182.ポラリスの記憶
スターキッドは東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地宇宙港にある小型艇用の艀にドッキングしてアイリーンと昴くんは検疫所を出た所のロビーでアシュラから熱烈な出迎えを受けた。
アシュラはイノマンが冥王星で密かに育成していたアイリーンのクローンなんだけどその中身は地球防衛基地の初代メインコンピューターの残滓になっている。
スターキッドAIが活動し始めた頃よりちょくちょくハッキングしたりして仲良しになっていたので廃棄される前に冥王星で父親のイノマンに助けを求めた結果こうなった。
アイリーンと昴くんはフレア族妖精ロースさんの祝福を受けて不老になってからは成長が止まっているのでその体は15歳と14歳のまま。
一方アシュラは培養槽の中で普通に育成されていたので25歳の完全なレディになっていた。
だから出会ったその日からアイリーンはアシュラに対してコンプレックスを抱く。
そうして昴くんは二人が揃う度に微妙な立ち位置に置かれる羽目になっている。
今日も今日とて同じ轍を踏み自ら窮地に陥ってしまう。
「あう!」
豊福昴くんは頬を押さえて小さく呻く。
「いつもいつも余計なことを言うその口は一度分解しちゃいましょうか」
「悪かったよ愛鈴もう言わないから許してよ」
左頬を打ち抜いた右手が右頬目掛けて返ってくるのを左手で受け止めながら言う。
「ちっ! まだお詫びの言葉を聞いてないわ」
「ゴメンナサイ」
昴くんは理不尽な思いをしながら片言言葉て許しを求める。
「まあいいわ貸しだからね」
そう言い終わるとアイリーンはあっち向いて少しずれた胸パットを素早く修正した。
「まあアイリーンったら平気で昴くんに酷いことしてますのね」
(酷いこと?)
手の平で冷ました頬を押さえたまま首を捻る。
「このくらい酷いことの内には入らないよ」
先ず昴くんが日常の惨事を軽い口調で言う。
「うちは酷いことなんて一つもしてないわ」
昴くんとアイリーンが異口同音に訴えた。
「あらまあお二人とも仲が宜しくて羨ましい限りですこと」
「うっほん! ゴホゴホ」
昴くんが柄になく咳払いしようとして失敗、二人のアイリーンに睨まれる。
「それでうち達を迎えに来てくれたのよね、イ、イ……九論も来ているのかしら」
「イノマン先生なら地下の研究所でお待ちですわ、ややこしい事情はあるのですけどオビス司令官がイノマンの罪は事故によるもので冤罪だったと公言された時に研究所も返還して下さってからは殆んど出てこないのですよ」
「『お金がないから実験できない』って何時もぼやいてたからね、でも九論はもっと慰謝料を貰うべきだったんじゃないかしら」
「イノマン先生は一時金よりこれから先の研究資金の援助を求められましてよ」
「イノマン研究所の予算を無制限にでもしたんじゃないですか」
何時もいじられている昴くんの立ち直りは早い。
(オビス司令官も太っ腹だものね、それに予算に縛られていたんじゃ画期的なことはできないんじゃないかなあ)
「流石は昴くん利発でいらっしゃることその通りです、全ての経費を税金で賄えるようにしたのですよ」
(それでも作った物を裏で売り捌いてるんだろうな流石だな)
アシュラとアイリーンがカップルみたいに腕を組み横並びでぺチャクチャと喋りながら歩く後ろから昴くんが時折口を挟む。
向かうは地下7.5層のイノマン研究所。
「イノマン……九論さんはそこで何を僕たちに見せようとしてるのかなぁー」
横目でアイリーンを気にしながら、なかなか本題を切り出さないアシュラに昴くんが鎌を掛ける。
「百聞は一見に如かずよ、そうね地下のイノマン研究所に着いたら本人たちから説明があると思うわ、だからもう少しお待ちなさい」
アシュラが少し口ごもる様に話す。
(『たち』ってなんだろう九論さんだけじゃないのかな、あーっ研究所ってんだから他にも人が大勢居るのか何か嫌だな)
「地下のイノマン研究所って特別立入禁止区域にあるのよね、あそこはエレベーターが止まっても扉が開いてくれなかったんだよ、だからまだ踏み入れてない唯一のフロアーなの、でも今日は行けるのよね」
アイリーンがわくわくしているのが表情から見て取れる。
「ここにはアシュラが居るからね誰も遮れないと思う何処にでも行ける筈だよ」
「そうなのよねー、全施設蹂躙でも計画しちゃおうかしら」
「それを言うなら僕のことを忘れてもらっては困りますよ~」
アイリーンの左肩上で機能停止していたみたいに大人しかったロボちゃんが言葉を発した。
「ダメだからね、あまり羽目を外すと今度はポラリスが初期化されてしまうかも知れないよ」
昴くんが暴走しそうになったアイリーンを諫める。
「そうねその昔、Aちゃんがアシュラにちょくちょく侵入して情報を貰っていたから初期化されたりしたんでしょう」
