183.地球防衛基地イノマン研究所
地下7.5層で淡いブルーの光が射す歩道と呼ぶには広すぎる通路をアシュラを先頭にして足早に三人が歩いている。
さっきまで弾んでいた会話は途絶えたまま、その目に入ってくるのは色々な研究所の嗜好を凝らした玄関扉だけ。
「四人ですからね」
静かさを打ち消すようにアイリーンの左肩上でスターキッドAI外部端末のロボちゃんがボソリと言う。
「突然何を言い出すのかしら」
アイリーンが不思議そうにロボちゃんの頭を撫でた。
「また僕の存在を忘れてませんでしたか」
「忘れてなんかないよ、ここがあまりにも殺風景だから会話まで途切れたんだと思うよ」
「そうでしょうね、僕の通信まで途絶えてしまいましたよ」
「えーっロボちゃんはいまAちゃんと繋がってないって言うの」
「あーっ、忘れてましたここの通路は機密保持のために外部との通信ができないように遮断されてました。研究所内に入れば回復しますよ、それまで持ちますか」
「僕は内蔵データで簡単な会話程度ならできますから大丈夫ですけど後で文句を言いますからね覚悟しておいて下さい」
「あら、あなたから説明すれば良いことじゃないかしら通信遮断中もデータはしっかり残してるんでしょう」
アイリーンがロボちゃんの頬をつつく。
「こういうのはリアルタイムが大事なんですよ」
「わかったわ、それでアシュラ九論の研究所ってまだかしらこんなに広いのなら休憩所を設けるべきよ」
「次の角を左に曲がった2番目のドアだからもう少しよ、頑張りましょうね」
「それにしても同じデザインの玄関は一つもないね、研究者ってこだわりが強いのかなあ」
昴くんが感心したようにここの評価を始めて後ろを振り返ったかと思うと慌てた様子でアイリーンとアシュラの腕を掴んで通路の隅に移動する。
「いきなり何よ」
アイリーンが腕をほどきながら昴くんを睨む。
「後ろから何か来てるから避けたほうが良いと思ったんだよ」
そういう昴くんの後方から小型のボンネットバスが近づき通り過ぎていく。
「うちもあれに乗りたい、どうして乗らなかったのさ」
一目見てアイリーンが駄々をこね始めた。
「有料なのですよ、それにね……ここは色々な研究をしている人達が集まっている場所なのよ、そして地球人は最も希少価値が高いの何を言いたいのかわかるでしょう」
「僕たちが捕まって実験材料にされるってことですか」
「そうかも知れませんし他の使い途があるかも知れません。地球人はひと声で洗脳することができて扱い易いのですよ、ただこのフロアーで地球人が行方不明になったという報告はないですね。そもそも一般人は立入れない区域になってるってのは先に話しましたでしょう、それにここで研究している地球人はイノマンファミリーだけなのよ、だからある意味幼いアイリーンさんがここへ立ち入れなかったのは幸運だったのかも知れませんね」
「急ぎ足で歩いていた理由は誘拐されないようにするためだったんですね、ボヤーッとしてたら狙われるんですよね」
「それもありますし、あちこち見てたら産業スパイの濡れ衣を着せられて面倒極まりないことになりかねないのですよ、だから決して他人の玄関前では立ち止まらないで下さいね」
そう言うとアシュラはアイリーンの自由になった腕を取り歩き始めた。
昴くんは放っておいても黙って付いてくるのはわかりきっていたから視線を送るだけ。
(はいはい付いていきますよ黙って黙々と、まあ運動不足な僕と愛鈴には健康のためになって良いかも知れないな)
昴くんは運動不足で肥満体になったアイリーンの姿を一瞬想像して直ぐに打ち消す。
歩き始めて約20分アシュラが立ち止まる。
「さあ、到着しましたよ」
アイリーンがもう歩けないと愚痴り出そうとした丁度その時だった。
「ねえ、どうして何もないよ」
(ここで休憩しようってことなのかしら、まあ助かるけどさ)
「九論さんのことだからまた趣向を凝らした扉じゃないのかな、これが回転扉だったりして」
昴くんが何もないのっぺらぼうな壁を撫でている。
「流石の昴くんですね、近いけど違います」
「わかったわこれはアンチボード保管箱と一緒なのよ、こうして叩けば……」
アイリーンが振り上げた手首をアシュラが掴む。
「違います。そんなことをしたら攻撃されたと判断されて迎撃されますよ」
「「迎撃!?」」
若い二人が同時に同じ言葉を発した。
「あなた達地球人にしかわからない合言葉ですよ」
二人が顔を見合せそして同時に唱える。
「開けごま」
すると目の前の白い壁が音もなく消えその奥に右手へと続く通路が現れた。
四人が通路を右へ左にと曲がった所でロボちゃんがアイリーンの耳元で囁く。
「僕も人間になりたい」
アイリーンの脳裏を以前一緒に生活していたスターキッドAIの外部端末として作られたバイオロイドの姿が過る。
