227.ニュータイプ光一
「お帰りなさいませ、お食事にしますかお風呂にしますか、それともワタシ?」
ルビーがバトルシップナインティナインのホームに帰ってきたアイリーンと昴くんをうやうやしく出迎えて言う。
「なに! ご飯がまだできてないとでも言うのかしら」
(愛鈴は腰に手を当てて怒った風に言ってるけどイントネーションが単調すぎるよ、もしかしてルビーの冗談に付き合っているのかなそれにしても一体どこでそんな台詞を覚えているんだろう)
昴くんは心の中でそう思う。
ルビーはクローンに入って目覚めたばかりの石井光一が情操教育の一貫としてリビングのテレビで観ているビデオの影響を受けていたのだけど二人はまだ知らない。
「アイリーンさんの定番朝定食なら3分もあれば出来上がりますので手と顔を洗ってうがいをして待っていてくださいね」
「さっき外で洗ったわ」
「何時どこで洗おうと外出して家に戻ってきた時にはもう一度洗いましょうね」
(これじゃぁまるで幼児教育みたいじゃないか)
「僕にも愛鈴と同じものを作ってくれないかなぁ、お願いするよあっ、オレンジジュースの代わりにホットコーヒーを貰えますか」
「かしこまりましたですわ」
(ルビーはもしかしてレヴィの代わりを演じようとしてるのかなあ、愛鈴の悲しみを少しでも和らげようとしてるみたいな気がするな)
アイリーンが渋々といった感じで昴くんは普通に洗面台で手洗いとうがいをする。
昴くんはタオルで顔を拭いている時に隣のジャングル風呂から音がして人が入っている気配を感じたけどルビーが作って待ってくれている食事に遅れたくないので気にしないことにした。
食事が終わると直ぐにアイリーンが風呂場へ駆けていく。
(もしかしたら愛鈴もお風呂場の音に気づいていたのかなあ、一体誰がこんな早朝から入っているんだろう、ルビーは目の前に居るし、う~んわからない……)
「うわあーーー」
風呂場の方からアイリーンの驚きの悲鳴が聞こえてくる。
(あっ覗いたな、あの悲鳴の様子からすると入っていたのはピエロかも知れないな)
「あんた誰よ!」
(不審者!?)
昴くんが飲みかけのコーヒーがこぼれるのにも構わずテーブルに勢いよく置き駆けだす。
直ぐにアイリーンの前に立ち不審者と対峙した。
(ここは出入りが多いから何もしていなかったけどセキュリティを考えないといけないなあ、あれ?)
不審者はちょうど湯船から出ようとしていたところ。
男性の全身が露になったのだけど昴くんは何かしらの違和感に気づく。
(アレが付いてない)
「お兄ちゃんなの?」
昴くんの後ろから覗いていたらしいアイリーンが言う。
そう、イノマンクローンには生殖器が付いていない。
ちなみに女性の胸は生殖器ではないのでクローンでもしっかり出っ張っている。
昴くんとアイリーンはその事をよく知っていたのでいま目の前に裸で立っている見知らないクローンは新しく生まれた人に間違いなくここでは石井光一に結びつく。
「君が、いや……君はアイリーンなのかい」
石井光一の魂を入れた新たなクローンにはダイムとセントによって彼に関する全ての記録とアイリーンから抽出した思い出の一部と常識を記憶させ目覚めさせている。
そういうことで彼の頭には4才になったばかりのアイリーンと一緒にスターキッドで敵の中型戦艦と戦った場面で終わっていた。
だから彼の記憶に残るアイリーンの姿は幼い少女のまま変わっていない。
石井光一が目覚めて最初に見えた女性に『君はアイリーンかい』と声を掛けた。
その相手からは『私はセント、科学者よ』と冷たい返事が返ってきている。
一通りの簡単な検査が終わりその日は室内を歩く訓練を行う。
そこで次に会った女性に同じ質問をする。
『私はルビーと申します。以後よろしくお付き合い下さいませ』
社交辞令で返された。
翌朝ダイムとセントの検査が終わってリビングに出るとアシュラに会う。
『アイリーンだよね』
幼い頃の面影を見て取った光一は思わずアシュラを抱き締めてしまった。
『私のことはアシュラと呼んでください、中身はアイリーンを愛したコンピューターの欠片だと思ってください。この体はアイリーンのクローンですから似ていますが別人です』
石井光一を引き剥がしながら言う。
『これは失礼なことをしてしまい申し訳ないです。では今のアイリーンはあなたと寸分変わらないと思っていて良いのですね』
『……私より幼いと思っていた方が良いと思います』
(本物の前でガッカリした顔をされたくないですものね)
『それでアイリーンは今どこに居るのかご存知ですか』
