215.アケルナルの妖精5
レヴィが指差す泉の方をいくら目を凝らして見ても精霊の姿は確認できない。
「わからないわね、もう少し近くまで行くわよ」
アイリーンが先導しようとするのをレヴィが手を取って引き止める。
「私が先に行って精霊を安心させますから少し離れて来てもらえますか」
「わかったよ、地面が見えないからね足元に気をつけて歩くんだよ」
アイリーンが不満そうにしている様子を見た昴くんはレヴィが離した手を取った。
「レヴィ姫は準妖精の人魚だったろうここは彼女にまかせようよ」
頭を撫でながら言う。
レヴィが両足を揃えて尾ひれに変化させ下草がみっちり生えたすり鉢状の坂を草スキーのように滑っていく。
自分は人間ではないとアピールしているのかもしれない。
「うっわっ、とっとっ上手くいかないわね」
「愛鈴には無理だよ転ぶと危ないからやめようね」
昴くんが苦笑いしながら注意する。
「そうね危ないわね、あっ、あれなんかいいかしら」
上の空で返事しながら辺りを見渡していたかと思うと少し上で生えている大きな葉っぱの所へ行きそれを根本から引きちぎった。
何をする気かなと思う暇もなく葉っぱをお尻の下に敷き足を前方に放り投げて滑り始める。
「うふぉふぉーい」
片手で千切った葉っぱの根本を掴みもう片方の手で上手くバランスを取って滑っていく。
「まるでロデオみたい……あ、危ない!」
「イタタた~」
お尻に敷いていた葉っぱがバラバラに分解している。
アイリーンの体重を支えて滑るには耐久性がなかったみたい。
「大丈夫かい怪我はしていないよね、もう、君は本当に痛い目を見ないとわからない人なんだね」
昴くんが感心したように言う。
「怪我なくてもお尻が痛いかしら」
右手に握っていた葉っぱの根本を恨めしそうに見て放り捨てる。
「怪我がなくて本当に良かったよ」
「あなた顔が真っ赤よ、よっぽど心配させたのかしら、ごめんなさい」
昴くんはアイリーンが言った言葉の音だけ拾って『ケがなくても……』と聞き違え自己嫌悪と葛藤していたなんてとても言えない。
更に彼女に謝らせてどう説明しようかと考えていた。
ドッボーン!!
泉の方から突然大きな水音が聞こえてくる。
「レヴィったらあのまま止まれずに飛び込んじゃったんじゃないかしら」
レヴィの姿がどこにも見えない。
「心臓マヒを起こしてなければいいんだけど」
「そんな不吉なことは思っても言わないのよ」
二人はバタバタと坂を駆け下り透き通った泉の中を覗き込む。
「泳いでるね」
泉の水は清浄な透明感があって透き通っていた。
その中を人魚姿のレヴィが悠々と泳いでいる他には何もない。
そして泉の深い場所でキラキラと光が反射していた。
だからいっそう神々しさが増して感じられる。
「神秘的だとは思わないかい」
昴くんがしみじみと言う。
ジャババ
返事の代わりに水が跳ねた。
昴くんが掴んでいた手に力が入る。
何か起きたのかと見てみたらアイリーンが頭から泉に突っ込んでいた。
直ぐに手を引いて引き上げたけどけっこうずぶ濡れ状態。
「何をしてるんだい」
とりあえず聞いてみる。
「み、ゴホゴホ、水を飲んでみたかったの、レヴィは楽しそうじゃないきっと水も美味しいんじゃないかと思ったのよ」
「そう、豪快な飲みっぷりだったね」
「うちはね……水に好かれてるのかしらね、いつも引き込まれるのよね」
「気をつけてね人間はコップ一杯の水でも溺死することができる種族みたいなんだからさ」
「そんなことはあり得ないわよ」
「僕もそう思うよ」
「どっちなのよ」
「さあね、それより泉の水はどんな味がしたのかな」
「オレンジジュースみたいな味はしなかったけどそれなりに美味しかったわよ」
アイリーンが雨に濡れた子犬みたいに体をプルッと震わせ水気を飛ばす。
もう特技と言っても過言ではない。
「わあ、僕まで濡れちゃったじゃない」
「あはは、あなたも泳げばいいかしら」
「僕は泳げない、いや泳がないよこんなにきれいな泉を汚すわけにはいかないからね」
「あらそうなのね」
(ウフフ、昴くんは泳げないみたいかしら今度Bちゃんに帰ったらジャングル風呂で確かめなくっちゃいけないわね)
「何か良くないことを考えてないかい目が三角になってるよ」
昴くんは一抹の不安に襲われた。
「そんなことはないわよそれよりレヴィにはもう泉から出てもらいましょう」
「そうだね野生に返られても困るよね」
それからレヴィを呼ぶけどなかなか近くに寄って来ない。
二人が不安に包まれそうになった頃になってようやく泉から上がってきた。
「遅かったわね、呼んでいるのが聞こえなかったのかしら」
