第八十八話 優しいだけの聖骨院ではありません
フォルンの指摘を受け、職人ギルドマスターのヴェルが調査した結果は酷いものだった。
大急ぎで治療師ギルドマスターのストリに報告したのだった。
「鎮痛布の効果を上げるために遊毒茸を混ぜたと考えられる、その結果……実際の鎮痛布より効果があった」
「その偽の鎮痛布を使っていたのが石工の職人だった、と言うわけですね?」
いち早く異変に気づいたフォルンがそう尋ねれば、アルバスは深く頷く。
「偽の鎮痛布は確かに効果が高い、加えて疲れることなく働けるそうだ……しかし、それは全て遊毒茸による幻覚によるもの」
「つまり、体は疲弊し怪我も治ることがない……だけどそれに気づけず、聖骨院で治療することもしない」
「羽澄先生の言うとおりだ……今回の発覚も調査したからではなく、突然体が動かなくなったという石工職人が続出したからだ」
「と、いいますと?」
「……ヴェル殿の調査では、石工職人たちは正規の鎮痛布を使っていたと言い張っていたらしい」
「なんでそんな、こと……」
「皆――違法のものだとわかっていたのだろう」
「わかっていても止められなかった……確実に依存していますね」
エルシア王妹も確信したように言葉を発する。
そして無情な言葉も続けた。
「幻覚や依存性を出すには、遊毒茸に特殊な加工を施して使用する必要があります。
つまり、扱い方をよく知る人物……今までの話からしてコンカ家の可能性が高いでしょう」
「どんどん罪を重ねてくれるな……」
淡々と、しかし怒気を含む声でエルシア王妹とアルバスは推測する。
(私たちが、誰でも治療を受けられるように……試行錯誤した聖癒布がっ)
羽澄はやるせなかった……できあがった時の喜びや、販売してから喜ぶ人々の顔が浮かび、悔しくて手をぎゅっと握る。
(偽物が出ることも考えて、対策もしたはずなのに……遊毒茸のせいで、偽物が選ばれるなんてっ)
――ふわっ
「っ」
そんな中、羽澄の手が何かに包まれ、落ち着かせるように背中に手が置かれる。
それは強く握られた羽澄の手をコルヴァンが包み、ミロルもそっと背中に手を添えていた。
そんなコルヴァンの手も怒りで震えており、ミロルも苦しそうにしながらも必死に笑顔を作ろうとしている。
「悔しいよな、羽澄……」
「羽澄ちゃん、私も同じ気持ちよ」
この三人で考えた聖癒布、皆を助けたいと思いながら考えた日々を思い出せば、いても立ってもいられなかった。
顔を上げて、二人の王族へ口を開く。
「アルバス様、エルシア様」
「ああ」
「はい」
強い意志を感じられる羽澄の声に、二人は答えるように返事をする。
「偽物の聖癒布に関して、私たちは犯人を見つけ、訴えたいと思います」
「もちろん、その権利が聖癒布開発者の君たちにはある……いつでも受理しよう」
「そして被害に遭われた人たちを助けたい……依存性を浄化してあげたいんです」
「わかりました、今のところ依存性を和らげられるのは時間経過しかありませんが……優先的に研究を進めましょう」
二人の力強い言葉に、羽澄たちのやることは決まっていた。
「私たちも倒れた石工職人たちを治療します」
「聞き込みとお説教もした方がいいんじゃないかしら」
「お説教は今日します」
ミロルの言葉に羽澄はにやりと笑いながら答えた。
しかし笑っていない目にコルヴァンとフォルンは思わず身震いをしてしまう。
「羽澄の説教は受けたくないな」
「そうね、正しいことを冷淡に詰められそう」
「当然でしょう、説教なんだから」
「私の育て方が良かったのね」
仲睦まじい様子に王族たちは思わず頬を緩める。
そして羽澄は真剣な眼差しをアルバスとエルシア王妹に向けた。
「我々聖骨院は遊毒茸、ならびに偽聖癒布の件に関して、いくらでも協力を惜しみません。
何か分かりましたらすぐご報告いたします」
力強いその言葉に、まだ解決していない状況でも、アルバスは安心できた。
リューゲル国に戻り、アルバスは国王へ報告するため城に戻る。
羽澄たちはギルド連合会館に向かえば、そこには苦しむ大人たちが地べたに座り込み、叫んでいた。
「頼むっ、いくらでも出すから聖癒布を……」
「助けてくれ、痛くてしょうがないんだ……持っていた癒布も効かなくてっ」
「患者がこんなに苦しんでいるんだ! 治療してくれよっ」
大騒ぎしている石工職人たちを、ストリとギルドマスターヴェルが納めようとしている。
「羽澄先生の診察なしに治療や聖癒布を配ることはできません」
「うるせー、お前たちが得体の知れない布を使ったのが原因だろ!
