第八十四話 疑惑の男、その正体
「……そんなっ」
羽澄が保存した映像を見て、ヒルンダは呟く。
(ヒルンダ様が驚いている……)
表情が変わる瞬間を初めて見たと、羽澄はぼんやり思った。
さすがにこれで驚かなければ、本当に心配するレベルだろう……この映像にはそのくらいの威力があった。
「この、人……だれですか!?」
映像でヒルンダと喋っているのは、ギブス……ではなく別人だった。
「ここに映っているのは……ギブスの弟、コンカ・サイシンだな。
コンカ家当主に、後継だと紹介されたことがある。
羽澄先生の魔法は、過去の真実を見ることができる」
「そんな……では、これが真実?」
「そうだ」
答えたアルバスの声は、ヒルンダとは対照的に落ち着いていた。
「おそらくこの男が使っているのは、記憶を操る錯憶魔法だ。
一日一回しか使えず、記憶を失わせるか、術者を別人と思い込ませるか……そのどちらかの効果がランダムで現れる魔法だ」
「……つまり私は」
「ヒルンダはどちらの効果も出たんだろうな……魔法を解除すれば記憶は戻ったが、別人――つまりギブスだと思い込んだことは解除されなかった」
あらかじめ調べていたのか、アルバスはテーブルに置かれた本を迷いなく開く。
その様子にヒルンダは、ふとした疑問が浮かぶ。
「アルバス様は落ち着いておりますが、相手はギブス殿ではないと、わかっていたのですか……?」
「まあな、兵士増強剤を商人と偽って売っている割には、名前を偽らないなんて違和感があるだろう」
「それに遊毒茸の横流しなんて、発覚した当初ならギルド幹部であるギブスであれば簡単だったでしょう」
「そうだな、今は警備が厳しいが、この時ならわざわざヒルンダに頼む理由がない」
コルヴァンもアルバスと同じように冷静で、羽澄とバッセルも同じように落ち着いていた。
「私は映像の中の体格に違和感がありました……確かに体は大きいのですが、筋肉というより脂肪にしか見えませんでしたから」
「僕もギブスじゃないって信じていた。
幼い頃……一緒に騎士養成所で訓練を受けていた時からギブスのことは知っていたから。
ギブスはああ見えて、まっすぐで正義感が強いんだ」
バッセルは昔を懐かしむように目を細めて呟く。
「冒険者ギルドの幹部だって、平民と貴族の間を取り持つ立場を目指していたんだ。
……ただ不器用で、貴族に媚びているように見られがちだったけど」
「わたくし、ギブスのこと誤解していたのね……言ってくれればよかったのに」
「ギブスはそう言う気配りを人に見せたがらないし、ヒルンダちゃんとあまり接点が無いと思っていたから」
「それも、そうね……」
会話が終わり、アルバスは確かめるようにゆっくりと、口を開いた。
「――つまり、ギブスは……少なくとも、ヒルンダに持ちかけた横流しについては、関与していない……ということだな」
「僕の見解では、増強剤に関しても無関係だと思います」
バッセルの言葉に、アルバスは頷く。
「断言はできないが、今日の発言も純粋に遊毒茸の処分について話していただけだろう。
おそらく――サイシンがギブスを名乗って増強剤を売り込んでいたんだろう」
「それは……いざというときに、ギブスに罪をかぶせるためでしょうか」
「――そう考えるのが、普通だろうな」
「っ……許せない!」
地を這うような声でバッセルが吐き捨てる。
それは愛する人を殴られ、友人を利用されたことに対する怒りだった。
「アルバス様、この件に関して何なりとお申し付けください。
愛する人と大切な仲間のためなら、僕はなんだってします」
初登場
ギブスの弟:コンカ・サイシン
登場人物
第三王子:ヴァルディア・ストリ
大富豪:ハルビア・トキアス
女宰相:ホウヅキ・ヒルンダ
新冒険者ギルドマスター:アルセイ・バッセル
貴族でギルド幹部:コンカ・ギブス




