181.昴くんの中の人
『光にい、これチャーシュー麺じゃないよ!』
3才11ヶ月のアイリーンが怪訝そうな表情をして訴えていた。
『えっ? どうして、チャーシューが6枚も入ってるじゃない』
『チャーシュー麺ってさ、麺がチャーシューで出来ていると思っていたよ……』
失望を隠そうともしていない。
『そ、そうだね、ウドン麺とか、そう麺、ワンタン麺とかあるものね、チャーシュー麺があってもいいかもね、でも材料は全部小麦粉だと思うよ』
アイリーンが光にいとかお兄ちゃんとか呼んでいる石井光一が疲れ果てた表情をしている。
(お兄ちゃん疲れてるのかな、それなら今度うちが味付けした豚の薄切り肉で本物のチャーシュー麺を作って食べさせてあげる、そうしたら元気になってまた一緒に遊べるね、でもチャーシューの味ってどんなんだったかなぁ~)
「……ムニャムニャ……」
(暗いなあー……ここは何処だ……)
『さあ早く出てこないとこの体がボロボロになってしまうよ、そうなる前に早く出てきなさいドクターイノマン』
サロメが手にした電気鞭を石井光一の背中に向けて振り下ろす。
(何てことするの!)
『止めて!!』
幼いアイリーンが石井光一の背中に覆い被さった。
『ギャーー!!』
あの時の事を思い出すと今でも背中に激痛が走る様に思う。
(サロメ姉さんの怖い顔……そうか初対面の時は最悪だったな)
「う~ん……」
アイリーンは寝返りを打った。
『行けない……行かない! 僕は行かない!! こんな夢消えてくれ!!!』
そう叫ぶと昴くんの体から閃光が炸裂し勉強部屋もろともアイリーンは吹き飛ばされる。
(最悪と言えば大きくなった昴くんを迎えに行った時もそうだったわね)
「おきて、起きて愛鈴、朝ごはん作ったよ」
昴くんがアイリーンの枕元で優しく声を掛けた。
(……昴くんの声が凄く懐かしいのは何故かしら……)
「あ~ふ、よく寝たと言っていいのかしらね何だか疲れる夢ばかり見てた気がするわ」
「どんな夢だったんだい」
「忘れた……でも楽しい夢でなかったのは確かね」
「そうかもね泪目になってるよ、顔を洗ってから食事にしようラーメンを用意してるからさ」
「朝からラーメンなの」
「そうだよ僕も夢の話なんだけどさ、無性にラーメン食べたくなったからそうしたんだけど嫌なら変えようか」
「大丈夫よ食べれると思うわ、でもオートレンジの味付けは地球のとだいぶ違うのよね、子供の頃食べたラーメン屋にもう一度行きたくなるのよねー」
「わかるよ、だけど今の地球は水だけの惑星と言っていいほどになってるからね、文明も全て消されているし残った人達も連盟の監視下で原始生活してるから無理な話だと思うよ」
昴くんが宥めるようにして言う。
「チャーシューも2枚ちゃんと入っているのね」
「オートレンジに日本食のレシピをだいぶ入力したからねスターキッドAIも協力してくれたしさ、だからこの味付けがレシピ通り本物の味なんだけどね」
アイリーンがチャーシューを1枚お箸でつまみ上げて見ている。
(本当に良くできているわね、もしかして本物の味付け豚肉スライスを使ってるんじゃないのかしら……)
アイリーンは昔の宴会でブタの姿をした人が居たことを思い出して首を振った。
「このチャーシューがあと数枚入るだけでさ、ただのラーメンがチャーシューメンって呼ばれる様になるのよねー、昴くんもそれは許せないことだとは思わない」
「えっ、何の話かな?」
「お兄ちゃんの話よ!」
「何故にチャーシューを見詰めながら石井光一さんの話になるのかなあ、僕の中の人のことだよね」
「そうよ昴くんの中で眠っていたお兄ちゃんのことよ、もう昴くんの中に溶けちゃってるのよね」
「石井光一さんならまだ居るよ、言わなかったかな、言ったと思ってたんだけどね愛鈴が『私のせいで居なくなっちゃたんだ』って落ち込んでいたから自分の中に潜って見つけたんだよ、存在がかなり薄くなっていたからちょくちょく話し掛けていたんだ、そしたら返事してくれるようになって今ではだいぶ仲良しになれたと思ってるよ」
「えーっ、聞いてないよ~自分だけずるい! 私もお話ししたい~」
「まだ無理だと思うよ、それに僕も話まではしたことがないしさ挨拶を返してくれる程度なんだ仲良くなったって言ったのは無視される頻度が少なくなったってことだから、そういやぁ僕が愛鈴と仲良くしてる時は返事してくれないや、やきもちなのかなあ」
(お兄ちゃんはやきもちなんか焼いたりしないそれとも昴くんの中で人格が変わったのかなぁー、なんか嫌だな~)