大の大人が痛みにヒーヒー言ってんじゃねー」
王族であるストリの圧とギルドマスターとして叱咤するヴェルに、ガタイのいい男たちは信じられないくらい小さくなっている。
そんな中、ストリが入ってきた羽澄たちに気がつき、ぱたぱたと近づいてきた。
「羽澄先生! お待ちしていましたっ」
ストリが大急ぎで駆け寄る、そしてこっそりと耳打ちした。
「指示通り、回復魔法による治療も聖癒布の配布もしていません」
ストリの言葉通り、誰一人聖癒布も偽物もつけていない状態だ。
すると羽澄は素早い動きで石工職人たちに近付き、コルヴァンもそれに続く。
「俺が声をかけたら、名前と偽物を使っていた頻度を言え」
「ちゃんと言えば、この場で診察します」
その言葉に石工職人は素直に従い、羽澄とコルヴァンの連携取れた動きに続くよう、ミロルもメモをとり始めた。
その間にフォルンはファルケ国であった事を、大事な事を伏せてストリとヴェルに伝える。
「ストリ様にはアルバス様から詳しい説明があるでしょう、遊毒茸に関してはとある研究施設と連携していますので、ご安心ください」
「そうですね、あまり他言はしないほうがいいでしょう……ヴェル殿、理解していただけますか?」
「もちろんです、ストリ様……聖骨院には職人たちが迷惑をかけた――すまない」
ギルドマスターとして深々と頭を下げるヴェルに、フォルンは少し申し訳なさそうにとある提案をした。
「それについて、ヴェル殿に許可を頂きたくて」
「許可?」
フォルンの提案に、最初は驚いていたヴェルは大笑いし始める。
「あっはっはっはっ、それは良い――ぜひギャフンと言わせてくれ。
確かに大体の石工職人たちは偽物を使ってご覧の様だが、真面目に自分でケアした職人たちは無事だ。
だからそのくらいなら気にしなくて大丈夫」
ヴェルのその言葉にホッとするフォルン。
その頃診察を終えた羽澄がこちらを見たので、両手で大きく丸を作り、答えるように羽澄は頷き石工職人たちに話し始めた。
「今診察をしたところ、全員治療すれば完治します」
その宣言に石工職人はほっとした顔になり、すぐ治して貰えると喜んだ――が。
「ただし治療は明後日します」
――ざわっ
「今日も明日も治療はしません」
「それは困る、納品の締め切り日が近いんだ」
「この痛みは明後日まで我慢できんっ、今すぐやってくれ」
わき起こる非難の声、ストリやヴェルのような肩書きがない分、石工職人たちは遠慮することなくわめき出す。
「そもそも治療をするのが役目だろ、さっさと治せ」
「残念ですが、聖骨院の営業は終わっています。
そして明日は定休日です」
「しかし、治療師たる者、患者がいれば……」
「では、もっと早く来ればよかったでしょう、こうなる前に。
今日だって聖骨院は開いていたのですから」
石工職人たちがいくら訴えても、淡々と返す羽澄に彼らは苛立ちが募る。
「俺たちだって、好きであんな薬を使ったわけじゃない!」
「そもそも何であんな薬があるんだっ」
「責任取れー」
「酷いっ、聖骨院は関係ないのにっ」
あまりの言いぐさにストリが声を発しようとしたが、それをヴェルが止める。
「ダメです、ストリ様」
「なんで止めるんですか」
「見てください、彼女たちを」
言われて見ると、羽澄以外はぎゅっと手を握り耐えるように羽澄を見ていた。
それは、羽澄への信頼に満ちた眼差しだった。
羽澄自身は仲間の視線を一身に受け、石工職人たちの暴言も全て真剣な表情で受け入れている。
羽澄たちの覚悟ある表情に、ストリも口を閉ざし見守る。
「俺たちを苦しませたいだけだろう!」
言いがかりともいえる言葉が浴びせられた瞬間、羽澄は口を大きく開けた。
