196.王家の家出人
スターキッドの休憩室はコクピットの直ぐ後ろにあるのだけど結構狭い。
部屋の真ん中に四人掛けテーブルがあって周囲の壁は全て棚になっている。
その棚の一角にオートレンジがあってレヴィが料理を取り出していた。
ピエロがそれを受け取りテーブルに並べている。
テーブルは既に色々な料理が乗った皿で埋め尽くされていた。
「うわー、素敵な眺めじゃない一体どうなっているのかしら」
それはどれもオートレンジのレシピには載っていない料理でアイリーンが見たこともないものばかり。
「私の創作料理になりますわ、今度お会いする時に食べてもらおうと思っていましたの」
「レヴィさんは手ぶらだったよね」
「まあ昴くんったら頬を赤くして手ブラなんて大胆になられたのですね」
レヴィがめくれかかったシーツをたぐりあげた。
昴くんは当然何も言わずに目を背ける。
「この子の頬が赤いのはうちが目を覚まさせてあげたからなのよ、別に大したことではないのだから気にしなくていいのよ、それより本当にこの料理はどこから出てきたのかしら」
「アイリーンさんは私の鱗の下にポケットがあることを知ってらっしゃったでしょう」
レヴィが腰部辺りまで露になった鱗の下からキューブを取り出す。
昴くんはその時すでにレヴィの露わな姿から逃れるようにアイリーンの後ろへ回り込んでいて彼女がポケットに手を入れようとした時は更に後ろを向いて難を逃れていた。
「ええポケットがあることは知っていたわよそれでそのキューブは何なのかしら」
レヴィはそれには答えずキューブをオートレンジに入れて解凍させる。
「もう少しだけ待って下さいね、百聞は一見に如かずということわざがありましたでしょう」
ものの30秒も待たずしてオートレンジの蓋を開けるとそこでは白い深皿に入ったクリームシチューみたいな料理から湯気が立ち上っていた。
「一体何の手品かしら」
アイリーンが目を丸くして言う。
昴くんはその横で口をポカンと開けている。
「そうよ、これは手品の種みたいなものなのよ私が作った料理を科学者にお願いして常温圧縮固形化させたものなの持ち運びに便利でしょう」
レヴィの指には新しいキューブがつままれていて出来立ての料理と入れ換えた。
「食べられる……いえ、味は変わらないのかしら」
「そうね、テーブルにはこれ以上乗せられそうにもありませんわね、アシュラも呼んで始めましょうか」
「当然だわ、い、今から食べるのよね、ね、昴くんあなたにお願いするわアシュラを呼んできてくれないかしら今直ぐよ」
「わかったよ直ぐに呼んでくるからもうちょっとだけ我慢しててよ」
昴くんがアシュラを連れてコクピットから戻ってくると三人が椅子に座ってコップを掲げている。
(愛鈴が無理やり命令したんじゃないだろうな)
「さあ座って始めるわよ」
「乾杯!!」
昴くんとアシュラは先にコップを取り乾杯をしてから座った。
椅子は4脚しかないからピエロが立ち上がりアシュラに譲っている。
昴くんのコップはオレンジジュースだったけど他の四人が何を飲んでるのかはわからない。
(ピエロさんは間違いなくお酒だよなレヴィもお酒かなアシュラと愛鈴は僕と同じオレンジジュースみたいだけどお酒が混ざっていてもわからないかな)
「それで何に乾杯なのかなあ良かったら教えて欲しいのだけど」
「再会に決まってるじゃないかしら、他に何があるってのよ」
(いや、ご馳走に乾杯かと思ったんだけどって言ったら怒るんだろうなあ)
「うん、レヴィさんとの再会に乾杯だねだけどレヴィさんは大丈夫なの何か戻って来いって言われていたように思うんだけど」
「父に旅行へ行きますと言って出てきましたから大丈夫です。返事は『ダメだ』でしたけど」
「それは大丈夫じゃないんじゃないかと僕は思うんだけど大丈夫なのかなあ」
「あなたは何が言いたいのかしら、レヴィが大丈夫って言っているのだから大丈夫に決まってるじゃないかしら」
「まあ本人の頑固とした意思は伝わっていると思うし、居場所もスターキッドだと分かっているので心配はないと思う。だからリバイヤサンが言った『ダメだ』と言った理由は1つではないと考えられるんだよなあ、だから本当の理由を聞かせてもらえないかな」
(僕たちと一緒に行きたいと父様に言うのならスターキッドの到着を待って皆でお願いした方が叶ったんじゃないかと思うよ、それを逃げるようにして出てきているんだから理由は別にあると思うんだけどなあ)
「本当の理由?」
レヴィの表情から笑顔が消えていく。
「あなたは何の話をしてるのうちにもわかるように説明してくれないかしら」
「レヴィさんは逃げ出して来たんだよね、僕たちがシードラゴンに着いてからではダメな理由があると思うんだよ」
「それはどうかしらね、ねえレヴィこれから皆でリバイヤサンの所へ行ってうち達と一緒にお出掛けしたいってお願いしましょうか、うち達が必要としてるって言えばイヤとは言えない筈かしら」