「ごめんなさい、あまりよく聞こえませんでしたわ」
レヴィはアイリーンの怒気が怖くなりつい噓をついてしまう。
(こんな自然の中で泳いだのはもう千年も昔のことでこれから先は2度とない機会かもしれないですもの)
地球が立入禁止惑星となってからではなくレヴィがリバイアサンの身代わりとなって冷凍監獄に入れられてからの年数。
「それなら仕方ないわね、それにあなたそれ膜を張ってるのかしら」
水から上がったレヴィの体が細かな星屑を散りばめた様に瞬いている。
二人は以前『宇宙空間に裸で出る時なんかは体から体液を分泌させて膜を張ってるから問題ないです』と言った彼女の話を思い出していた。
「あれ、気づきませんでしたわ、わあ、これ水の精霊さんたちですわね、私が準妖精で水の気配を感じて寄ってきたのではないでしょうか」
そう言いながら纏わり付いている精霊を払い落としているのだけどアイリーンたちにはその姿を見ることはできなかった。
「そんな風に払い落としたら可哀想じゃないかしら」
精霊の姿を思い描きながら言う。
「連れていくことはできないのですか」
昴くんはレヴィが脱ぎ捨てていった上着を回収してきてアイリーンに渡している。
裸のレヴィのことは直視していない。
まあ人魚なので気にしなければ良いのだけどアイリーンはそんなことにはお構いなくからかってくるから。
「このまま連れていったらみんな死んでしまいましてよ、そっちのほうが不憫に思われませんか」
「そうだね、ここはオアシスだけど回りは砂漠だし僕らの回りに水は無いから無理だよね」
「何とかBちゃんまで連れていければジャングル風呂で育たないかしらね水の精霊さんもうちたちが祈って生気を与えれば妖精さんになるのよね仲間に欲しいわ」
「ダメだよ子供のおもちゃじゃあないんだからね」
「そうよねー」
アイリーンが物欲しそうにレヴィが払い落としているキラキラを手で掬う。
当然手の平から溢れて落ちていくと思っていたのにいつまで経っても留まっている。
少し怖くなって払い落とそうとすると手から腕へと逃げるように移動して胸の辺りで止まった。
「どういうことなのかしらね~」
困ったように言っているけど内心で胸が大きくなるかもしれないなどと期待している。
「アイリーンさんは気に入られたみたいですわね水と相性が宜しいのでしょう、でも上着にしている布が今は良い感じに水分を含んでいますから大丈夫ですけど乾いてしまったら精霊さんも消えてしまいましてよ」
「どうしよう、ねえ、何か良い方法を思い付かないかしらね」
アイリーンが昴くんの袖を引いて懇願してきた。
「上手くいかなくても僕を責めないって約束してくれるのなら君も知ってる方法が1つあると思うよ」
「えっ、うちが知ってる方法って何かしら思い出せないのだけど」
「ほらコバルトの妖精さんの時に使ったじゃない」
「あっ、コバちゃんを宇宙服に入れていたわね」
そう言うと布袋の上着を縛っていたベルトを解き宇宙服へ変化させ着込もうとする。
「愛鈴、その上から着るのはダメだと思うよ」
「気持ち悪いのは最初だけだと思うのよね直ぐに慣れるわ」
「違うよ君がヘンタイになるのを心配してるんじゃなくてさ宇宙服の快適機能で水分とか精霊を除去してしまうんじゃないかなあ」
「うわっそれは大変、そ、そうよね迂闊だったかしら」
そう言ってアイリーンがもう少しで完全に着込みそうになっていた宇宙服を濡れた上着毎脱ぎ始めた。
「愛鈴それまで脱いだらダメだからね君が裸になってしまうじゃないか」
「うだうだ言わないであっち向いてあなたが着てる袋を貸しなさいな」
「そんなことをしたら僕が裸になってしまうじゃないか」
「だからあなたは自分の宇宙服を着ればいいかしら、まだ2ヶ所だけだけどここら辺には地球人が居ないわ、だったらもう裸でいる必要もないかしらね、でもあなたがもしヘンタイのままでいたいのならうちは止めたりしないわ」
「僕は最初から宇宙服を脱ぐのに反対していたと思うんだけどね、それで君はその精霊を閉じ込めた宇宙服をこれから先持ち歩くのかな」
「閉じ込めてなんかいないわよ、まあいいわそんな風に言うんだったらちょっとキッドまで跳んで置いてくるわ」
「いや、そうじゃなくてさ泉に戻せば良いんじゃないかなあ」
「うちは水の妖精さんに会いたいの、それにキッドまで上手く跳べるかテレポートの練習もしたいのよ」
(あ~あ、愛鈴の我儘がまた始まっちゃったよ~)
昴くんは少し離れた場所から笑みを浮かべながらこっちを見ているレヴィに助けを求めようとしたけどイノマンのポーズで返された。




