第七十一話 新たな日常、新たな聖骨院
本日から第三章スタート、毎日更新目指します。
ニタニタと笑う男と、少しおびえた表情の羽澄が対峙している。
正体不明の男から羽澄を守ろうと、コルヴァンが駆け寄ろうとするが何故か足が動かない。
(動けっ、羽澄が、危ないっ)
じりじりと近寄っていく男……襲われそうな羽澄……守りたいのに動けない足。
『やめろーっ』
大声で叫んだとき、男がコルヴァンの方を振り向いた。
『っ』
その男は。
(俺!?)
コルヴァン本人だった。
「はあっ……はー、はー」
目を覚まし、汗だくの自分に気がつく。
「――夢」
(いや、違うな……)
独り言を心の中で否定しながら、体を起こして汗を拭う。
(あれは俺の、本心だ)
思い当たる節はあった。
羽澄がカルロに攫われてから、彼女のことをどこかに閉じ込めたくてしょうがない。
コルヴァンは夢の中でニタニタ笑う、自分の気持ちがよくわかる。
(俺は羽澄を自分のものにしたくてしょうがないんだ)
「はあーっ」
――パンッ
自分の頬を両手で叩き、気合いを入れる。
そしてベッド横のテーブルに置いてある、小さな袋を見つめて呟く。
「羽澄は仕事仲間、側にいられるだけで幸せだ」
そう言い聞かせ、小さな袋を手に取り、身支度を開始させた。
恋心は自覚しているが、恋愛に未熟なコルヴァンは、どうしたらいいのかまだ分かっていなかった。
ファルケ国から帰国してから、羽澄たちは慌ただしい日々を過ごしていた。
聖骨院で待っていたフォルンは、レイルを心配するリーノとアイルを励ましながら。
『聖癒布という、日常は守りたい』
と、聖癒布を作り続け、手が空けば教会で無事を祈り続けていた。
そして別世界転移魔法で戻ってきた時も。
『分かりました、絶対に誰にも言いません……もう、誰かがいなくなるのは辛すぎますから』
フォルンは涙を流しながら、ミロルの魔法について他言しないことを誓った。
それからは羽澄とコルヴァンは聖骨院を、ミロルはファルケ国で魔法鑑定の仕事をしつつ、アクセサリー作成と聖癒布の補助。
フォルンと従業員たちは聖癒布の作成と、週一回の販売に精を出していた。
あれから一ヶ月経ち、コルヴァンが変な夢を見た今日。
崩落事故の治療や解決に、褒美として貰った新しい聖骨院が完成する日だった。
「新築の家……わくわくするわー」
「マイホームと勘違いしないでね、ママ」
「しかし荷物の移動とかあるから、新聖骨院での開院はもう少し先になるがな」
新聖骨院に向かいながら、楽しそうに話す三人。
そして今日は大事な客人が来ていた。
「ローラ……じゃなくて、ミロルに招待されるなんて嬉しいわぁ」
「聖骨院について興味を持たれていたから……本当にお姉様が来ていただけるとは、思いませんでしたけど」
「叔父様とリュミエも来たがっていたのですが、なかなか仕事が落ち着かなくて」
ファルケ国からエルシア王妹と、娘のフィリネがお忍びでやってきていた。
身分を隠して質素なワンピースを着ているが、その佇まいには品がある。
エルシア王妹とミロルは、別世界転移魔法で交流を深め、三十年間の時間を埋めている。
「今度パパも一緒にファルケ国へ、挨拶しに行こうって話が出ているんですよ」
「いいわねー、二十五年前はお父様が追い出したから、ろくに挨拶もできませんでしたから」
「そうね、今度こそちゃんと挨拶をしたいって、翔さんも言ってくれたんです」
「……当時、ミロルが美しい女性を紹介しに来たと噂があったのだけれど、何かの間違いよね?」
「あ……それがパパです」
羽澄が真実を告げると、エルシア王妹は「あらまあ」と上品に口を押さえ驚く。
その様子を、後から付いて歩いていたコルヴァンは、ほほえましくも……。
(あの夢が、正夢にならなければいいのだが……)
自分自身に不安を感じつつ、羽澄たちを見守るコルヴァンだった。
「わぁっ」
目的地に到着して、羽澄は情けなく驚きの声を上げる。
空き地だったその場所には、二階建ての白壁の建物が完成していた。
「お待ちしておりました」
新しい聖骨院の前で迎えてくれたのは、職人ギルドマスターのヴェルと、商人ギルドマスターのロウフ。
そしてアルバス第二王子の姿だった。
「国王の代理として、完成した聖骨院を見届けに来たよ……といっても、まだまだ褒美を贈りたいほどの功績を残してくれているわけだけど」
アルバスが言う功績には、カルロ事件の解決やファルケ国との関係。
そして聖骨院の治療や、聖癒布による治療師の負担軽減も含まれている。
「いや、こんな立派な建物を頂けて、これ以上は申し訳無いです」
「羽澄の言うとおり……地下に聖癒布の製作所まで併設していただいて、俺たちにはもったいないくらいです」
「私なんて自分の事情に、アルバス様を巻き込んでしまい……ご迷惑をおかけしました」
最後のミロルの本心に、三人揃って頭を下げる。
「頭を上げてくれ……まったく、謙虚すぎるのも考えものだな」
アルバスは苦笑しながら、今度はエルシア王妹に向き直る。
「エルシアご婦人、フィリネ嬢。ようこそいらっしゃいました。お元気そうで何よりです」
「ええ――その節は……」
エルシアはそう言葉を濁しながら会釈する。
それは、二週間ほど前に執り行われたガシラの処刑。
リューゲル国からアルバスとストリが見届け人として訪問していた。
