第八十話 末広がりの恋愛事情
翌日、聖骨院へ行く準備を済ませたコルヴァンは、教会で日課である祈りを捧げていた。
――キィ
控えめなドアの音に倉庫の方を振り向くと、少し頬を赤らませた羽澄とわざとらしくすまし顔のミロルが入ってきた。
「今日は早いな」
「あ、うん、確かに……そうね」
「昨日は聖癒布のジェルが作れなかったから、早めにね……私は先に行くわ」
どうもいつもより歯切れが悪い羽澄、そして真っ当な理由のはずなのに、いたずらっぽく笑うミロルの表情。
(昨日、ミロルさんから聞いた話もあるしな……)
ミロルの後ろ姿を見送りながら思い出す。
それはアルバスとミロルと共にファルケ国へ打ち合わせに向かっていた時のこと。
『本来はこんなこと、私から言うべきではないと思いますが』
そう前置きしたあと、ミロルは羽澄の話を始めた。
『羽澄ちゃんは早くから胸が大きくて……ずっと嫌な思いをしてきました』
子供の頃から背は小さく胸だけ発達し、いい大人のふりをした変態に話しかけられることは日常茶飯事だった。
『そのせいで、本人はまともな恋愛ができないと思い込んでいます』
『そんな事はないでしょう、羽澄は見た目だけでなく中身も美しい女性だ』
ストレートなコルヴァンの言葉にミロルは苦笑して、ちらりとアルバスを見る。
『どこかの誰かさんのように、隙あれば抱きつこうとしたり、マッサージにかこつけたりする人が多いんでね』
『言われているぞ、コルヴァン』
『確実にアルバス様のことでしょう』
元部下に責任転嫁しようとしたアルバスだったが、あっさり指摘され二人の視線に謝罪を口にする。
『……すまなかった』
『まあ、アルバス様に関しては、そう言う生き物として諦めていますので、大丈夫ですが』
『なかなか……手厳しいな』
肩をすくめるアルバスにミロルはクスリと笑って、また真剣な表情に戻る。
『あの子は自分の体では、愛し愛されることはないと思い込んでいます。
母親としては、羽澄ちゃんの全てを受け止めてくれる男性が、積極的になってくれればなぁ……と思っています』
ミロルがそう言うと、今度はコルヴァンに視線が集まる。
『その男性は、奥手でむっつりだからな……』
『そうなんですよ、もっと、こう……行けって、普段から思います』
『むっつりではありませんが……善処します』
『善処できなければ、どこかの国の王子がかっさらうから、覚悟しておけ』
全て誰のことか名言はないが、コルヴァンは答え、そして苦笑することしかできなかった。
「あの、コルヴァン?」
「んぁ? ああ、どうした」
思い出していたコルヴァンは、羽澄の声に我に返る。
すると羽澄は自分の前髪に手を当てて。
「これ、嬉しかった」
とヘアピンを撫でた。
その言葉と行動に、コルヴァンの表情は自然と笑顔になる。
「よかった……喜んで貰えて」
「うん! それで、これ……お返し」
差し出されたのは、飾り気のない上質な木箱。
「その、私も……ヴォルクスさんに教わりながら、作って見たの」
「羽澄の、手作り?」
その言葉にコルヴァンも喜びが溢れ、渡された木箱を丁寧に扱う。
「ありがとう……まさかお返しされるとは思わなかった……開けてもいいか?」
「うん……気に入って貰えるか、わからないけど」
コルヴァンはゆっくり箱を開けると、黒布を張った窪みに万年筆が収められている。
「……これが、手作り?」
「そうだよ、ヴォルクスさんが教えるの上手だから」
(これは教えるのが上手かどうかという問題か?)
売っているものと遜色がないほど、よくできた万年筆だった。
「これは、動物の角? 採取したのか?」
「違う違う! って言うか、私が採取できるわけないでしょ」
羽澄は頬を膨らませながら「みんな私のことなんだと……」と不満を漏らす。
「ごめんごめん、羽澄はなんでもできそうに見えるんだ」
「もう……聖鹿の角をヴォルクスさんが仕入れてくれたのっ」
「そうだったのか。
蓋とリング部分の銀も……魔銀か?」
「魔力を扱える人間なら、手に馴染むって聞いたから」
「それにこの黒い宝石は……ブラックオニキスか」
「そう、コルヴァンの瞳のように、より黒い石を選ばせて貰ったんだ」
「……かなり値が張っただろ」
思わず使うのに躊躇するほど、ヘアピンとは値段が全く釣り合わない。
「コルヴァンのイメージを考えたらこうなっちゃって……いらないと言われても困るんだから」
羽澄は拗ねたように唇をとがらせて訴える。
そんな子供っぽい表情にクスリと笑い。
「じゃあ、素直に受け取るよ……ありがとう――とっても嬉しい」
「よかったぁ……」
コルヴァンが答えれば、今度は満面の笑顔で安堵する。
その多彩な表情に、コルヴァンの口から言葉がこぼれた。
「――好きだ、羽澄」
「……え?」
「あっ、いや、つい……」
あまりにも自然と出た言葉、そして言うつもりのなかった言葉だった。
「あ、あの……」
羽澄も驚いて、言葉が出ず口をぱくぱくさせている。
『あの子は自分の体では、愛し愛されることはないと思い込んでいます』
ふとミロルの言葉を思い出す。
(羽澄のいいところは、その体だけじゃない……力強くも澄み渡るような心の清らかさだ)
そう思えば、続く台詞は決まっていた。
「羽澄、好きだ……あなたを幸せに、したい」
まだ惚けている羽澄に、とどめを刺すように告白をした。
「あうぅ……うん、うん」
変な声を出したかと思えば、だんだんと納得するように頷く羽澄。
そして。
「あ、わかった」
「ん? わかった?」
「うん――私もコルヴァンに、同じこと……言おうとしていたみたい」
そうくしゃりと笑う羽澄がたまらなくかわいく思え、コルヴァンは思わず抱きしめた。
そして羽澄はいやがることなく、コルヴァンの胸に顔を埋める。
「羽澄、俺の恋人になってくれ」
「はい、よろこんで」
その後、今日は定休日でないことを思い出し、慌てて聖骨院についた二人は。
――無意識に手を繋いでいたため、先に来ていたミロルも含め、早くも恋人同士になったことを、全員に知られたのだった。




