204.アケルナルの戦い2
小隕石群の中で暫しの休憩を取ることになったのだけど石橋艦長がコクピットで1名の交代勤務による監視を行うと言い出している。
これにアシュラがいままで通りスターキッドAIだけても良いのではないかと意見を述べた。
石橋艦長はアシュラの異議に対して役職を盾に突っぱねたりせずに優しく諭す。
「スターキッドAIは私が知る限りでは一番人間に近い思考をする優秀なAIであることは間違いないと君も思うだろう」
「ウッホン、まあ日々の努力の賜物なんですからその通りだと思います。僕は既に人格を得たと言っても過言ではないでしょう」
アシュラの返事を待たずしてスターキッドAIが自画自賛する。
「そうあまりにも人に近づきすぎている、故意にやっていると思いたいのだがこのAIは『筈』とか『思う』という言葉を使い人であるかのように祈る。人を正確に模倣するのであればケアレスミスや間違いを起こす可能性も否定できなくなる。優秀すぎるAIがそうならないことを祈るだけなのだがそうなってからでは遅いからだ」
石橋艦長は顔を少ししかめてから話を続けた。
「わかりました」
(本当は何が言いたいのか良くわからないのですけどね)
滞りなくコクピットでの交代勤務も終える頃、石橋艦長はスターキッド後方の倉庫へ罠を作るための材料を求めに行く。
(ほう、スターキッドAIは貧乏性でもあるのだな)
そこには爆破された敵艦の希少部品が山積みされていた。
「艦長は敵がここまで追いかけて来ると思っていらっしゃるのですか」
コクピットに戻って来た石橋艦長は敵艦隊との交戦シミュレートを馴染み始めた副操縦席に座りアシュラの協力を得て行っている。
今スターキッドのコクピットには通信席に座ったアシュラと石橋艦長しか居ない。
「追ってこないに越したことはないけど来た時のことを考えるならば何もしていないよりは良いだろう」
アシュラは仮眠室でアイリーンを見守っているレヴィと交代しようと思っていることを艦長へ告げ通信席から立ち上がって背伸びをした。
「ここは本当にどの辺りなのでしょうか、アケルナルはまだまだ遠いのですよね、ここまで追って来るのか来ないのかもわからないカシオペア艦を息を殺して待つより少しでも遠くへ離れた方が良いのではないでしょうか」
前方スクリーンに映し出されている小隕石群を眺めながら心細そうに言う。
「常に最悪のケースを考えて情報の収集と分析その結果を元に措置を行うのが長生きの秘訣かな、それが難しければ焦りは禁物だと自分に言い聞かせておくといい」
アシュラが『オンかオフ』か『イエスかノー』かハッキリ言って欲しいとイライラしだすとスターキッドAIのシャープな音声で持ち直す。
「まずここは目的地のアケルナル星域で間違いないでしょう、そこで正当防衛とはいえあっちの戦艦1隻を破壊しているのですから恨まれるのは当然だと思います。僕の記憶によると敵は戦艦1巡洋艦2護衛艦3隻からなる艦隊が3つの部隊に編成されていたようですね、それが恒星アケルナルの第2惑星bの衛星軌道上に展開していました。その数は全部で18隻だったみたいです。そしてあの戦艦が攻撃してきたのは僕達があそこに現出した直後だったでしょう、つまり上官に指示を仰ぐ必用がなかったすなわち旗艦だったと想像できます。旗艦を失った部下の艦船4隻は一度後方へ下がり防衛強化に就くと思われます。まさかここに来たのが僕達だけだとは思ってもいない筈ですからね、よってここ小惑星群へ来るのは偵察を目的とした高速巡洋艦1隻と護衛艦1隻でしょう。それがどんなに早くても10日掛けて来るのではないかと思いますよ」
石橋艦長とアシュラの会話に参加して長々と言う。
いつも以上の調子を取り戻している様子。
好き勝手に行動しても石橋艦長が何も言わないので図に乗ってきたと言っても過言ではない。
「だいたい自分が放った攻撃を受けて沈んだのですからそれこそ自業自得でしょう恨まれる筋合いは御座いませんですわ、でもあなた大事なことを一つお忘れになってませんこと」
レヴィがコクピット出入口扉の横で茶色の小瓶を口に当てている。
「レヴィあなたいつからそこに居たの、アイリーンを回復してたのではなかったのですか」
アシュラがレヴィの顔色を気にしながら聞く。
「Aちゃん音頭が始まった頃から居ましたわよ、アイリーンを回復していたらちょっと思い出したことを試してみたくなりましたの」
「Aちゃん音頭?」
「AIも煽てれば喋り出すってことですわ、それより私達をここへ運んだシュー・ウォッシュナビは元々カシオペア艦が使っていた時空間移動航法だった筈ですよ、それをここの彼等が使えないとでも思っているのかしら」
そう話すレヴィの頬はほんのり赤く悩ましげな表情をしている。
「あなたが手に持って飲んでるそれはピエロさんの栄養剤ですよね」
