコいい女傭兵だったかしら」
たった今まで下を向いて背徳的な表情をしていたアイリーンの瞳が輝き出す。
「少し違うよ愛鈴、ケンタウルス座アルファ星で地球人移民星として造られた人工惑星C2で総支配人をしているシュタインさんの補佐をしているウッディ族妖精エントリーさんのことだよ、ちゃんと思い出してよね」
昴くんが詳しい説明をしてアイリーンの記憶を呼び覚まそうとする。
「そうだったわね思い出したわ、でもそんなことよりそのアケルナルって所へ行けばお兄ちゃんが生き返るのね、だったらここでお茶なんか飲んでる暇はないわ直ぐにでも出発するんだからね」
「愛鈴ちょっと待って落ち着いてアケルナルってオリオン座の方向140光年先だったと思うよ、もう少し考えようよ」
昴くんはこれが九論の憂いなのかと考えた。
「どう考えても想い人が実体を持って現れることはないと考えられる」
「意味がわからないわ」
そう言うと立ち上がった。
アイリーンは行動優先の人だったから。
「培養槽で育成中のクローンを1体、培養槽毎連れて行くといい」
イノマンが頭を抱えてそう告げる。




