207.アケルナルの戦い5
この宇宙でスターキッドに追い付ける者はいないと誰もが思っている。
だからスターキッドクルーは皆慢心になっていたのかも知れない。
「スターキッドにスピードで勝てる者はこの世に存在しないってのよ、わかったかしら」
前方スクリーンの前でアイリーンが胸を張って鼻高々に言う。
アケルナル惑星bから向かってきたカシオペア艦はみるみる小さくなって既に射程距離外になっていた。
「あそこに仲間が居た」
コクピットが少し落ち着くとロースが言う。
「私もそう感じましたの、さすがに海王族はいませんでしたけど、あの赤道帯にある水の中に妖精が棲んでる気配を感じましたわ」
「あそこは海じゃなかったのかしら」
「時間をかけて分析しましたら塩分は検出されませんでしたわ、だから海とは呼べないでしょう」
「そ、そうよね何をするにも時間が必要よね、短時間で問題を片付けようとすると上手くいかないものなのよね」
「愛鈴そう言うことで何を隠しているのかなあ、洗いざらい喋ってもらうよ」
アイリーンは昴くんの追求からは逃れられないと判断して全てを話す。
一区切り毎にスターキッドAIの発する『裏切り者』と言う言葉を背中で聞きながら。
「そういうことなら誰も咎めたりしなかったと思うよ、変に気を回さず最初から相談してればこんな気苦労はお互いしなくて良かったんじゃあないかなあ」
「僕はスターキッドの高性能AI、常に完璧を求められていますから皆さんの期待を裏切れないのですよ」
(えっ、誰が完璧で誰の期待を裏切れないって言うのかなあ)
昴くんはスターキッドAIの自尊心を傷つけないように口には出さない。
「誰もAちゃんに完璧を求めてなんてしてないと思うわよ、間違えたら最初に『ごめんなさい』って言えば良かったのかしらね」
でもアイリーンはそんなことには構わずストレートに言う。
「キャプテンにそう言ってもらえると安心します。ありがとう」
スターキッドAIは何らかのリアクションが欲しかったみたい。
「まあ、これからは直ぐに謝って訂正することだわね」
アイリーンが自分のことを棚に上げて言う。
「それでさあレヴィさん、あそこに水の妖精が居たって言うのですか」
栄養剤をアイリーンに手渡した後の石橋艦長が会話に入りたいのだけど話の内容についていけなくて戸惑っている様子に気付いた昴くんが代弁する。
「気配がした様に感じましたの距離がありましたでしょう、近くまで行くことができたら確認致しますわ」
「そうね、どっち道あいつらを蹴散らさないことには何もできないかしらね」
アイリーンが昴くんを見て意見を求めてきた。
「戦わずに勝つ方法を見つけられれば良いんだけど僕にはヤンみたいな知識はないからね、奇跡に頼るような運任せはできないよ、だからここは戦術的撤退をしようよ」
「イヤよ」
(やっぱりそう言うと思ったよ、だけど『嫌!』じゃなくて『イヤ』だからイヤイヤでも従ってもらうよ)
アイリーンは昴くんの思惑通りあまり抵抗することなく隠れ家へ戻ることに同意する。
「小隕石群を捕捉しました減速して下さい」
環境管理席からレヴィが言う。
「Aちゃん聞こえたでしょう減速よ」
「居なかったんですよ」
「何がよ」
「小隕石群へ向かっていたカシオペア艦9隻がですよ」
「えっ、あの9隻ならとっくに追い越したんじゃないかしらあと12日はかかるって言ってたわよね」
「そ、そうですよねバタバタと飛び出してきちゃいましたからね、加速途中でスピードが出てましたし索敵範囲ギリギリ外側に居たのかも知れませんね」
「わ、わかれば良いのよ、いらない心配をさせないで欲しいわ……ただでさえ心が折れそうなんだからね」
「そうだな最初の予想から戦況が大きく変わっているしな」
「戦艦1隻巡洋艦1隻なら仕掛けた罠で何とかできたかも知れないけど大幅に増えたからね、ちょっとやそっとじゃ勝ち目がないよね」
「私はB99と連絡を取って合流することを提案する」
「そうだよあっちのカシオペア艦隊が持つ火力で一斉攻撃を受けたら一溜りもないよ」
「うちのテレポートで……」
「私の竪琴で……」
「二人共わかってると思うけどさそういうのは1対1とかの戦闘でしか使えないんだよ」
「残念だがここの小隕石群ともお別れだ、願わくば敵の一隻でも屠れたら良かったのだがな」
「わかってるわ、奴らの遠距離射撃で一掃されて終わったんじゃあ、あじのかけらもないかしらね」
「大丈夫だよ骨くらいは残ると思うからさ」
「あなた達に冗談を言い合う余裕があるのは十分理解しましたから、ここから離れると決めたのなら少しでも早く行動開始しませんか」
「それもそうね、AちゃんはBちゃんの方向が分かるかしら」
「ちょっと待ってください……あわわわわビーびー」
