225.レヴィの宝玉2
ここはまだ海王族旗艦ファーストトラゴンの小型艇溜まり。
レヴィは姫なのだからどこへ行くにも誰かが付いてくる。
今回は護衛を兼ねた監視役が同行し名前をパナメイという。
(伴侶ってレヴィがそう設定したのかしらね、後で昴くんにも教えなっくっちゃだわ)
アイリーンが頬を染めて昴くんの方を向く。
(やっぱり監視役を付けられていたんだ)
パナメイからアイリーンの伴侶扱いされた昴くんは怒った風に腕組みをして大柄な女性を見据え少し考える。
「あっ、ごめんよ僕は遠慮しておくよ」
監視役に逆らうと不利になると判断して素直に従う。
「昴くんを一人にすると危ない目に遭うのではないか心配ですわ」
レヴィが言う。
「それなら愛鈴ちょっと良いかなあ」
昴くんはアイリーンを呼び寄せ話す振りをしてパナメイに背を向けその視線から逃れる。
宇宙服の胸元を広げて宝玉を取り出しアイリーンに渡す。
「この宝玉は監視役に見られてはいけないだろうからね隠しておくんだよ」
「どうすれば良いのよ」
「僕に考えがあるから言うよ」
昴くんはアイリーンに耳打ちした。
近くには公衆トイレが見えている。
海王族艦隊旗艦小型艇溜まりにあるトイレの中でアイリーンとレヴィの密会が始まった。
レヴィの監視役は女性トイレの外で待つ昴くんの護衛として残っている。
バナメイはファーストドラゴン艦長を務めるプローン男爵の側用人なので軍の指揮命令系統からは外れていた。
だからレヴィはパナメイの上位者としてだったらある程度の命令を出すことができている。
「宝玉が細胞分裂を始めていますわね」
レヴィはアイリーンが胸元を広げて取り出した宝玉を見て驚く。
「えっ? 細胞分裂って何よ」
最初は乳白色だった宝玉が光一さんの魂を入れた時に眩しい白色の輝きを放ち今は薄い虹色がゆっくり渦巻いていた。
「新しい生命が誕生しようとしているのですよ」
「こ、この宝玉ってもしかしてもしかするの」
アイリーンは空恐ろしくなりそれから先は考えない。
「そうですね、ハッキリ言わなかった私が悪いのですけど過去に海王族以外の男性との間で子孫が誕生したという話を聞いたことがなかったので間違いは起きないだろうと思っていたのですけど」
「間違いが起きてしまったのかしら」
「悪いことをした訳ではありませんから間違いではないと思いたいですわ」
「でもこれってこのままでは赤ちゃんが生まれるってことよね」
「こうなってはもう誕生を待つしかありませんですわね」
「だ、だ、誰と誰の子供になるのかしら」
「この宝玉は私のですわ、そしてこの宝玉を肌身離さず大切に持っていた男性の方と言えば……もう分かりますわよね」
「うちには何が何だかわからないわ」
アイリーンは泣き出しそうになるのを必死に堪えるために全ての思考を停止した。
「この宝玉をこれから先も私が持ち続ける事は色々な意味で叶いません、だからあなたと昴くんに託します」
「うん、わかったわ」
考えることを放棄したアイリーンは素直に頷く。
アイリーンと一緒に女性トイレから出てきたレヴィがパナメイの前に立つ。
「はるばる私のもとへ会いに来てくれたお二人をゲストルームに宿泊させることはできないのですよね」
レヴィが無理だと分かっている事をわざと聞いた。
「アイリーンさんは英雄ですのでお泊まりになるとなればそれなりの対応が必要になりますし、不幸な事故が起きないとも限りませんからご辞退頂けると幸いです」
「分かりましたわ、それではあそこの休憩室でお話ししましょう」
レヴィが指差す先には小型艇溜まりの隅にある簡易なガラス張りで仕切られた部屋にテーブルとイスとオートレンジが置いてある。
オートレンジでハンバーガーとジュースを出して座り他愛もない話を始める。
「じゃあ、これをあげるから今後はこれで連絡を取り合うようにしましょうね」
食べながらぎこちない会話が進み不自然さが目立ってきた頃、アイリーンが少し音量を上げて喋り何かを渡すふりをした。
(あれ、いま何も渡してないよな)
昴くんは不審に思ったけどそんな素振りを微塵にも表に出す訳にはいかない。
「ありがとうですわ、今度会いに来てくれる時はこれに直接連絡が入るのですね」
「これでこの前みたいな伝言ミスは起きなくなるから安心だよね」
よく分からないけど憶測で話を合わせる。
「今日は突然ごめんなさいね、あなたがトンネルに入ってしまう前に渡したくなったから急いだのよね」
「今度は私の部屋へお招きできるようにしておきますから必ず遊びに来て下さいませ」
「わかりました、必ず行くとお約束致します」
昴くんはそう言うとアイリーンの手を引いて乗ってきたシャトルへと向かう。
結局レヴィと再会した二人は小型艇溜まりから外へ出ることなく別れている。