(そうかーキッドは九論に九論はイノマンになっちゃっているのよね)
一瞬だけ感傷に耽った。
「いきなり何を言い出すのかしら、それより通信が回復したのねいつものAちゃんに戻ったのよね良かったじゃない」
「そうですね良かったですここに来るまでたいしたこともなくて」
ロボちゃんが抑揚のない口調で言う。
(不満たらたらみたいだな)
昴くんはそう思ったけど口にはしない。
「そうねあちこちの玄関を見ながらここは何の研究をしてるのだろうって想像するくらいしかできなかったわ、あとはバスに轢かれそうになったくらいかしら」
(スターキッドAIならそれだけでも十分楽しめたんじゃないかな)
昴くんはロボちゃんが不満そうにしている理由をそう解釈した。
「お帰りなさいアシュラさん、それと初めましてアイリーンさんと昴くん」
アイリーンと昴くんはアシュラの背中を見て歩いていたので狭い通路の向こう側に人が立っていることに気付かず唐突に声を掛けられたように感じている。
「初めまして宜しくお願いします」
昴くんが求めに応じて握手しお辞儀までした。
アイリーンも続けて握手する。
挨拶は昴くんので代用したみたい。
「僕はウオン、イノマンクローンの最年少です皆が待ってますのでこちらへどうぞ」
ウオンと名乗る少年は通路の終わりを示す扉の中央に立っていて体を開けて奥へと招く。
小柄なウオンの前を通り抜けるとそこは広いリビングルームになっていた。
「広いわね体育館みたいかしら」
「いくらなんでもそこまで広くはないよ」
アイリーンが凄く広いと感じたのは物があまり置いてないというのがある。
入り口の左右にそれぞれ応接セットがあり前方5メートル付近でゆったりとしたリビングソファーがコの字型にセットしてあってそこでは10人程がくつろいでいる様子。
その奥は何もない空間が広がり突き当たりの壁を抜いたようにしてキッチンが設けられていた。
(奥行き30メートル幅が15メートルといったところかな体育館の半分くらいだよね、ソファーに座っているのは研究所の人達なのかなあ九論さんが一番年上みたいに見えるけど……本人が居ないんじゃないかなあ)
昴くんは九論が居ないことに気付くとたちまち心細くなっていく。
正面のソファー中央に座っていた一人が近寄ってきてアシュラの手を取る。
「ただいま十太郎さん」
「おかえりなさい、何事もなかったようで良かったです」
二人が挨拶を交わしアシュラがアイリーンと昴くんを紹介する。
「お初にお目にかかります。豊福昴と言います。九論さんに呼ばれて来ました」
昴くんがカチコチになって挨拶をした。
「九論?」
十太郎が首を傾げアシュラを見やる。
「オリジナルのことです」
「あなた達がうちの九論を何て呼んでるかは知らないけれど、うち達の九論は唯一なんだからね、それでもわからないというなのら……うちのパパよ」
アイリーンにも何を言っているのか言いたいのか良くわからないので有耶無耶で終わらす。
特に最後のパパの発音を強くして大声で言った。
「パパァ!?」
後方のソファーに座っている人達が一斉に立ち上がりまだ座ったままで居る一人に視線の矢を向ける。
「アイリーン、その呼び方は止めてほしいと以前よりお願いしてなかったかな、特にこんな場所では絶対に使ってもらっては困るのだがな」
最後の一人が立ち上がり両手を肩の位置で上下させながらアイリーンに近づく。
「その喋り方と身のこなしあなたがパ……イノマンね九論はどうしたのよ、まだあなたの中で眠ったままなの」
(そういえばそうだったかしらイノマンに吸収されたとか言ってたわよね、それにしてもこの姿は……)
「もう一回最初から説明が必要かな」
「いらない、そうね最後の約束ではうちはあなたのことを九論と呼んで良いことになってたわねそれはまだ有効かしら」
「ああ、有効だともその方がこちらとしてもわかりやすい何しろここに居るのは全員イノマンなのだからな」
そう言いながら後方に居る人たちを指し示す。
「ここに居る皆さん全員が九論さんのクローンなのですか」
(全員が似てるけど全く同じ顔とかじゃないんだ、もしかして女の人も居るみたいだよアシュラさんは愛鈴のクローンだって言っていたけどここの人達って皆……考えるのはよそう)
「そうだそういう私もこの体は大分以前からクローンを乗り継いでいるのだよ」
「知ってるわ、でもあなたがうちの中に居たイノマンで間違いないのよね、いまさら見栄を張って何をしようっているのか知らないけどずいぶんと若返ったものね」
「ああ最近新しいクローンに移ったのでな、まあこんな感じだ」
(新しいクローンって……じゃあ古い体は分解したのかな……)
昴くんはさっきから何かが気になっている理由に思い至った。
「ピエロさんもここに居るのですか」
興奮のあまり九論に問い詰める様に聞いてしまう。