「Aちゃん、あなたまで冗談に付き合う必要はなくてよ」
「敵、カシオペア艦に囲まれてしまいましたわ」
「アシュラまでそういうタチの悪い冗談はやめて欲しいわ」
アイリーンが悪寒を感じてブルっと身震いした。
「愛鈴、本当にあった怖い話じゃないけどさ今まさにその渦中の人になったみたいだよ」
昴くんは小隕石群を取り囲むように配置している敵艦の様子をスクリーンに映し出す。
「あの行方不明になっていた9隻のカシオペア艦なのかしら」
「やっぱり奴らはシュー・ウォッシュナビができたんだ僕たちがここを出た後でここに来て待ち伏せしていたんだと思うよ」
「でもどうしてそんなことができたのよー」
「情報戦で敗北したと思われるぞ、多分敵はこの宙域にこちらの索敵センサーでは感知できない程小型のパッシブソナーを隙間なく配置していたに違いない、このアケルナル星系は奴らにとって手のひらの上になっていた訳だ。しかし取った作戦は愚策だな」
「そうか、今なら9対1じゃなくて1対1で戦えるってことですよね」
「昴くんのお国言葉にある『言うは易く行うは難し』の意味は知っているかな」
(方言じゃあなくて格言なんだけどまあ意味が通じたからいいかな)
「はい、理解しているつもりです。今回の問題点はいかに早く単騎の敵に勝利するかにあると思います。もたもたしていたらこっちが袋叩きにされてしまう危険があるからですよね」
「それだけかな、まあ及第点ではあるけどスターキッドの火力だけで敵戦艦を破壊することは不可能に近いから策略を練る必要があるな」
「わかったわ、敵の護衛艦をアポーツで敵戦艦にぶつけちゃえば良いんじゃないかしら」
「ダメだよ、また倒れたらどうするんだよ」
「あら、この前は戦艦だったから力を使い切っちゃったんでしょう、あの護衛艦は4分の1だから力も少なくて済むハズよ」
「時間がないわよ急いで」
アシュラが言う。
敵がどういう戦いを挑もうとこちらが不利であることは変わらない。
「そうだなレヴィは今直ぐリベンジの用意をしてここで待機、アシュラは正面スクリーンに3時方向巨大隕石の影に隠れている敵戦艦を投影、アイリーンは・・・」
石橋艦長が後方の定位置で棒を振りながらテキパキと指揮を始めた。
あまりにもテンポがいいので誰も口出しすることができない。
(あの手にしている棒ってサイバシみたいだけど、わざわざ休憩室で探して持ってきたのかなあ)
昴くんは指揮者には指揮棒が欠かせない必需品なのかと思う。
アイリーンが腰を屈めてサブマシンガンを乱射している。
幼い頃イノマンに我が儘を言って作って貰っていた物。
それを昴くんに見せびらかした時、無理矢理取り上げられて発射される弾は全てゴム弾だけになっている。
その時昴くんが言った慰め言葉が『上手いこと当てると跳ね返ってくるから弾切れの心配がいらないよ』だった。
確かにアイリーンの足元には跳ね返ってきたゴム弾がコロコロしてるけどアイリーンは迂闊に足を動かすと転ぶのではないかと心配している。
実際目の前に迫ってきていた敵兵が床に転がっている丸い弾に足を掬われ転んで後頭部を強打してゴロゴロと伸びていく。
すなわちゴム弾に撃たれて倒れる敵兵の数より多い。
それを見たアイリーンは『昴くんのバカ』と罵らずにはいられなかった。
ここは敵戦艦艦橋の中、スターキッドが超加速して敵艦艦橋に小判鮫よろしくへばり付き石橋艦長、レヴィ、ロース、スーちゃんとアイリーンが丸くなる様に手を繋ぎ室内へテレポートしている。
そして石橋艦長が立てた謀略は順調に推移していた。
レヴィが竪琴を奏でながら歌い、敵兵を無力化しつつ戦艦を統括するAIを機能停止に追いやっていく。
計画立案者は砲撃手席に座り主砲を味方の巡洋艦に向けぶっ放している最中。
スーちゃんを右肩に乗せたロースが艦内地図を押さえた場所へアイリーンと三人一緒にテレポートする。
そこには15人の地球人と3人のフレア族妖精、それに精霊獣が1体居た。
アイリーンが地球人と話をして救助に来たことを理解させロースとスーちゃんがそれぞれの相手とテレパシーで意志疎通を図る。
レヴィはリベンジを成功させるために習得したカシオペア語で歌い上手く洗脳させることに成功、敵兵は殆んど全員が自主的に鉄格子の中へ入り閉じ込めることができた。
敵の巡洋艦3隻は何が起きているのか理解できず狼狽えてる間に石橋艦長の的確な攻撃で3球3振ではなく3発3沈している。
護衛艦5隻は窮鼠猫を噛むの勢いで突進するスターキッドAIと石橋を叩いて渡る真髄の教えを得た昴くんの二人が紡ぎだす見事なコンビネーションの前に手も足も出ず同士討ちをしたり隕石に衝突したりして自滅していった。
そうしてスターキッドがねぐらにしていた小隕石群に平穏無事な夜の幕開けが訪れようとしている。