「私もそう思いましたの仮眠室の棚にありましたのであの時の回復薬で間違いないと、でも固定観念は持つものではないと改めて認識しましたわ」
「その心はお酒だったのね間違えてアイリーンが飲んだらどうする気だったんでしょうか」
「間違えても飲まなかったと思いますわ、だってこれ薬膳酒ですもの」
もう一口飲んで更に頬を赤らめたレヴィの瞳が怪しく揺らめき始める。
そして、はだけかけた胸の懐へ入れた手がゆっくり引き抜かれるとそこには竪琴の姿があった。
何処から持ってきたのか。
いやそれ以前に艶かし過ぎるだろう。
実は以前海王星に帰るにあたって九論から預かっていた竪琴を仮眠室の棚に返していた。
そこを漁っていた時、奇遇にもピエロが置いていったお気に入りの小瓶を見つけている。
(考えることは皆同じみたいですわね)
そういう思いに至った。
(アイリーンを回復させるためですので使わせて頂いてもかまわないはずですわ)
そういうことで自ら試飲して今に至っている。
「レヴィあなたその竪琴で何を攻撃するつもりなの」
(まさか酔っ払ってるんじゃないでしょうね)
アシュラの表情はレヴィとは対照的に青ざめていた。
「攻撃なんかしませんですわよ、だって今ここに敵は居ませんでしょう、アイリーンが早く目覚めるように歌ってあげるのですよ」
頬を赤く染めたレヴィが妖しく微笑む。
(そういえばローレライの歌姫みたいなことを言ってた記憶があるような……)
「まってまってあなたの歌を防御するためのウロコを今は誰も持っていないのよ、今ここで歌ったりしたら皆おかしくなってしまうのではなくて」
「至って問題なんかありませんですわ」
ポロン。
「今から奏でるのは癒しの波長、体と心に絡みつく緊張の糸を解きほぐし安らぎを与え体力を回復させるもの決してマイナスには働きません」
ポロン、ポロン、ポロロン・・・
「♪暗い宇宙の果てなき道をひとり進むあなたに光をひとつ摘んであげましょう・・・」
レヴィの言う通り確かにダークサイドには陥らないだろうけど最初のポロンでスターキッドAIを含めた皆は脱力して何も考えられなくなり歌声に引き込まれてゆく。
「♪・・・さああなたの中に宿る光は宇宙の狭間を風波に乗って進み果てなき道は恵みに満ちる」
・・・ポロン、ポロン、ポロロン。
レヴィはワンコーラスだけ歌い終わると竪琴を手にしたままコクピットから出ていった。
「おはよう! 清々しい朝だねやる気と気力が満ち満ちているよ」
別に寝ていたわけではないのにスターキッドAIが言う。
「確かにやる気がみなぎっているな、まるで青年に戻ったような気分だ」
石橋艦長は肩と首を同時に回しているけどその表情は明るい。
(本当に凄いわ計器のくすみまで取れてるみたいじゃない、でもこんなことをしてレヴィは大丈夫なんでしょうね、酔っ払ってたみたいだし)
アシュラ がレヴィのことが気になり後を追いかける。
仮眠室へ入るのが見えたので扉を開けるとそこではアイリーンが起き上がって背伸びをしているところ。
それを優しい目をした昴くんが見ている。
その左肩に淡いピンク色したフレアホースが乗って腕にはロースが絡みついていた。
「アイリーン大丈夫なの」
アシュラが思わず声を掛ける。
「すっかり良くなったわ、代わりにレヴィが潜り込んできたのだけど何かあったのかしら」
「レヴィが歌ったのよあの時の竪琴を持って癒しの歌だとか言っていたけど今度は彼女が力を使い切ってしまったみたいね」
「あの時ってレヴィのパパを助けに地球へ向かってた時に現れたカシオペア艦と戦ったときのことかしら、でもあの戦いではかなり力を使った筈だけどケロってしていたわよね」
「さっきは酔っ払っていたみたいなのよね」
アシュラが弁明みたいに言う。
「なに! 自分達だけで酒盛りしたって言うのかしらうちが寝ている間に……あれ何でうちは寝てたのかしら」
「君が敵の大型戦艦をアポーツで引き寄せ力尽きてその場で寝てしまったからだよ、もうあんな無茶をするのはダ、やめて欲しいんだけど」
昴くんは心底心配したので厳しく諌めたかったのだけど状況を理解していなかったみたいだし寝起きだったのでやめることにした。
「そうだったかしらね、まあいいわそれで宴会はまだ続いているのかしら」
元気になったアイリーンが小悪魔のような薄笑いを見せる。
「宴会なんか初めからしていないしご飯さえ食べていないんだよ」
「あら敵を殲滅して優雅な時間を過ごしているのではなかったのかしら」
「違うよ相手がどれ程いるのかも分からないからね、様子を見る時間稼ぎのための戦略的撤退をしたんだ」
(逃げたなんてとても言えないよ)
「そうなのね時間があるのならそれに越したことはないわね、たとえばうちはお腹が空いてるし皆も食べてないんだったら今から宴会にしても差し支える事はないのかしら……ね」
(それもそうかな)
昴くんは口にすることなくイノマンのポーズをした。