「ダメよ向こうには正当な理由があるの私はわがままを言っているのに過ぎないのです……これから先は守秘義務を守って下さると誓約して頂けたらお話できますけど宜しいでしょうか」
「する。誓約するってここには四人しか居ないんだし」
(あっAちゃんが居たわね、でもAちゃんは大丈夫かしら)
アイリーンはスターキッドAIがコンピューターネットワークの一員であることを思い出した。
「誓約するよ」
(ここまで話を聞いているのに最後まで聞かないでいると後になって絶対に後悔すると思うよ)
「誓約する」
ピエロが出入口側の壁にもたれたままで言う。
(まあ聞かないことには野次馬根性が許さないだろう)
「私も誓約します」
実はアシュラもコンピューターネットワークの一員であることはまだ誰も知らない。
「僕も誓約するよ、大丈夫絶対に漏らすことはありません」
(提供することはあるかも知れないけどね)
最後にスターキッドAIが告げた。
これでここに居る五人全員の誓約が取れレヴィに視線が集まっていく。
「それではお話しいたします」
さすがのアイリーンも『待ってました』とかのチャチャは入れなかったけどその表情から我慢している様子がよく読み取れた。
「父が引退したいと私に言ってきたのです」
「具合でも悪くなったんですか千年も氷漬けにされていたんだから回復しても後遺症は出るんじゃないかと心配していたのですよ」
「いいえ元気な内に引退して残りの人生を謳歌したいと思い始めたみたいですわ」
「わかった、君が王位を継がなくてはいけなくなったので逃げてきたんだね」
「違いますわ、私が王になれたのなら海王族のために尽くします。王が不在の千年間で海王族の権威は地の底まで落ちてしまいました。二度とこのようなことが起きないようにするために王制を廃止して共和制にすべきだと心の中で決めているのです」
「・・・」
ここに居るレヴィ以外の五人は言葉を失う。
『ちょっとあなた聞いてくださる』的な井戸端会議のつもりで聞き始めた内容がうっかり口を滑らせたら首が飛ぶような政治の話になっていたから。
「レヴィが王さまになれないってどういうことなのかしら」
アイリーンが重くなった空気を払うような動作をして言う。
「海王族の王は男性しかなれないのです。だから今回は私の夫となる人にその権利が与えられます」
「す、凄いことになってくるんじゃないかなあ」
「その通りですわ、今でさえお見合い話しを断るのに大変な労力を使ってますのにこの先父の引退が公表されたらどうなるのか想像に堪えませんわ」
「求婚者の中で一番気の弱そうな良い人と結婚すれば宜しいんじゃなくて、レヴィの言うことは何でも聞いてくれそうな人よね」
「他人事だと思ってませんか、そうですよね結婚した後もその人が変わらないと確約されていれば安心ですけど、人は権力を手に入れると変わる者なのという考えが頭から離れなくて夜も眠れないほど怖いのです」
レヴィが手を組み祈るような仕草をした。
「平均的な地球人の特徴として恋人、婚約者、夫婦と呼び方が変わるに連れその愛情が薄れ人が変わっていく者だったかな」
ここにきてピエロが恐ろしいことを口にする。
「そんなことはないわ、あなた達は愛を形式化しようとしているのね、うちは思うの愛とは空気みたいな存在で失なってから初めてその大切さに気づくのよ、空気が無くなったら生きていけない様に愛する人を失っても生きてはいけないと思うの……」
アイリーンがうっとりと宙を見詰め、まるで本を朗読するように語った。
「愛鈴、君はハムレットに感化されているんじゃないのかなあ」
「ハムレットにそんなセリフや表現はなかった筈だぞ」
ピエロの指摘。
「それでも絶妙な言い回しではないでしょうか、私は愛は空気みたいなものに賛同するわよ」
アシュラはアイリーンクローンに入ったコンピューターAIの残滓なので考え方が近い。
「アイリーンが言いたいことは相手の態度が変わっても受け入れなさいと解釈しても良いのでしょうか」
レヴィは嫌だなあと感じている。
「その通りかしら、ただ……そうね黙って受け入れろってことではないかしら、空気が汚れたらフィルターで浄化するでしょう、それと一緒で愛する人の愛情が薄れたらバットで殴って元に戻すかしらね」
(もう1つ地球人だけの嗜好にSMがあったな)
ピエロが笑む。
「愛鈴それはダメ、家庭内暴力はDVと言って犯罪者になってしまうよ」
「嫌なことをされたら去勢するに決まってるじゃないかしら」
「愛鈴! 去勢じゃないよ矯正だからね、それでも暴力は認められていないダメだからね」
「フン、暴力じゃないかしら教育的指導に訂正してもらうわ、そしてもうこの話は終わりよ気分が悪くなってきたかしら」
アイリーンはふっと溜め息を吐いてレヴィを見る