罪状読み上げ後、別室にて処刑……そして関係者による死亡確認。
『……僕には復讐など、向いていないようです』
悲しみとも怒りとも取れる声でストリは呟いた。
処刑自体を見たわけではないが、それでもショックは大きい。
『こんな悲しいことが起きないよう、王族としてやることがある』
『そうですね……僕もがんばります』
悲しい事件が起きない国作りを、二人は誓い合ったのだった。
エルシア王妹とはその日以来の再会だった。
「ご婦人も、いろんな事があってお疲れでしょう、よろしければこちらのロウフが、リューゲル国をご案内します」
「商人ギルドマスターのロウフです。
エルシアご婦人、お目にかかれて光栄です」
丁寧に頭を下げるロウフは、もちろんエルシアが何者なのか知っている。
アルバスに頼まれて、国の案内と共に、薬草や作物の商売に関して助言する予定だ。
「特産品やおいしいお食事を案内させますので……少しでも、心穏やかになれば幸いです」
アルバスが優しくそう言うと、エルシア王妹の表情がふっと軽くなる。
「ご配慮ありがとうございます、お言葉に甘えてリューゲル国を楽しませていただきます」
「……お母様のそんな笑顔、久々に見たような気がします」
フィリネが嬉しそうに呟いた。
「アルバス王子殿下、お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、フィリネ嬢も我が国を堪能してください……」
にこりと答えたアルバスは、フィリネをじっと見つめている。
少し居心地悪いような気がして、フィリネは尋ねた。
「……あの、何か?」
「いえ、やはりあの堅い鎧に包まれるにはもったいないくらい、麗しいお姿だと思いまして」
フィリネとアルバスは、ガシラ断罪以来の再会だ。
騎士を装っていたため、アルバスはフィリネの顔以外鎧に包まれた姿しか知らない。
当然今は鎧を着ける必要が無く、淡い水色のワンピースが、豊満でメリハリのある体にとても似合っていた。
そのためアルバスの素直な褒め言葉だったのだが。
「うー……どうも」
「フィリネ、なんて顔しているの」
フィリネは眉間に皺を寄せ口をへの字にまげ、不機嫌にしか見えない表情で返事をする。
さすがにエルシア王妹は注意するが。
「いえ、大丈夫です……ここまで嫌われると逆にすがすがしいというか」
「……嫌っているわけでは、ないです」
フィリネの言葉と表情は比例しておらず、アルバスは苦笑するしかない。
ただ、フィリネの耳が真っ赤になっていることには、アルバスも気づいていなかった。
「さあ、案内するからついておいで」
ヴェルが羽澄たちに新聖骨院を案内する。
羽澄たち三人とエルシア王妹、フィリネも見学する。
「まず一階は受付、診察室に治療室を五部屋。
施術用のベッドが三台に、羽澄たちのアイディアで作成した治療椅子が二脚」
「まさか家具まで作ってくださるとは……この可動式の治療椅子なんて完璧です!」
「なに言ってんの、あんたたちがやったことには、いくらお礼しても足りないくらいさ。
それに、背もたれの部分と足の部分を可動式、かつ回転もする椅子なんて……私には思いつかなかったよ」
興奮気味に熱弁するヴェルだが、羽澄とミロルが伝えた現代の知識は、異世界に無い斬新なものだった。
足や腰部分に固定具も取り付けてあり、コルヴァンに支えてもらう必要もない。
「固定具をなくして白楽鳥の羽を使った、執務用の休憩できる椅子の制作に着手しているのさ。
すでにロウフとレンカク様が予約してくれているんだ」
「それはいいですね」
「だろ? だからこの椅子の使い心地を教えてくれないか」
「わかりました、実際座るのは患者さんなので、聞いてみます」
羽澄も快く返事をする。
「いいわねー、私もその執務用の椅子、気になるわー」
「見たことのない形状の椅子ですね」
エルシア王妹は買い物を楽しむ貴族のような口調だが、その目は商売人も顔負けの鋭さを持ち合わせていた。
「完成いたしましたら、エルシアご婦人に一脚プレゼント致します」
「いえ、そこは是非購入させてください」
「言い方を変えましょう……サンプルとしてお渡ししますので」
「なるほど……それならば受け取りましょう」
財政を立て直すために、商人顔負けの佇まいに羽澄は驚く。
(エルシア叔母様って、おっとりした見た目にそぐわず、したたかでしっかりしている……)
「ママとは大違い」
「……何のことかわからないけど、悪口言われた気がするわ」
思わず声に出てしまった羽澄に、ミロルは拗ねたように口をとがらせるのだった。
「そして二階は入院用の部屋と倉庫、あと洗濯室だ」
階段を上ると入院用の大きめな部屋が二つ、そして奥に洗濯室がある。
「入院の時、部屋で全て完結するようシャワー室等完備している。
あと洗濯物は屋上に干せるから使ってくれ」
「……こんな立派な聖骨院、本当に褒美としてもらっていいのかしら」
ミロルが不安そうな声を出すと、ヴェルはにんまりと笑う。
「もちろんいいに決まっている……それに地下はもっとすごいから、覚悟しておくといい」
登場人物
聖骨院居候:フォルン
第二王子:ヴァルディア・アルバス
ファルケ国王妹:セレーヌ・エルシア(ミロルの姉)
ファルケ国王妹娘:セレーヌ・フィリネ
商人ギルドマスター:ロウフ
職人ギルドマスター:ヴェル