「あーっ! そんなことを言う、僕は侵入した痕跡を残してなんかいませんからねアイリーンがアシュラと不用意にコンタクトして興奮させて短時間とはいえ公共を混乱させた事の方が影響は大きいと思いますよ、アシュラさんもそう思いますよね」
「あーっ、アシュラを味方につけようなんてずるーい」
「今でもアイリーンと接触すると何故だかわかりませんけどドキドキが止まらなくなりますの、過去のデーター……いえ私の記憶は冥王星でクローン体として目覚める以前のものをオビス司令官立ち会いのもとイノマン先生によって全て消去してしまいましたのにね、だからそのごめんなさい」
「それで良かったんじゃないかしら、アシュラがここに残った理由ってのが連盟の機密情報を持っているからだったものね、それがなくなったんならこれからは一緒に旅ができるじゃない」
「ダメだよ、今は九論さんの大切な助手なんだよ九論さんの許可も得ずに勝手に連れ出すことはダメだからね」
「さっきからダメを3回も言ったわね、ここ暫く聞いてなかったから新鮮に感じるわそれに、フフフ、昴くんは妬いてるのよねアシュラに、もしアシュラがイノマンのクローンに入っていたらって想像すると……」
「愛鈴、僕が悪かったよ~、だからそういう下世話な話はやめようねアシュラを連れていくのに反対した訳じゃないんだよ九論さんにちゃんと断ってから一緒に行くんなら僕も賛成だからね」
「まあ無理しちゃって、顔が赤いわ早くポーカーフェイスを身に付けることね」
昴くんは頬に両手を当てて今度は冷ますためではなく下を向いて黙り込んでしまう。
「アイリーン昴くんを苛めすぎですよ、それにイノマン先生のクローンには女性もいますからね」
アシュラが昴くんを庇うようにしている。
「えーっ、本当なの誰なの教えてよ」
「取りあえずはまだ秘密です」
「そんなー、でも確か光兄ちゃんとピエロは自分からイノマンのクローンだって言ってたわね、会えば自己紹介の時にクローンだって言ってくれるのかしら何かの約束事みたいにね」
「アシモフの三原則みたいなものがあって自分は人間じゃないって言わないといけないのかもしれないね」
昴くんが少し復活したみたい。
「そんなことはないです、だけど私も確かにこの体はイノマン先生が作られたクローンだって言いましたね」
三人がペチャクチャと喋りながら宇宙港連絡通路を3分ほど歩いてエッグ乗り場に着く。
3分間歩かされるのには意味があってこの通路には色々なセンサーが仕掛けられていて保安検査も兼ねている。
通路が終わるとそこはエッグ乗り場になっていた。
都合よく四人乗りのエッグが停車していたのでそれに乗り込む。
「四人乗りで丁度人数ピッタリ良かったね」
アイリーンの肩上からロボちゃんが僕のことを忘れてもらっては困るみたいな口調で言う。
行き先をイノマン研究所と入力すると3次元マップに目的地がポイントされ点滅するのでOKボタンを押す。
これも実体を持つ人間であるとの判断材料になっている。
エッグで基地中央を貫く軌道エレベーターホールまで行き到着を待っているとアイリーンの表情がみるみる青ざめていく。
「今度は何を思い出したんだい」
昴くんはその表情の変化を見た瞬間にピンとくるものがあった。
「ねえアシュラ、あなた過去の記憶は持っていないって言ったわよねポラリスはあなたの記憶……データーと言った方がいいのかしら、それを全て引き継いでるのよね」
昴くんの質問には答えず新たな質問をする。
「全てではありません、初期段階での余裕率は多いに越したことはないですから当然その内容は秘密です」
「そう、わかったわ」
(僕には『そう、良かったわ』に聞こえたんだけどね言えばまた怒るんだろうな、一体何をやらかしたんだろう気になるよ)
でもそれはやがてわかることになった。
エレベーター内でAIによる質問が始まる。
AIなので到着直前に三人とのやり取りが修了。
「間もなく到着です。有意義な時間をお過ごし下さい」
定例的なアナウンスが単調に流れる。
「あーっ僕とのやり取りを省いたー」
ロボちゃんが文句を言う。
「あなたはスターキッドAI、常に私とリンクしてるじゃないですか」
「うちもAちゃんとポラリスの掛け合い漫才を聞きたかったわ」
「それではアイリーンさんと交わした過去記録をお話しします」
「あっ! 過去の話はするものじゃないわ機密事項よ」
ポラリスが話し始めたのでアイリーンが真っ赤な顔をして止めに入る。
「・・・最後は立入禁止エリアである地下7.5層へ着床後に『さあ、さっさとこの扉を開けなさい、そうしないと漏らすわよ』と言ってそれを実行しました」
「あーあーあー!」
今度は大声を上げて叫びだす。
(過去のデーターは消してるんじゃなかったの)
恨めしそうな目付きで前にいる二人の表情を盗み見た。
どちらも澄ましたポーカーフェイスで開いた扉の外へ向かって一歩を踏みだしている。