「苦しむ人間を目の前にして、治療したくない治療師がどこにいるっ」
「っ」
一際大きい声にその場は一気に静まりかえる。
羽澄は心を落ち着かせてから訴えかけた。
「私はここで聖骨院を開業してから、誰でも、どんな人でも治療を受けられるよう試行錯誤して来ました。
ここにいる皆さんにも、平等に治療を受けられる仕組み作りに取り組んできました。
その一つが安全性と誰でも使えるように考えた聖癒布、売り上げは保証のために使っています」
「特に職人は保証を使った人間も多いのではないか?」
羽澄をフォローするようにヴェルが付け加えると、何人かはばつが悪そうに顔を伏せた。
「私も人間です、意思を持たない魔道具ではありません。
聖癒布の偽物が出回っただけでも許せないのに、偽物を選んで聖骨院の治療すら受けにこない。
そして治療しなかった体に不調になったから、助けてくれとか治すのが当然とか……納得できると思います?」
もう誰もが反論する事無く、羽澄の言葉を黙って聞いている。
今まで言い返していたのは生活に馴染み、ありがたみもなくなっていた聖骨院に対して、なめていたからだろう。
「貴方たちは聖骨院を侮辱したのです。
そんな相手に休みを返上してまで治したい……なんて気持ちはわきません」
「し、しかし、俺たちにも仕事が……」
「お前らが疎かにした体を、どうして聖骨院が休み返上で治療しなければならない?」
まだ言い訳をしようとした職人に、ヴェルが思わず言い返す。
職人は口を噤み、肩を落とした。
「……失礼、口を挟むことではなかった」
「いえ、ありがとうございます」
ヴェルの言葉に丁寧に頭を下げて礼を言う。
そして羽澄はにっこりと笑い……笑っていない目で職人たちを見つめ、言い放った。
「治療師として、当然治療します。
皆様平等に治療したいという気持ちは変わっていません。
なので、聖骨院の営業日……皆様平等に、来店順に治療します」
迫力ある笑顔に石工職人たちはつばをのみ、コルヴァンとフォルンも何故か背筋が凍った気がした。
「明日一日自分がしでかしたことを考えろ。
仕事に関しては石工職人一同の責任がある、ちゃんと自己管理していた職人で締め切りが近いものを対処する。
だから……治療が終われば覚悟するように」
「それと偽物の聖癒布は今後使わないよう、必ず治療師ギルドに渡してください。
従わないと、国王に言いつけますよー」
「はっ、はいっ!!」
ストリの言葉に石工職人たちは一斉に頷く。
「……それができるのはストリ様だけですよ」
「あは、冗談のつもりだったんですけど……」
「そうは聞こえません」
ヴェルの呟きにストリは苦笑し、そして羽澄たちに近づいた。
「お疲れ様です、きっと羽澄先生の気持ちは、皆さんに届いたと思います」
「そうだといいんですが……とりあえず、明日は予定通り治療師ギルドの最終的な打ち合わせにいけそうです」
「はい、そして明後日には運用開始、ですね。
……多分明後日は忙しくてギルド連合会館にはいけないと思いますが」
羽澄が申し訳なさそうな顔をすれば、ストリはにこりと微笑む。
「大丈夫ですよ、ヴェルさんとロウフさん……そしてバッセルさんもいますから。
聖骨院としての責務を果たしてください」
「ありがとうございます」
「やることがかなり増えたからな……だけど、俺たちなら乗り越えられるさ」
「そうですよ、コルヴァンの言うとおり」
「……はい、皆で頑張りましょう」
必ず明後日、患者が増えることに苦笑しつつ、二人の言葉にほっと息を吐くのだった。
登場人物
職人ギルドマスター:ヴェル
第三王子:ヴァルディア・ストリ




