218.アケルナルの妖精8
レヴィが買ったばかりのブローチを前を閉じただけのシーツに付けようとするのを昴くんは止めた。
「いま着ているシーツにそのブラツクオパールはあまりにも似合わないと思うよ」
「これだけの価値があるブローチですもの、何にでも合うと思いますわ」
(まあその通りなんだけどね、僕の目的は君にちゃんとした服を着せることなんだからここは押させてもらうよ)
「隣が服屋みたいだよね行ってみようよ」
アイリーンが昴くんの袖を引いて引き止める。
(しまった、レヴィに服を着させることばかり考えていたので忘れてたよ)
「うちも欲しいかしら」
期待の眼差しが痛い。
「わかったよ、選んでいいからさでもあまり高くないものにしようね」
「あなたが選んでくれないかしら」
(ここで愛鈴にも何か買わないと一生言われることになりそうで怖いよな)
買い物した時のサインは後で混乱しないように全て昴くんがするようにしていた。
だから女性二人は昴くんから買ってもらったんだと心の中で思っている。
(愛鈴の個人的な買い物は僕が管制局へ支払えばいいんだよな、でも現金なんて持っていないし明日になったら上で何か換金できそうなものを探してみようかな)
昴くんはアイリーンに星形のイヤリングを買うことにした。
星の輝きに似たレモンイエローの光を放っている。
値段もそんなに高くなく昴くんでも何とかなりそうな額だったから。
買ったばかりのイヤリングをその場でつけてあげる。
そのとき痛いほどの視線を感じた。
(しまった。今度はレヴィが羨ましそうに見てるじゃあないか)
「そ、それじゃあ隣の服屋へ行こうか」
昴くんは平静を装うのに苦労してぎこちなく歩き出す。
(レヴィの服は経費処理してもらえるはずだから管制局宛てのままでいいよな)
服屋に入ってさっと見渡しワンピースを見つけた。
「レヴィさんにはこれが似合うと思うよ」
アイリーンの目を気にしながら言う。
「ライトグリーンのおとなしめのキャミソールワンピースでどこも絞っていないから足のウロコを気にすることがないと思うよ」
お値段も今までの中では一番安い。
アイリーンもせがんできたのでロングTシャツを買った。
色は薄いターコイズピンク宇宙服を収納したベルトでアンダーバストを縛るとちょうど良いアクセントになる。
当然のことながら直ぐには決めきれなくてお決まりの着せかえ人形を繰り返す。
そんなわけで買い物が済んだ頃はもう深夜の時間帯になっていた。
いそいそと宿屋へ入り隣同士になるように2部屋取って入室する。
当然入り口は別々。
「おやすみなさい。明日は7時で良かったんだよね」
「そうよ、ここで待ち合わせよお休み」
「良い夢を……」
昴くんはアイリーンとレヴィに別れの挨拶をして扉を開ける。
右側に棚があったので下駄箱と判断した。
スリッパは無い。
タタキを上がると左に姿見付き引戸があって開けるとクローゼットになっていて浴衣とバスタオルが掛かっていた。
(着替えなくっちゃね)
左側には広いトイレがあるけどシャワーは付いてない。
(入浴セットがあるのにシャワーが無いってどういうことだろう嫌がらせにしか思えないのだけど、シャワーしたかったなあ埃っぽいから濡らしたタオルで拭こうかな)
しぶしぶ浴衣に着替えて室内側の扉を開ける。
すごく広いだけの何もない部屋が現れた。
床は化学繊維で出来た芝生みたいなカーペット。
(そういえばトレーニングルームなんかは壁が鏡張りになって広々した空間をイメージさせているって聞いたことがあるような)
ふと、右を見るとアイリーンとレヴィが居て目があった。
(いや、壁がガラス張りなのか?)
あっちも目を見開いて驚いている様子。
もう一度正面を見る。
「な、なんじゃこりゃー!」
昴くんは思わず声を上げた。
(もしかしてだけどこれって日本の混浴風呂と同じ作りじゃない?)
