第七十八話 その影は、国境を超えて
一方ミロルとコルヴァンがいるのは、ファルケ国の城にあるミロルの部屋。
ここは別世界転移魔法にて扉が繋がる場所だ。
エルシア王妹は、妹であるローラことミロルが家出したあとも、いつでも戻ってこられるよう、部屋を綺麗に保っていた。
アルバスと落ち合った二人は、その場所でファルケ国との打ち合わせをしていた。
「それでは国外販売分の材料は、ファルケ国からの交易で仕入れさせていただきます」
「その代わり、ミロルさんが説明した仕入れ金とは別に、ファルケ国への聖癒布の交易金額は、リューゲル国内の価格と同じ金額で卸しましょう」
「それはとても助かりますわね」
リューゲル国からは、ファルケ国との架け橋となったミロルと、王族代表のアルバスが参加している。
そして護衛役としてコルヴァンも一緒に来ていた。
ファルケ国からはケツァル国王とエルシア王妹、見学としてリュミエとフィリネも同席している。
「我が国の財政に、ご配慮感謝します。
ローラも、色々考えてくれて、ありがとう」
「いえ、こちらこそ。
ファルケ国からの材料があれば、他の国にも販売が可能になりますから」
ケツァル国王からの礼に、ミロルは兄妹として心が温かくなる。
その後も交易の話は順調に進み、聖癒布についてはあらかた話がまとまっていた。
「今日も有意義な話し合いでした……これも全てアルバス王子殿下の心遣いがあってこそですわ」
エルシア王妹の言う通り、揉めることなく話し合いが進んでいるのは、財政がきついファルケ国への配慮があるからだった。
「もちろん俺の一存で決められることではありません、国王も総意の上での提案ですので」
「リューゲル国には感謝してもしきれないな」
ケツァル国王は心から、そう呟く。
「持ちつ持たれつですよ」
アルバスは威張るわけでも恩着せがましくするわけでもない。
(いつも自信家なのに、こういう時は謙虚なんだ)
フィリネはそう思いながら、アルバスの優しい笑顔を見つめていると、バチッと目が合ってしまった。
「フィリネ王女殿下、何か……」
「何もありません、たまたまそちらを見ていただけです」
「あ、そう、でしたか」
実際はフィリネの方がアルバスを見つめていたのだが、フィリネはしれっと嘘をつく。
[そんな冷たいこと言って、またアルバス王子殿下に誤解されるわよ]
母親であるエルシア王妹が、血統共鳴でフィリネに語りかけるが、当の本人は耳を真っ赤にするだけでフォローも何もできないでいる。
(やれやれ)
「申し訳ございません、アルバス王子殿下。
フィリネはその手腕にほれぼれしていたようでして」
「お、お母様、そんな、こと……」
「いいんです、エルシア王妹殿下……俺が自意識過剰でした、呆れられるのも当然です。
女性に嫌われるのも、人生経験ですから……ハハハ」
あきらかにショックを受けたようなアルバスの笑いに、エルシア王妹は苦笑するしかなかった。
「アルバス様は少しくらい女性に嫌われた方がいいんです、見境ないんですから」
「ミロルさん……今日は俺にあたり強くない?」
そんな情けない声に、フィリネは少しだけ心がちくりと痛んだ。
「いらっしゃい、羽澄君待っていたよ」
聖骨院の仕事が終わり、羽澄はフォルンと一緒にヴォルクスの店へ到着した。
「最近仕事終わりに城下町へ行っているとは思っていたけど……まさかヴォルクスさんのお店だったとは」
「最初はコルヴァンへヘアピンのお礼のつもりだったんですけど」
そう言いながら見せてきたのは、立派な万年筆。
「最初は木製で作っていたんだが、羽澄君は手先が器用でな……コルヴァンは聖職者だし、聖鹿の角を提案してみたんだ」
「……まさか、採取から? たしか成長と共に自然と生え変わるのよね。
聖鹿を傷つけることはないけど、生息地に行くまでが過酷だとか……」
「いや、流石にそんな危ないところまで行けないよ」
「まあ羽澄君なら採取できそうだがな」
「私のイメージっていったい……」
少しショックを受けている羽澄だったが、もう少しでできあがる万年筆は素人が作ったものとは思えなかった。
「角の方が堅くて掘りづらいはずだけど……」
「あ、でも意外と簡単だったよ?」
「……」
(やっぱり羽澄ちゃんの力があれば、聖鹿の角……採取できそう)
あえて言葉にはしないが、フォルンはそう思わずにはいられない。
「それで色々とこだわったら……こんなことに」
羽澄に言われてよくよく万年筆を見てみる。
聖鹿の角本来の色と模様を生かした、白乳色のペン軸。
銀色のキャップとリングを合わせ、そのリングにはコルヴァンをイメージした黒い宝石が三つ並ぶ。
あとは銀のペン先を取り付けるだけだ。
「コルヴァンにぴったりかなと思って」
羽澄の言う通り、使う姿を容易に想像できるが、フォルンは思わず苦笑してしまう。
「なんというか……やり過ぎでは?」
「わしもそう思う、特別特価にしてあるが、それを差し引いても高級品なのは間違いない」
「コルヴァンを思いながら作っただけなのに……どうして、こうなっちゃったんだろう」
羽澄の呟きに、フォルンとヴォルクス顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
一方、打ち合わせが一区切り付いたファルケ国では、丁度次の議題に変わるタイミングだった。
「すみません、聖癒布のことではないのですが……お姉様に教えていただきたいことがあります」
口を開いたミロルはエルシア王妹に向き合い、顔から笑みが消え真剣な表情になる。
「お姉様は、キノコにも詳しいですよね?」
「ええ……ダクラスと一緒に研究したこともあるわ」
「それでしたら……遊毒茸について、教えていただけませんか?」
ミロルの質問に、エルシア王妹は眉をひそめる。
「ずいぶん恐ろしいキノコの名を口にするのね」
「我が国が管轄している森に、遊毒茸の生息地が見つかりました」
アルバスが口にしたのは、会議で国王が言っていた悩ましい問題。
「それは……胞子が無色で処分が難しいのに――わかりました、遊毒茸について研究を進めてみましょう」
「それは助かります」
エルシア王妹の言葉に安堵しつつ、アルバスは話を続ける。
「実は先日、我が国の宰相が遊毒茸の横流しをするよう、誘いを受けていたのです」
話の内容を真剣に聞くエルシア王妹の横で、ケツァル国王はぴくりと眉を動かした。
「しかも宰相は、遊毒茸の横流しに関する記憶だけ喪失していたのです。
確かに記憶を操作する魔法はあるが、遊毒茸にもそのような作用があるのかわかりますか?」
「なるほど……であれば遊毒茸には、記憶をなくす作用はありませんわね」
エルシア王妹は呟くと、ケツァル国王と顔を見合わせ頷いた。
そして国王がゆっくりと口を開く。
「ただ、このファルケ国でも最近そのキノコの名を聞いた……ギブスと名乗る商人が、遊毒茸から作った薬を持って商売しに来たのだ」
登場人物
ファルケ国王:セレーヌ・ケツァル
ファルケ国王妹:セレーヌ・エルシア
ファルケ国王子:セレーヌ・リュミエ
ファルケ国王女:セレーヌ・フィリネ
宝晶生成術兼鍛冶屋 大将:アルケミ・ヴォルクス




