第七十七話 忍び寄る影と、守りたい日常
ヒルンダの治療が終わったあと、フォルンも交えて情報共有のため、事務所に集まる。
そしてコルヴァンの驚いた声が部屋に響く。
「ヒルンダが記憶を無くしている?」
「おそらく……ヒルンダ様が嘘をついていなければ」
無事にヒルンダの顎を治し、後日経過観察することになっている羽澄だったが、治療時に見た映像に首を傾げるしかない状態だった。
「また映像が見えたの……今回は何故か声も映像も見えて――ヒルンダ様がわからないと言っていた、怪我をした瞬間が見えた」
「……もしかしたら、記憶をなくしているから、映像も音も聞こえたのかもしれないわね。
過去視魔法は、勝手に発動する場合は思いの強さが鍵となるから」
「なるほど、ヒルンダが無意識のうちに、思い出したいと願った……それなら記憶を取り戻すため、音が聞こえたと説明がつく」
ミロルとコルヴァンの仮説に、羽澄も納得する。
「ヒルンダ様と顔見知りの男性が遊毒茸の横流しを依頼して、断ったヒルンダ様を殴っていたの」
「なんて……酷い」
フォルンは恐ろしさに身震いをする。
「あと、薬のことも言っていたね」
「遊毒茸、ね……会議でもその名前を聞いたわね。
毒キノコの一種で、幻覚作用がある薬を作れる……羽澄ちゃんがわかりやすいのは麻薬って言葉かしら」
「幻覚だけでなく、痛覚が無くなり、極限状態の怪力を出せると聞いたことがあるわ」
フォルンもゆっくり思い出しながら、遊毒茸の知識を引き出していく。
「ただ奇行に走り、依存性がある……おそらく遊毒茸で薬を作り、依存者に売りさばこうとしているんだろうな」
「多分、そうだと思う。
男性の見た目は茶色い髪で、バッセル様より体格は良かった思う……あと、なんとなくプライドの高そうな笑顔だった。
裏がありそうで私は苦手だなと思ったけど」
「……冒険者ギルドなら、その特徴の人間は多い……が、ヒルンダと対等に話せる人間は限られている」
「ギブス様なら、見た目も合うしヒルンダ様と対等に話せるわよね」
ミロルの言葉に空気が張り詰める室内……しかしコルヴァンは首をかしげる。
「まあ確かにそうだ、けどギブス殿が横流しをするとは思えないんだが……断定はできないな」
厳しい表情のコルヴァンに、他の三人も眉間に皺を寄せ、嫌な予感を胸に抱くのだった。
コルヴァンたちへ映像の共有も終わり、羽澄は作業を終えたレイルを事務所に呼んだ。
「一日に作れる聖癒布の数は以前より、各五倍作成できます」
その日は従業員三人に、一日で聖癒布が作成出来る数を数えてもらっていた。
ジェルを多めに作り、一日の作成個数を確認する……そんな軽い気持ちだったのだが。
報告されたその個数は羽澄にとって驚くべきものだった。
(まさかこんなに作れるなんて……あとで皆に報告しておかないと)
ミロルとフォルンは治療師ギルドの件でギルド連合会館へ、コルヴァンはヒルンダのことをアルバスへ報告しに行っていた。
「これは毎日ジェルが作れる最大数を計ってから、一日の個数を決めた方が良さそうね」
「はい、それに慣れたらもっと早く、多く作れる可能性もありますね。
今の段階でも複数の国外に販売しても、リューゲル国でも十分に販売できます」
レイルの助言に大きく頷きながら羽澄はメモを取る。
そんな彼女にレイルははっきりした声で、唐突に発言した。
「羽澄さんは、コルヴァンさんが好きですよね?」
「ふえっ」
突然の言葉に変な声をあげてしまう羽澄。
まさかレイルの口からそんな言葉出てくるとは思わず、恋愛好きな母親に疑いの目を向ける。
「もう、レイルちゃんもママに何か言われたでしょー」
「ミロルさんですか? いえ、何も……」
顔を真っ赤にしながら冗談めかす羽澄に対して、レイルは真剣な表情で返事を返す。
その様子に、羽澄は思わず姿勢を正した。
「これは私が純粋に思ったことです。
その……コルヴァンさんのこと――好きでしたから」
「っ」
レイルの発言に羽澄は息をのみ、原因不明の焦りを感じていた。
「そ、そうなんだー」
「あっ、でも今は諦めていますからっ。
私じゃ釣り合いませんし」
「そっ」
――そんなこと、ないよ。
そう思うのに羽澄は言葉が続かず、モヤモヤした感情だけが残る。
「私はお二人が幸せになれればいいなと、願っています」
年下なのに何か見透かされたような気がした羽澄は、少し困ったあと。
「私、なんかが……幸せにできるわけ」
「……リーノちゃんと、同じことを言いますね」
「え?」
「リーノちゃんも、アイルとつきあう前『私なんか』って、言っていました」
「今、二人がつきあっていること知ったよ……」
「まあ……隠しているようですけど、見たらわかりますよ」
小さなカップルにちょっと驚きつつ、リーノの気持ちもわかる気がした。
(リーノちゃんも、胸で苦労したって言っていたし……)
「私にしてみれば、ちゃんと胸じゃなくて、羽澄さんそのものを見てくれている人は、すぐ側にいると思います」
レイルのまっすぐな目に、羽澄は。
「その人を私が、幸せに……できるかな?」
と、素直な気持ちをはき出した。
「できますよ、適任だと思います」
レイルの言葉は、確かに羽澄の背中を押していた。
次の日、聖骨院移転後の初営業日、入り口にはたくさんの花が届いていた。
午前中は聖骨院総出で対応した後、午後からミロルとコルヴァンはファルケ国へ打ち合わせへ向かった。
そして羽澄はフォルンと二人で患者の対応をしている。
「大将、わざわざありがとうございます」
「何、定期検診のついでだ……それに聖骨院初めての客として、新しい門出は祝わんとな」
礼を言うフォルンに、がははと笑いながら祝福花を持ってきたヴォルクス。
他にも各ギルドマスターとアルバスから祝福花が届いて、入り口が華やかになっていた。
「いらっしゃいませ、ヴォルクスさん」
羽澄がにこやかに挨拶すれば、ヴォルクスはにやりと笑って。
「今日で完成すると思うぞ」
こっそりと羽澄に話しかける。
「ありがとうございます、仕事が終わったら向かいますので」
そうヴォルクスに返しながら、羽澄は思う。
(ヘアピンのお礼……完成したら、コルヴァンに――)
背中を押してくれたレイルのためにも、そう心に誓う羽澄。
そしてフォルンはその様子を、きょとんとした顔で見ていた。
登場人物
従業員(姉):レイル
宝晶生成術兼鍛冶屋 大将:アルケミ・ヴォルクス




