第六十四話 兄の罪と妹の優しさ
「戻りました」
羽澄は少しぐったりした様子で牢屋に戻ってきた。
ケツァル国王とエルシア王妹の治療が終わったあと、ちょうどガシラによる尋問に呼び出された。
「タイミングはよかったが……その疲れ具合と、コルヴァンの怒り具合から、どんな尋問だったか想像できるな」
「わしへの尋問は秒で終わりましたが……羽澄は長かったのぉ」
「コルヴァンの鼻息が荒くて、バレるかと思ったわ」
「だって、だってっ……思い出しただけでも腹立つっ」
羽澄が心配だからと、レンカクに法力を分けて貰った上で、羽澄の尋問に透明化してついて行った。
「まあ、コルヴァンのおかげで変なことはされなかったし、ちゃんと目的も果たせましたから」
にっこり笑う羽澄にコルヴァンもアルバスも、それ以上は追求しなかった。
「ともかく、ケツァル国王とエルシア王妹の治療は成功しましたし、明日にはお二人とも魔力が戻り始めるでしょう」
気を取り直して、できていなかった治療の状況について報告する。
そしてエルシア王妹が言っていた話も、アルバスに伝える。
「元々はそちらに力を入れていたようで」
「なるほど、農業と薬草の開発を……」
「お姉様は昔から植物に詳しくて、その影響で私も薬草に詳しくなったのよ」
ミロルは昔を懐かしむようにそう言い、フィリネも思い出すように呟いた。
「お母様はダイール様を解放して、薬草や農業でこの国を支えたいとおっしゃっていました」
「とても素晴らしい考えだ、我が国に帰ったらギルドマスターと相談しよう」
そしてアルバスはにやりと笑い、発言を続けた。
「目的もだいたい果たせたし……そろそろ、牢屋から出ようか」
「どうぞ、こちらの部屋をお使いください」
あきらかに不機嫌なガシラが、アルバス一行を貴賓室へと通す。
コルヴァンは男性僧侶と帰国したことになっているので、透明化の状態でミロルと共に部屋に入った。
「言っただろう? あまり王族をなめない方がいい……と」
にやりと笑うアルバスに、ガシラは冷静を装いながらも拳をぐっと握る。
「国王の考え方が生ぬるいだけです」
「そうか? 国同士の関係悪化を未然に防いだ、素晴らしい采配だと思うがな」
ガシラによりレンカクや羽澄を、人質に取られたままでは分が悪いと、ストリを通じてファルケ国へ苦情を入れてもらった。
(これで二回目……どちらもタイミング良く連絡が来たんだ、何か感づくかもな)
アルバスに手を出せば、全て両国王に筒抜け……やるべきことが進んでいる今となっては、そう認識させた方が動きやすいだろう。
「封印は解いてくれないのか?」
「さすがにそこまでは容認できません、見張りも部屋に残すので、これ以上好き勝手なさらないよう」
(まあ、もう封印解けているけどな、見張りもリュミエとフィリネだし)
それは心の中にだけとどめ、悔しそうに部屋を後にするガシラに、あえて眉をひそめて見送るのだった。
「あー、やはり牢屋は老体に響きますな」
ソファーに座り体をいたわるレンカクに続き、全員ソファーに座った。
コルヴァンとミロルも透明化から解き放たれる。
リュミエとフィリネはフルフェイスを取り、ホッと表情を緩めた。
「我が国のいざこざに巻き込んでしまって……本当にお詫びのしようもありません」
「俺たちとしてはミロルさんが関わることだから、巻き込まれた……とは思っていない。
だから詫びることは何もないさ」
頭を下げるフィリネにアルバスは優しく答えるが、リュミエはその様子に胸を締め付けられていた。
(兄弟が殺害されているのに、強く優しく振る舞われて……)
リュミエはファルケ国の王位継承者と噂されており、本人も意識をしている。
アルバスとは同じ立場だが、彼の振る舞いに驚かされるばかりだ。
(きっと立派な国王になられるだろう。
僕が今目標とする、王子のあり方だ……)
「しかしさすがに疲労がたまるな……羽澄先生、膝枕で癒やしてくれないか」
「疲労の場合は回復魔法が効果的です、膝枕はあまり効果的とはいえませんね」
