第七十五話 新ギルド、誕生への期待
「模造品か」
ガルーダ国王が重い声で呟く。
先ほどまでの温かい雰囲気から、部屋の温度が一気に下がった気がした。
「はい、聖癒布制作時から懸念していました。
なので、聖癒布に施していた印がなかったことで、模造品だと判明しました」
「なるほど、魔法で現れる印のことだな」
「その通りです。
使われている薬草は、クエストなどで知られていますから……見よう見まねで作ったのでしょう。
効果はお粗末なもので、誘導魔法もかけられておらず、肌に貼る前に丸まって使い物にならない。
貼れたとしても、人によっては肌に合わず炎症を起こしたものもいます」
(そんなことが起きていたんだ……)
羽澄たちも模造品の可能性は考えていたが、実際に模造されると怒りと悲しみが押し寄せてくる。
「なんと……これは取り締まりを強化する必要があるな、ただでさえ遊毒茸の問題もあるというのに」
聞き慣れない植物の名前に、羽澄は薬草に詳しいミロルをちらりと見る。
[遊毒茸は毒キノコよ……何か問題があったのかしら]
羽澄の視線を受け、血統共鳴で答えるミロル。
しかし今は関係ない事案のようで、話は進んでいく。
「悩ましいことです……が、そこで一つご提案があります。
これはトキアス様からも相談を受けていたのですが」
ロウフは一旦言葉を止め、羽澄たちをチラリとみてから口を開いた。
「治療師ギルドを開設し、聖癒布の取り扱いルールを設定。
加えてギルドがあれば、治療師によって報酬がばらばらなのも、取り締まれます」
それは羽澄たちが初めて聖癒布について相談していた時に、トキアス……その後ロウフからも話だけ聞いていた。
まさか話が進んでいたとは思っていなかったが。
(でもまさか、現実になるなんて)
この会議で話し合われるということは、それなりの展望が見えているということ。
「なるほど、新しいギルドか……ロウフのことだ、人選などももう手配済みなのだろう?」
「さすが……よくおわかりですね」
ロウフは国王に向けた視線を、再び羽澄たちに向ける。
「まず、本日お呼び立てした聖骨院の面々には、治療師ギルドの発起人としてギルドの幹部になって欲しいと思っている」
「以前も伺いましたが……我々が幹部、ですか?」
コルヴァンが不安げに聞けば、ロウフは心の内を読み取るように優しく笑った。
「ああ、基本的には今まで通り聖骨院を中心に考えてくれればいい。
運営はギルドマスター中心となって行う。
ただ基盤となるルール作成や改訂に関わる会議、ギルドに入る依頼に対して受注と拒否の判断などをお願いしたい」
「そんな重要な役、務まるでしょうか」
羽澄が心配そうに吐露すれば、ロウフは自信満々に答える。
「聖骨院は唯一無二の技術で人々を助けている……それだけでなく、平民でも治療を受けられるよう、保証制度を作り上げた。
そして、様々な事件を解決へ導いた、信頼感もある」
「ロウフさん……それは褒めすぎじゃないでしょうか」
ミロルの呟きに他の二人も深く頷く。
しかしロウフの言葉は決して大げさではない。
「あとこの謙虚さも、プラスポイントですね」
「確かにロウフの言うとおりだ……治療師ギルドの幹部として、これほどの適任はいないだろう」
国王にそこまで言われてしまっては、断る訳にもいかない。
三人は諦めたように顔を見合わせ、コルヴァンが口を開く。
「わかりました、その話お受けします」
「そう言ってくれると信じていたよ」
にんまりと笑うロウフに、してやられた感は否めないが、聖癒布の偽物や治療費の統一化は、羽澄たちも見過ごせない問題だ。
「それで……ギルドマスターは別にいる、ということかな?」
不思議そうなガルーダ国王の声、その時ロウフが視線を送ったのは……国王の隣の人物。
「はい、ギルドマスターは……ストリ様にお願いしております」
――ざわっ
部屋の中が騒がしくなる、驚かないのはストリ本人と、ロウフ……そしてアルバスだけ。
ストリが椅子から立ち上がり、決意をした瞳で口を開いた。
「ご紹介にあずかりました、第二王子ストリです。
ロウフさんより、治療師ギルドマスターの依頼がありました。
僕では力不足かとも思いましたが、お兄様に相談しこの国がより過ごしやすくなるために、お話しを受けることにしました。
至らない点があるかと思いますが、治療師ギルドを開設し、ギルドマスターとして精進します」
迷いのないストリの声が、静まりかえった会議室に響く。
――……パチパチパチ
その挨拶に自然と拍手がわき起こる、そんな息子をガルーダ国王は誇らしく思っていた。
「新ギルドの開設……一筋縄では行かないであろうが、私は賛成だ。
是非このまま進めて欲しいと思っている」
「国王、ありがとうございます」
「うむ……この件に関して、意見がある者はいるか」
国王が尋ねると、一人手を上げる……それは神選会の教祖、レンカク。
「治療師ギルド開設は、聖癒布の模造品を取り締まるほかに、治療の料金を統一化が目的……であったな?」
「はい、その通りです」
「悪いが神選会は治療師ギルドに登録するつもりはない、我々には我々の信念がある。
もし神選会も例外ではないと言うのであれば、ギルド開設は反対させて貰おう」
カルロやガシラの事件では頼りになる仲間だったが、こと治療師に関してはそう簡単にはいかないらしい。