左を見ると障子扉で仕切られた部屋があるので開けて入る。
そこは四畳半の畳が敷かれた和室になっていた。
片隅に布団がこんもりと山の様に置いてある。
(勝手に敷いて寝ろってことで良いんだよな、よし! もう何も考えないで寝よう)
「昴くん何かしてるのかしら? 入るわよ」
アイリーンが障子の外から声を掛けてきた。
「僕はもう疲れたよ、だから寝るね」
「何を言ってるのかしら」
「奥に立派なお風呂がありましてよ、先に頂いても宜しいでしょうか」
(うわ、レヴィも来てるのか)
「お風呂じゃなくて広々とした温泉よ、なんだったら一緒に入っても全く問題ないかしら」
(いや問題ありまくりだろう、そういゃあ玄関横に『温泉旅館あずまや』って書かれた看板が掛かっていたけど何かの冗談だと思っていたよ)
「僕はもう少し休んでから入るから先に入ってよ……覗いたらダメだからね」
「なに女子みたいなことを言ってるのかしら、でもわかった先に入るわよ」
(これで僕が入らないにしてもだよ、愛鈴がお風呂に隠れて僕を待ち伏せしてないかどうか確かめに行かなくてはいけなくなってしまったんだよなあ、う~んどうしようか……)
「ハッ!」
時計を見ると朝の5時になっていた。
(しまった寝過ごした……いや普通に寝てしまったでいいんだよなあ、それでいいのかなあ)
とりあえず朝風呂にしようと昴くんは思い行動を起こす。
(愛鈴は大人しく部屋で寝ててくれてるよな)
昴くんはB99のジャングル風呂で失神したアイリーンを介抱した時の記憶が甦りそれを振り払うように頭を振った。
「愛鈴……いないよね入るよ」
居るはずがないと思っていても声を掛けずにはいられない。
脱衣場の棚に着替えがないことをサッと見て取りガラス戸を開けて浴槽を覗く。
(良かった居ない)
浴槽は思っていた以上に広かった。
周囲の壁は白一色でのっぺらぼうとしている。
そして障害物とかは何もなくお湯も透き通って一目瞭然といった感じで助かった。
(これで安心して湯船に浸かれるよな)
脱衣場棚に備え付けになっている籠へ浴衣を脱いで入れる。
(う~ん、やっぱりトイレが先かな)
昴くんはアイリーンと違ってパンツとシャツはちゃんと身に着ける主義なのでまだ素っ裸ではない。
(トイレはどこだ、それにしても薄暗いなあ)
脱衣場にも必ずあるはずと思って目を凝らす。
「あったあった」
思い通りにあった喜びで思わず声が出た。
「うわあぁ~ぁ~」
思いもよらない展開に驚きの声が上がる。
トイレの扉を開けたそこには洋式便器の上で真っ白いシーツにくるまったアイリーンが丸くなって寝ていた。
(僕が入ってくるのをずっと待っていたんだな……すまない)
手を合わせて拝んでしまう。
(『お化け~』とか言って驚かせたかったのだろうなあ、多分そうだろう)
「愛鈴おきて」
優しく声を掛ける。
起きない、起きるはずがない。
「起きて愛鈴!」
肩に手を掛けて軽く揺するけど起きる気配がないどころか倒れかかってきたので抱え込む体勢になってしまう。
「仕方がないので運ぶからね」
諦めるように言いそのまま抱っこしてレヴィが寝ているだろう襖を足で少し開ける。
もしレヴィが裸で寝ていてそれが少しでも見えたら直ぐに閉めるつもりでいた。
(うん、ちゃんと浴衣を着て寝てるけど……これまた凄い寝相だなあ)
レヴィは2つ並べた布団をななめに占領する様に大の字で寝ている。
(レヴィは重いんだよなあ)
動かすのは諦めた。
重いからではなくて、寝ている女性の体に触れることはとてつもなく不謹慎極まりない行為に思えたから。
不思議なことにアイリーンに対してはそこまで不謹慎と思うような感情を抱かないで済んでいる。
昴くんは自分が寝るために敷いた布団に寝かせることを躊躇なく選ぶ。
(僕は新しく敷けば良いしね)
畳まれた布団から1式取り出してアイリーンが寝ている場所から一番遠くに敷いて潜り込む。
(どうしようか眠れないなあ、よし最初の目的を完遂しよう)
昴くんは脱衣場の棚に浴衣を脱ぎっぱなしにしているのを思い出していた。
「海は広いな大きいな~」
広い湯船に浸かって歌い出す。
「自然も良いよな~」
(それがたとえ人工物だとわかっていてもさ)
浴室入り口の壁面に端末があって湯温、流速とか色々な設定ができるようになっていた。
昴くんは面倒だったのでオートを選択している。
ただプロジェクターで投影する画像はこの惑星の大自然を選択していた。
それがいまスライドショーみたいに投影されている。
入り口を背にして浴槽のヘリに頭を乗せてプカプカ浮かぶ様にしてて気持ち良さそう。
昴くんがお湯に浮かぶ様に肺を膨らませていたら自然と浮きだす。
もしかしたらと思って舐めてみるとしょっぱい。
(海みたいになっている?! これが本当の湯加減全自動ってことだよなあ~)
「いい湯だなあ~」
壁面スライドショーは北極から始まってもうすぐ南極、終盤に差し掛かっていた。
そこへ2つの黒い人影が映り込む。
(あれ? 妖精っていたのかなあ)
昴くんがぼーっとそんなことを思っていると音声まで加わった。
「ここは混浴で良いのよね」
首をひねって見てみるとアイリーンがバスタオルを巻いて立っている。
レヴィはいつもの裸だけど下半身はびっしり鱗に包まれているのでまるでスパッツを履いているようにしか見えないし今回は胸に鱗を張り付けていた。
多分アイリーンに指摘されたのだと思う。
(ははあ~ん、おそらく愛鈴はレヴィさんと二人並んだ所を比較されたくないって女心が無意識に働いたんじゃないかなあ)
「アイリーンさんから聞きましたわ、だから私も最初で最後でしょうから混浴なるものに1度は入ってみないといけませんの」
(どういう意味だよ)
昴くんは内心では凄く動揺したけどそれを表には出さず大人の対応をしようと考えた。