アイリーンがどんぶりを持ち上げて最後のスープをすすった。
スターキッドは海王星から地球防衛基地へ向けて最高速度で飛んでいる。
『たまには最高速度で飛ばないとエンジンが腐っちゃいますよ』と昔のスターキッドAIが言ったからではない。
3年前地球へ向けて飛行中カシオペア残留艦隊に襲われ光の精霊に追いかけ回された時の事、何回か光速を越えたのに過去へ跳んだりパラレルワールドが発生したりはしなかった。
後で検証して理解出来たのだけど実際には光速を越えた瞬間に短時間だけ過去へと跳んでいる。
そこがミソでそれまでは光速に近い速度で飛んでいるから時間は未来方向へ進む。
そこで光速を越えると過去へ跳ぶのだから現在の時間帯へと戻って来ていたのだった。
それを応用することで好きな時間帯へ行くことができる。
すなわち四次元航行の実現だった。
だけどそれは光速を越える事ができるスターキッドだけのもの、他の高速宇宙艇にはとても不可能なこと。
だから今のスターキッドAIは天狗よりも有頂天になっていた。
「Aちゃんあまり調子に乗らないことよ」
コクピットへ入ったアイリーンが言う。
「そうだよここいら辺は何もないといっても過去にカシオペア艦隊と戦闘があった木星宙域だからね意外と残骸が残っているかも知れないからね注意ナノ秒だよ」
実際にはもっと短い時間なのかなと思いながら昴くんが釘を刺す。
「わかってますって、そんなヘマはやらかしませんよ」
ロボット外装に身を包んだロボちゃんが言う。
そんなロボちゃんを外装から引き出して肩に乗せる。
「やっぱりロボくんは嵩張るわ……あっ痛いー、言い直すから許してよ~」
ロボット外装に足を軽く踏まれたアイリーンが言う。
自分では指一本動かすことができないスターキッドAIの外部端末通信機のロボちゃんを如何にもロボット然とすべくイノマンによって作られたロボット外装。
今ではロボちゃんが呼べばやって来て人の手を借りずに合体しロボくんとなることが出来ている。
調子に乗ったイノマンによってロボくんは小型ロケットに変形してアイリーンと昴くんを乗せ宇宙飛行することができるらしいのだけど『らしい』を聞いた昴くんは頑としてロケット変形させないでいる。
そうなった時にはアイリーンが引きづってでも昴くんと一緒に真空の宇宙へ出て遊覧飛行させられる事は火を見るより明らかだから。
昴くんが操縦席と副操縦席に挟まれた狭い空間からロボちゃんの外装を後方へ移動させていく。
絶対に場所を譲らないからの強制措置だった。
もう直ぐ地球防衛基地からのビーコン誘導圏内に入る。
「1年ぶりよね」
「そうだね太陽系外縁部惑星歴訪の旅をしてたからね九論の用事ってなんだろうね」
「あら、伝えたいことがあるって言ってなかったかしら」
(それも用事になるんじゃないかなあ)
いつものように賢い昴くんは口答えはしなかった。
「ここは修復しない気かしら」
「そうみたいだね」
1年前の反乱軍によるアイリーン殺害計画の時に艦船ドッグは爆破されたまま今も完全な球形でなくなっている。
その後そのえぐれた部分に艀を出して訪れた艦船を係留する形を取るように改造していた。
「こっちの方が臨機応変に対応できるし何より出待ちをしなくていいからね」
「それもそうだったかしら……わね」
アイリーンが身を反らしそわそわと落ち着かない様子。
それもそのはずその昔、大型艦が順番に出待ちしている中スターキッドだけがその隙間を縫って出港していたのだから。
『誰にも迷惑掛けていないのだから問題ないんじゃないかしら』
当時アイリーンが主張していた言い訳だった。
宇宙港に着いたスターキッドは指示された艀に接岸する。
いつも通りアイリーンが右肩にロボちゃんを乗せて歩いているのを見て昴くんは自分の左肩に寂しさを抱く。
検疫所を出るとアシュラが再会を喜びアイリーンに抱きついてくる。
服装と髪型が同じだったら見分けがつかないんじゃないだろうかと昴くんは思う。
(あれ、確かアシュラの方が大きかったよね)
昴くんはアイリーンの胸の大きさを気にした。
「愛鈴さあ……もしかしてまた盛ってる?」
過去を思い出しながらだったので言葉がするりと口から漏れる。
(愛鈴はアシュラのことを自分のクローン体なのに何故大きいんだって初対面の時から気にしていたんだよね、それに僕らは成長が止まっているから気持ちが分からないでも……)
思考の途中で超高速ビンタが飛んできた。
パァーーーン!
乾いた音が宇宙港に響いてゆく。