レヴィは自室へ入ると真っ直ぐドレッサーの前に座った。
「あの方々から何を頂いたのですか」
部屋を見渡して異状がないことを見て取ったパナメイが優しく声を掛ける。
「極めて個人的な通信機ですわ、これはスターキッドだけとしか通信できないのですよ」
レヴィはそう言って以前貰っていた通信機を如何にもさっき受け取ったようにして差し出す。
「これはこちらでお預かり致します。姫様にあらぬ疑いが掛からないようにするために必要なこととお考えください。どうしても必要だと仰った時にはお返ししますので私が見ている前でご使用下さい。それで良いですね」
「そうしないとあなたが納得して頂けないのであれば致し方ありませんですわ」
(これでパナメイは誤魔化せたと思いますわ、次は宝玉を持っていない理由を考えないといけませんわね)
海王族の女性の殆どは人魚で彼女達は結婚適齢期になると卵をひとつだけ生み出すことができそれを宝玉と言う。
結婚の儀式は夫が財産全てを妻が宝玉を神前にそれぞれ捧げることから始まる。
ただ卵を生み出せるのは人生で一度きりのこと。
つまり男性は新たに財産を作れば何度でも結婚できるけど女性はそういう訳にはいかない。
だけど宝玉がないと結婚ができないという決まりはなかった。
子供が欲しい時は養子を迎えれば良いのだから。
プローンとの婚約を回避したいレヴィは宝玉を持っていない事を切り札として使いたいと考えている。
だからそれを言い出すタイミングが難しく思えた。
宝玉を持っていない理由は色々あるので深く追求されることはないのだけどレヴィがアドウェルの策略で冷凍監獄に千年入っていたのは海王族の民であれば誰もが知る事実。
「まあプローンの出方に応じて臨機応変にヤルしかありませんわね」
窓の外でスターキッドに戻っていくシャトルを遠目で見送りながら自分はアイリーンの影響をかなり受けて変わったのではないかと思いながら独りごちる。
「なかなかに大変だったかしらねぇ~」
アイリーンはスターキッドでの定位置になっている操縦席に滑り込んで深々と溜め息をつく。
「今日はもうあちらにお泊まりするのかと思っていましたよ」
スターキッドにドッキングしたシャトルから乗り移ってきた二人を出迎えたアシュラが言う。
「レヴィと二人きりにさせてもらえなかったからね、長居しても意味がないんじゃないかと思ったんだよ」
「本当にもうレヴィが可哀想になったかしら」
「彼女は王族だからな周りからすればやむを得ないことなんだろうよ」
ピエロが副操縦席から立ち上がり昴くんに席を明け渡す。
「これからどうしますか」
ルビーが聞いてくる。
「今はBちゃんに戻って早く寝たいかしらね」
昴くんを見る目がきつい。
(レヴィと別れてからの愛鈴の視線がトゲトゲしいんだけど何かあったのかなあ)
アイリーンは宝玉の変化と返せなかったことについてまだ話せないでいた。
「愛鈴、今晩はハンガーに付属しているキャビンで寝てみないかい」
「良いわね一度は使いたいと思ってたかしら賛成よ、Aちゃんお願いできるかしら」
「了解です。二人部屋で予約完了しました」
「こら、調子に乗るんじゃないかしら」
アイリーンが顔を赤らめている。
「ハンガー付属キャビンは全て2段ベッドになっているんですよ、それに3勤交代要員が常用していますから空きが少ないのです」
「そうかあ、この周辺で働いている人は自分のコンパートメントまで戻らないんだね」
昴くんが感心したように言う。
「そう、そうなのかしらね」
(二人部屋とか言うものだからダブルベッドを想像したじゃないかしら)
「私たちの分は無いのですよね」
アシュラがわざとらしく聞く。
「当然もう1部屋取っていますとも」
「だ、だったらうちはそっちで寝るかしら」
アイリーンは切なげに常識を唱えた。
その言葉を聞いたアシュラが一気に明るくそして怪しく微笑む。
(あっ、そういえばアシュラはアレだったかしら昴くんの方が安全かも知れないわね)
「でも、やっぱりうちは昴くんと寝るわ」
「き、君は言っている意味わかって喋ってるのかなぁ、疲れ過ぎてるんじゃないかい」
昴くんが純粋に顔を赤らめていく一方でアシュラは悲しみに沈んでいく。
「あら、あなたに言わなくてはいけないことを思い出したのよ」
「今ここで言えば良いんじゃないかなあ」
「二人だけの秘密にしたいかしらね」
(愛の告白?!)
アイリーン以外の四人はそう思った。
スターキッドAIは艇内全ての会話を聞いているのだけど守秘義務だけはしっかり守っている。
「お手柔らかに頼むよ」
昴くんはそう言うと副操縦席から立ち上がった。
スターキッドが丁度B99のハンガーに到着したので全員が移動を始める。




