191.オビスさんが来た
スターキッドはB99から離脱している。
「久しぶりって程でもないかしら」
アイリーンが落ち着きを取り戻した様子で言う。
「10日に1度はメンテナンス飛行しているからね、ただ今日は予定にはない臨時飛行だからねなんだか懐かしく感じるよ」
昴くんはアイリーンの機嫌が直って良かったよって表情をする。
「僕としては毎日でも飛んで構わないのですけどね」
スピーカーよりスターキッドAIが駄目元でも願いは伝えておかなくては叶わないものと考え告げてきた。
アイリーンのチョーカーは艇内に入った時点で自動的に電源オフになっているから。
「それもいいかもかしら10日に1度はBちゃんに戻ってお風呂に入るってのもありよね」
「今やっているルーティンを入れ換えるってのもいいかも知れないね、こんな事が起きるのならできるだけ周辺警戒の目的で飛ぶのも必要なんじゃないかと思うよ」
「それはうちが最初に言ったことよね、そしたらあなたがエネルギーの無駄遣いとか言い出して反対したんじゃないかしら」
「それはそうだけどさ最初は艦橋に僕たちの席があってそこで……まあ仕事かなあそんな感じのことをさせてもらえると思っていたからね、実際はお客様扱いじゃないかそのうちコールドスリープさせられるんじゃないかと思って怖くなるよ」
「コールドスリープね~ぇ、うち達は歳を取らないから必要ないかしら、それでも要求されてきたらそれこそ厄介払いされてるって思わなくっちゃかしら」
「そんな風には考えたくないけどさ他の五人はどこかのタイミングでコールドスリープしてもらわないといけないんじゃないかなあ、それと僕はお風呂には毎日入りたいと思うな」
「あらあらあなたはそんなに綺麗好きだったと思わなかったかしら、それこそこの宇宙服を着てさえいれば24時間マイクロ秒単位で汗だろうと排泄物だろうと即座にナノ細胞が分解吸収してくれてお風呂に入る以上に清潔だと聞いたし実際そうよ、この恩恵を授かったらもうこの宇宙服無しでは生きていけないかしら」
「排泄物って……あまり言わないで欲しい単語だよ普通は君みたいな可愛い子が口にする言葉じゃないと思うな」
「可愛いってのも大変なのかしら発言も自由にさせてもらえなくなるのよねー」
(可愛いいって言っとけば機嫌が悪くなることがないからいいけどここ最近少し使いすぎてるんじゃないかと心配になるよ……悪影響にならなければいいのだけどね)
「あと3分で所属不明機の射程範囲に入ります。こちらも迎撃体制を取って構わないですか」
「ダメだからね先ずは通信を試みて敵かどうか判断しなくっちゃいけないんだよ」
(相手は単騎みたいだからねスターキッドならどんな状況になっても余裕綽々だよな)
昴くんが緊張の欠片もない面持ちで言う。
「この場合の攻撃手段は何になるのかしら」
アイリーンは早く攻撃したくてウズウズしているみたい。
「相手が何だろうと先ずは石礫弾ですよ一番エネルギーロスが少ないですからね、でも今は外で回っている光精霊にお願いするのが一番効率が良いですね」
スターキッドAIもその気になっている。
「ダメだからね通信回線開いて呼び掛けるよ愛鈴がしないのなら僕がするけど良いね」
「仕方がないわねー、Aちゃん呼び掛けてみて」
「ラジャー、オールチャンネル指向性通信開始」
(自分ではしないんだね、まさかとは思うけど人見知りが尾を引いてる訳じゃないよな)
「こちらスターキッドAI応答願う90秒待って返答なしの場合は威嚇射撃を以て催促を行う」
(勝手に撃ったりはしないだろうけど物騒すぎる挨拶なんじゃあないのかなあ)
「Aちゃん撃つ時はうちが撃つんだからね」
「こちらスターキッドAI応答願う80秒待って返答なしの場合は威嚇射撃を以て催促を行う」
「こちらスターキッドAI応答願う70秒待って返答なしの場合は威嚇射撃を以て催促を行う」
「こちらは高速小型艇トライアル3キャプテンオビスこの通信はこちらへ向けてのものだろうか」
「いまオビスって聞こえたんだけど空耳よね、もしそうだとしても他人の空似かしら」
「同姓異星人だと思うよ司令官ならちゃんとした手続きを踏んで来るだろうからね」
「こちら牡牛座のオビス返答願いたし」
「本当にオビスのおっちゃんだわさ、一体全体何がどうしちゃったのかしらAちゃんうちが喋るからこっちに繋いで頂戴な」
「切り替えますけどこれで射撃の口実がなくなるのは残念ですね」
「スターキッドAIは過激な思考に傾いているんじゃないかいストレスでも溜め込んでるのかなあ」
「最近はひとりぼっちで寂しかった日が続きましたからね」
「そういう時のためにルビーさんが居るのだから頼るなり僕たちを呼びつけるとかすれば良かったんじゃないかなあ」
「わかりました次からは呼ばなくても毎日でも来てくれますよね約束ですよ」