『もうすぐここへ帰ってきますけど、あなたと会えるのは2日後だと思っていますから驚かせ……いえ、お風呂に入ってさっぱりとした姿でお会いされると宜しいのではないでしょうか』
アシュラが悪戯小僧の顔つきをして言う。
(アイリーンはもうすぐ帰ってくるしお風呂にも入るでしょうから、すれ違うことはまずありませんよね)
そしてアイリーンと石井光一はアシュラの思惑通りの初対面を果たすことになった。
昴くんは体を回しアイリーンの視界を奪うと片手を棚に伸ばしてバスタオルを掴み光一目掛けてバックトスをする。
(いくらクローンでナニが無いとはいえ、愛鈴の情操教育上問題があるからね、あまり目に触れさせたくないよな)
「外で待とうか」
昴くんを押し退けようとしてもがくアイリーンを抱え込むようにしてリビングルームへ出た。
今度は石井光一が姿を現わしても昴くんの胸にへばり付いたまま離れようとしない。
「キミがアイリーンなんだよね」
背中を向けたままの昴くんに向かって石井光一が言う。
アイリーンはまだ昴くんの腕の中。
(イヤ僕は豊福昴なんだけどなあ)
チラッと振り向き彼がルームウエアを着ているのを見てから体の向きを変え対面する。
「ほら愛鈴、光一兄さんに挨拶するのだろう」
「……」
(まさか光一さんに対しても人見知り病が出たんじゃないだろうな)
「はじめまして石井光一さん、僕は豊福昴といいます光一さんと呼んでも良いでしょうか」
(立場を対等にしときたいよな)
昴くんは最初から下手に出てると後々まで不利な状況が続くのではないかと考えた。
何しろ見た目が自分と同じか下手をすると年下にも見えたから。
「良いよ僕もキミのことを昴くんと呼ばせてもらうから、それにこれから色々教えてもらわなくてはいけないからね、それで最初に聞きたいのだけどキミはアイリーンと結婚したのかい」
アイリーンが昴くんの腕の中でビクッとした。
(うわっ、やっぱり聞いてきたよ~)
「いいえ違います。光一さんがどこまで知らされているのかわからないけど僕と愛鈴はそんな仲ではないですよ」
(ここはハッキリ否定しとかないと光一さんが愛鈴から離れてしまう気がするよ)
アイリーンが昴くんの胸をドンと突き放すようにして離れる。
顔を見ると怒ったようになっていた。
(何か怒らせるようなことをしたのかなあ)
昴くんには思い当たる節がない。
「お兄ちゃんはお兄ちゃんで良いのよね、もう出歩いて良いのかしらリハビリに3日は掛かるって聞いていたかしら」
(愛鈴は光一さんとの再会場面がアレだったので怒ったのかも知れないな)
昴くんは大きな勘違いをしてしまった。
「うん僕は石井光一で間違いないよ、アイリーンはお兄ちゃんって呼んでいたよね」
(なんかよそよそしいな……あっ、記憶がまだ馴染んでないんじゃないかなあ)
「お兄ちゃんだったら光学擬態が使えたわよね、いまの姿はちょっと違うんじゃないかと思うかしら、こんなことを言ってはいけないってわかってはいるのだけどあの時のお兄ちゃんに変身してくれないかしら、少しの間だけでもいいからお願いします」
「ごめんよアイリーン、あの頃というのか以前使えていた能力は全く無くなってしまっているんだよ、でもこれからまた努力次第で身に付くかも知れないから気長に待ってて欲しいのだけど協力してくれますか」
「わかったわ、残念だけど仕方がないかしらでもうちは忙しいから手取り足取り教えることはできないと思うから期待しないで欲しいかしら」
「うん、最初からお願いすることではなかったねごめんなさい、自分で地道に努力するから大丈夫、心配しないで下さいね」
(なんか、以前のお兄ちゃんの雰囲気じゃないかしら)
アイリーンと昴くんはそれぞれが近い感情を抱く。
三人は話しながら移動してリビングのソファーに座っていた。
座ったタイミングでルビーが飲み物をテーブルに置いている。
コップが3個とも空になっているのに気づいたルビーがおかわりを持ってきた。
「僕はリハビリの続きをしないといけないから行くね、本当はこんな話はしてはいけないと言われていたんだよ、記憶を安定させている途中らしいからね」
光一が目の前に出されたミネラルウォーターを一気に飲み干して言う。
「だからうちと会うのは3日後とか言っていたのかしらね」
アイリーンがオレンジジュースに懐かしさを感じている。
ダイムとセントは石井光一がアイリーンと鉢合わせしないようにタイムラインを組んでいたのだけど第三者の思惑で狂わされることまでは考えが及んでいない。
ここでの第三者とはあの時のアシュラのこと。