「レンカク殿がおっしゃることはごもっともです。
我々も神選会の信念を曲げてまで、参加して欲しいとは思っておりません」
「ほう……」
「神選会信者はそのまま……ギルドでは信者以外の依頼を受け入れたいと思っています。
逆に神選会とは協力していけたらと考えております」
「協力か」
「回復魔法だけで治らない怪我を、ギルドで受け入れる。
そして崩落事故のような大規模事故の際は、派遣の協力をお願いできればと思っております。
詳細は一緒に話し合えたらと思っておりますが……どうか、ギルド開設に同意していただけますでしょうか」
顔色をうかがうように、だけど自信もありそうなロウフの表情に、レンカクじっと見つめた後――にやりと笑って答えた。
「ギルドの開設意義も理解した、話し合いで仲違いしない限りは、ギルドの開設に同意しよう」
レンカクの回答に満足そうなロウフと、あきらかにホッとしたようなストリ。
この後もいくつかの話し合いをし、有意義な会議が終了した。
「バッセル、ヒルンダ久しぶり」
「なかなか会えなくて寂しかったよー」
「コルヴァンは聖骨院につきっきりだったから、仕方ないわよ」
会議が終わり、部屋の片隅でコルヴァンは幼馴染たちとそんな会話をする。
羽澄はミロルと並んで、コルヴァンの後ろからその様子を見ていた。
――ヒルンダ宰相、厳しそうな眼差しだが、メガネを外せば美しいことは見てとれた。
そしてスレンダーで背が高く、コルヴァンと並べば、誰が見てもお似合いだと思うだろう。
(なんか私って背は低いし胸は大きいし……こんなちんちくりんで、どう見てもヒルンダさんに負けてる……)
なんの勝ち負けか本人は理解していないが、なんと無く惨めな気がして……でもヒルンダとコルヴァンからは視線が外せない。
すると、コルヴァンと突然視線が合わさり、驚いていると。
「羽澄、ミロルさん。
紹介するよ」
そう言って手招きしている、コルヴァンに従い近づく。
「この二人は聖骨院の仲間で羽澄とミロルさん」
「初めまして、ヒルンダと申します。
コルヴァンとは同じ年代の家臣として仲良くさせていただいております。
お二人のお噂はかねがね伺っています」
「どうもこんにちは、バッセルといいます。
コルヴァンの幼馴染で、いろいろお世話になっています。
これからギルドで会うことも多くなると思うけど、どうぞよろしくお願いします」
挨拶でも対照的な表情をするヒルンダとバッセル。
「聖癒布の件でご迷惑をおかけするかもしれませんが、ご協力いただけると助かりますわ」
「あ、よ、よろしくお願いします」
ミロルは丁寧に挨拶するものの、羽澄はヒルンダの顔を伺うように、控えめな挨拶をする。
すると、バッセルはおもむろに手を伸ばした。
――むに
「おふ」
何を思ったか、バッセルはヒルンダの頬を両手で包み、マッサージを始めた。
「顔が固くなっているよ、ヒルンダちゃん」
「ほう、ほれはもうふわけない」
「それは申し訳ないと言っています」
突然見た二人の戯れに、羽澄だけでなくミロルも目を丸くする。
「ヒルンダは表情筋が硬くてね、バッセルがよく解してくれるんだ」
コルヴァンの指摘通り、バッセルが手を外すと、ヒルンダはぎこちなく口角を上げて笑った。
「あ!!」
「え? どうしたの、羽澄ちゃん?」
閃いたような羽澄の声に、みんな注目しミロルが尋ねる。
「それ、顎のずれが原因ですね。
右側にずれて、負担がかかっていますね」
「……もしかして、羽澄、治せるのか」
「あ、うん、多分……」
羽澄が答えると、ヒルンダは羽澄の両手を掴み。
「本当ですか!? いくらでも出すので、治してくださいっ」
ぐいっと顔を近づけ頼んでくる。
「え、えぇ、はい」
クールだと思っていたヒルンダが、懇願する姿に、羽澄はつい引いてしまった。
「落ち着けヒルンダ、羽澄が怯えているから」
「ああ、ごめんなさい」
「僕もヒルンダちゃんが、たまに痛そうにしているから、ぜひ治して欲しいよ」
「ただでさえ顔色が変化しづらい体質なので……表情が変えられないと、バッセル以外はわかってくれないから」
「僕だけヒルンダちゃんの気分がわかるのは嬉しかったけどね」
「……バカ」
「はーい、ここはまだ会議室ですよー。
場所はわきまえないといけないんじゃないですか?
ヒルンダ宰相」
コルヴァンが突っ込むと、バッセルは顔を赤くしつつ、嬉しそうに笑う。
そしてヒルンダは顔色も表情も変わらないものの、恥ずかしそうにバッセルから離れた。
「いやー、つい」
「失礼した」
「あらー、お二人は恋人同士?」
ミロルは楽しそうにヤボなことを聞くが、バッセルはますます嬉しそうな顔をして。
「はい、もう婚約もしていて……ギルドマスターの仕事が順調にいけば、来年にでも結婚しようかと思っているんです」
と、バッセルが嬉しそうに答えた。
「まあまあ、いいわねー」
(そっか、ヒルンダ様はバッセル様と……)
その事実に羽澄は胸の奥にある重りが消え、安心したような表情になったのだが……気がついたのはミロルだけだった。
登場人物
国王:ヴァルディ・ガルーダ
第二王子:ヴァルディア・アルバス
第三王子:ヴァルディア・ストリ
神選会の教祖:チャルボ・レンカク
商人ギルドマスター:ロウフ
職人ギルドマスター:ヴェル
女宰相:ホウヅキ・ヒルンダ
新冒険者ギルドマスター:アルセイ・バッセル