(まあ以前より駐機している場所が近くなったんだし一日一回位なら運動を兼ねて行ってもいいかなあ)
「わかったそうするよ」
「昴くんちょっとオビスさんの所まで行ってくるわね」
「ちょっと行ってくるってダメだからね絶体にダメだよそれに封印中なんでしょう」
「大丈夫大丈夫大丈夫なのよパスワードもちゃんと解除するし絶体に失敗しない距離まで近付いてるわほら見てみなさいな」
アイリーンがスクリーンを指差すとそこには見たこともない作りの新型宇宙艇があってガラス張りコクピットで両手を✕印みたいに交差させているオビス司令官の姿が見えた。
「ほらあっちもダメだって言っているみたいだよ」
「五月蝿いわねもう行くわパスワード解除! 金刀比羅船船追風に帆掛けてしゅらしゅしゅシュー」
アイリーンが最後のシューを言い終わらない内に消えた。
だから最後のシューは記憶の残像みたいに頭の中で響いたのかも知れない。
(行っちゃったよ~、愛鈴がうどん県に伝わる民謡をどうやって知ったのかなんて関係ないんだけどさ無事にあっちに着いていると良いんだけどな、いつか聞いたみたいにとんでもないところに跳んでないとも限らないからね)
いつか聞いたとんでもないところと言うのはアイリーンが地球防衛基地日本支部を訪れていた時、筑後川河川敷から東脊振村にある支部へテレポートしようとして6光年、遥か56兆7648億Km彼方にあるバーナード星レッドフラックス人口惑星基地に居たイノマンの元まで一気に跳んだという話し。
アイリーンは誰彼構わずことあるごとにその事を自慢していたので昴くんも耳にタコができる程に聞かされている。
慌ててスクリーンを凝視するとこっちで消えたアイリーンがオビス司令官の隣に居るのがわかった。
「無事にテレポートできたみたいで良かったよ」
昴くんの口からホッと溜め息が出る。
「お、お久しぶりです。オビスのおっちゃ……いえオビス司令官さまはどうしてここに居るのですか……あっ、アリオン艦長まで居る……いらっしゃるじゃあないですか」
アイリーンはきちんとした挨拶をしないとどこかの監視カメラでゴートさんが見ているのではないかと気がかりで仕方ない。
「まあ久しぶりと言うことでも良いのかな、最後に会ってから半年経つが私たちはつい最近の感覚ではあるな」
「オビス司令官とアリオン艦長は寿命が長いので、でしたよね、うち、いや、私も不老の加護を貰ってるのですけど……」
「何をそんなに畏まっているのかな、いつも通りの君でないとこっちが落ち着かないのだがな、あと私とアリオンは退官したので役職名はなくなったよ今は一般人だ」
「えっ、じゃあオビスさんはゴートさんと友達だったかしら……いえ、親密にされてましたよね、ここでの会話はゴートさんに伝わるのかしらカメラとかあって見られてませんか」
アイリーンがキョロキョロしながら聞く。
「アイリーン親密という言葉は適さないな、あくまで上司と部下の関係だと認識を改めてくれないか、それとアリオンとは婚約したばかりなんだ波風を立たせるような発言は控えて欲しいものだよ」
「えっ、へえ~婚約……って結婚するってことなのかしら」
「普通に考えるとそうなるな、それで君はわざわざテレポートしてまで私達を祝福しに来てくれたのかな、手ぶらみたいだけど」
「わあ、ごめんなさい知らなかったのよ石橋艦長には連絡したのよねでもうちには何も知らせてくれなかったのだから腹いせにここまで来たって寸法かしら」
「それは悪いことをしてしまったな、君を驚かしてやろうと黙っておくようにお願いしていたんだ」
「うーっ嘘よ、それが本当なら本当に驚いてしまったわもう聞きたいことが星の数ほど増えたじゃないかしら、この宇宙艇は自動操縦でもBちゃんに追い付けるわよね」
「Bちゃんというのは何かな」
「BちゃんはBちゃんうちの戦艦かしら」
「バトルシップナインティナインのことか、君は昔のまま変わってなくて全く懐かしいな嬉しい限りだ」
準備のために取った時間中アイリーンはコクピットを隈無く探しカメラが無いことに胸を撫で下ろしている。
「じゃあ行くわよ二人とも掴まりなさいな」
アイリーンはそう言うとスターキッド副操縦席で待っている昴くんの後ろに現れた。
封印していたテレポートの解除呪文はまだ有効だったので二人を不安にさせることなく済んでいる。
「石橋艦長から連絡があったよ」
「あちゃ~、怒られちゃったのかしら」
「違うよ今回も詳しく教えてもらえなかったんだけどさ戻ってきたら艦橋ではなくて後方のナチュラルエリアに四人で来て欲しいってさ」
「ナチュラルって言ったら自然よねうち達を森に帰す気なのかしら」
「まさか、蟲ではあるまいしそんなことにはならないと思うけど罰は料せられるかも知れないね」
お互い話しながら段々と青い顔になっていく。
そんな二人をオビスとアリオンは優しく包む。