「……正論を言われると、困るんだけど」
「なんなら聖癒布をご購入されますか?」
「いや……いいです」
(……やっぱり、目標にするのは止めようかな)
どうも締まらないアルバスにちょっと幻滅したが、その緩さが部屋の空気を和らげていた。
――コンコンコン
「ケツァルとエルシアです、謝罪したく伺いました」
その声にピリッと緊張が走る、だがその空気は悪くない。
「リュミエ、フィリネ……ご家族を迎えてくれないか?」
その言葉に嬉しそうに微笑み、リュミエはフルフェイスをかぶりドアを開けた。
「どうぞ、お入りください」
促されて部屋に入ると、アルバス一行五人と顔を合わせ……その中に当然、ミロルもいた。
「っ」
「……ああ、ローラっ」
実の妹と目が合い、ケツァル国王は体を震わせ、エルシア王妹は今にも泣きそうになる。
「お、お姉様、お兄様……」
「っ、ローラ!」
か細い妹の声に、姉であるエルシア王妹は駆け寄りその体を抱きしめた。
「ああ、ローラ……ごめん、なさい、あなたを守れなくて――お父様に逆らえず、ごめんなさいっ」
「お姉様……いいんです、私も、何も言わず出ていって、ごめんなさいっ」
「ローラ、なんで立派に……うう、良かったぁ」
二人とも涙を流し、お互い謝り合ったり、お互いの無事を祝ったり……。
「ローラ」
エルシア王妹の後ろから、ケツァル国王が声を掛ける、するとミロルの顔がこわばったのがわかった。
「お兄様っ、その、祝辞が遅れ申し訳ありません、国王継承おめでとう、ございます」
国王になったのは随分前だが、妹ではなく第二王女として、ミロルは国王に頭を下げる。
「嫌みは素直に受け取ろう」
「そんなっ、嫌みなど……」
「……実の妹を追い出した私が受けるのは、祝辞ではなく嫌みで十分だ」
自虐と同時に悲しい顔で顔を逸らすケツァル国王、今のミロルは彼にとって眩しすぎた。
ローラの魔法がわかった後、最初に相談したのは兄姉たち、別世界転移魔法を喜んだのは当時の王女エルシアだけ。
『そんな得体の知れない魔法、毒にも薬にもなりません』
そう当時のウツイ国王に助言したのは当時の王子ケツァルだった。
「俺は魔法が一種類しか使えない妹が恥ずかしかった」
「ええ、だけどそれがお父様の方針でしたから……そう思われるのが普通です」
ミロルの言葉に、ケツァル国王は力なく首を横に振った。
「違う……珍しい魔法が見つかったとき、喜べなかったんだ。
――危機感を感じた……王位継承順位がひっくり返るんじゃないかって」
ローラの新たな魔法を喜ぶ姉と、自分の地位を脅かされると珍しい魔法におびえる兄。
「自分の力不足なのに。ローラを追い詰める選択をした……今の状況は、弱い俺が招いた結果だろう」
ケツァル国王は深く頭を下げ。
「すまなかった」
ミロルに謝罪をした。
「私もお兄様も、子供だったんですよ……お兄様は自分を守る選択をした。
私は逃げる選択をした……ただそれだけです」
そう言いながらミロルは、兄であるケツァル国王の手を取る。
「私は大丈夫です……愛する家族と仲間たちに囲まれて、幸せですから」
柔らかく笑うミロルを、やっと正面から見ることができたケツァル国王。
(この笑顔を守る……どんなことをしても――)
「我が妹たちよ、我が国とローラの幸せのために……どうか力を貸して欲しい」
「もちろんです、お兄様」
「ありがとうございます……私もダイール様から引き継いだ魔法で、お力になります」
やっと交わった三人の兄妹を、アルバス一行は温かい目で、それぞれの子供たちは誇らしい眼差しで見つめていた。
「今この国はガシラに乗っ取られつつある……やつの目的は、ガシラ自身が国王になることだ」
登場人物
第二王子:ヴァルディア・アルバス
魔法鑑定士:ダイール
神選会の教祖:チャルボ・レンカク
王息子:セレーヌ・リュミエ
王妹娘セレーヌ・フィリネ
王妹配偶者:セレーヌ・ガシラ
ファルケ国王:セレーヌ・ケツァル




