第六十三話 歪められた真実と、正される王の骨
翌日、レイルは無関係と判断され、待機していたテリクスと共に王家の高速船で、リューゲル国へ戻れることとなった。
シュバは港で待機を続けている。
そして形だけ、男性僧侶とコルヴァンも帰国したことになっている。
ガシラの認識としては残ったのはアルバス、レンカク、羽澄の三人のみ。
「ダイールが聖権魔法を使えないこと、そして封印魔法が解除されていることは必ず隠せ」
「はい」
「目標はガシラの監視を避けつつ、ケツァル国王とエルシア王妹に接触……そして羽澄の診察を受けさせること」
「わかったわ」
「ガルーダ国王は朝一で、リューゲル国を出発された……到着は明日だ」
「かなりの速度でこられるのですな……さすが国王の専用船」
「表向きは俺の保護だが、到着次第罪人カルロの生死に関してガシラを訴え、我々を帰国させる予定だ」
一晩明け、アルバスは冷静さを取り戻し、全員に指示をする。
「皆様、よろしくお願いします」
今日も騎士の格好をし、フルフェイスを被ったフィリネが牢屋番として交代した。
「昨日の牢屋番は、リュミエの機転により、休みを取らせました」
「休みなのか、処分前の待機なのか……」
「まあ、今回の件に関しては、牢屋番は罪に問うつもりはありませんので。
しかし、恐ろしい魔法ですね――強制崇拝……」
「関係ない人間が、洗脳により罪を重ねてしまう……一刻も早く消滅させる必要がある魔法だわ」
険しい顔でミロルは呟く、今日は男装ではなく、羽澄の白衣を着てフードを被る。
羽澄の治療が終わるまで、ミロルは羽澄の振りをしている。
「コルヴァン、後は……頼んだぞ」
「はい……初めて使う魔法ですが、任務を全うします」
コルヴァンは僧侶服を着た羽澄を、ケツァル国王とエルシア王妹へ送り届ける役目を担った。
「ほんとコルヴァンって……化け物よね」
「ミロルさん、言い過ぎでは?」
「間違ってないだろ、三十一個の魔法が使えるだけでも異質なのに、透明化魔法なんて珍しい魔法まで使えるとは……」
「アルバス様まで……」
ミロルの聖権魔法で新たにわかったコルヴァンの魔法……それは触れた者と一緒に透明化できる。
「まあこれで、羽澄を国王と王妹のいる部屋へ連れて行くことは可能だろう。
何度も言うが、欲を出すと透明化が解除されるから気をつけろ」
「わかっています……羽澄、あんまりくっつかないように気をつけろ」
「え、何で私?」
突然注意された羽澄は訳が分からず、他の全員に深く頷かれて、腑に落ちなかった。
フィリネが血統共鳴を使い、牢屋からリュミエに合図を送る。
牢屋に繋がる地下扉の前で、歩くリュミエのあとを、透明になった羽澄とコルヴァンがついて行く。
家臣たちにすれ違っても、バレることなくケツァル国王とエルシア王妹がいる部屋へと向かう。
とはいえ姿が見えないだけで、接触は避けられない。
ガシラが数人の部下を従えて、廊下を歩く。
リュミエが歩いていても、避ける様子はなく、リュミエの方が端による。
ガシラの部下たちも礼をしない者もおり、洗脳されている可能性は高い。
コルヴァンはガシラにぶつかりそうな羽澄の肩を掴み、自分の方に寄せる。
(あっ)
がっしりとした手のひらに、顔が熱くなるのを感じる羽澄は、無意識にコルヴァンに体を寄せていた。
――むにゅっ
「っ!」
コルヴァンは息を呑み、それに気づいたリュミエが二人を見ると――透明化が解除されていた。
「!!」
声は出さないものの、目を見開いて驚き、急いで二人を物陰に押し込む。
「ん?」
ガシラがリュミエの不審な動きに気がついたのか振り返った。
(何か落としたのか?)
リュミエが屈み、何かを拾っているように見え、ガシラは首を傾げながらも、前を向き直し歩いて行った。
(危なかった……)
ほっと息をついたコルヴァンだが、誤魔化すために屈んだリュミエから、恨めしそうな視線が刺さる。
『コルヴァン、大丈夫?』
小声で尋ねる羽澄は、原因が自分とは思ってもいないのだろう。
心配そうな彼女に少しムッとして、コルヴァンは顔を近づけながら、小声ながらもはっきりと言った。
『だからくっつくなと言っただろ』
『え?』
『俺も男だから……羽澄にくっつかれると、欲が出る』
そんなことを言われて最初は意味がわからなかったが。
『……あっ』
どうやら気づいたようで、ぽっと音が聞こえるように羽澄の顔が赤くなる。
そんな表情をいとおしく思いながら、羽澄の頭を撫でた。
『あんまりくっつかないように』
『はっ、はいっ』
『もうそろそろ行きませんかー』
リュミエの呆れた声にハッとし、コルヴァンは気を取り直して透明化魔法を使う。
顔が真っ赤のままの羽澄は手を繋いで、コルヴァン以外に自分の恥ずかしい表情が、見えなくなることに安堵した。
――コンコンコン
「リュミエです、お父上、お呼びですか? ……失礼します」
中から呼ばれたのか入っていくリュミエの姿を、ガシラは廊下の影から見守っている。
(さっき、何か様子がおかしいように見えたが……)
そう思ってあとを付けてみたものの。
「はい、それでは失礼します」
程なくして出てくるリュミエ、何か指示を受けた可能性もあると後を追ってみるものの。
(自室に戻ったか……)
他に気になる行動は見受けられなかった。
(考えすぎか……)
ローラの件でピリついている城内、その雰囲気に飲まれたのだと自己分析する。
(とりあえず、強制崇拝魔法が国王とエルシアに効かなかった理由を探すか……)
部下が魔法について調べている書庫に、ガシラも合流することにした。
リュミエがドアをノックしたあと、部屋に入った羽澄とコルヴァンは、すぐ透明化は解かずに、リュミエの様子を伺っていた。
「お父上、叔母上……ガシラの命令に従いますか?」
そんな質問をしながら真実の札を、ケツァル国王とエルシア王妹の前に見せる。
「いいえ」
「死んでもごめんだわ」
二人とも答えれば、札についている緑色の宝石が光る。
「……大丈夫そうですね」
宝石の色を確認しコルヴァンが魔法を解き、部屋に結界を張る。
そして静かにケツァル国王が質問をした。
「まず伺いたいのですが、我々は確かにガシラに触れられ、魔法をかけられました……しかし、洗脳にかからなかったのだが何故でしょう?」
「はい、それは強制崇拝魔法には術者より魔力が弱い人間という条件の他に、自分が洗脳されていると気づいたら洗脳が解除されます」
「ほう……」
「最初から洗脳してくるとわかっていたら、そもそも効果がないのです」
「なるほど、そういうことだったんですね」
「即座に教えてくださったアルバス王子殿下には感謝しきれませんわね」
この会話の後、リュミエは部屋を出て行き、羽澄は二人に深々と頭を下げた。
「改めて……私はローラ王女の娘、鷹野羽澄といいます」
「ああ、ローラによく似ているわ……といっても、若い頃の妹しか記憶にないのだけれど」
「……君を見ているとローラがいかに幸せに生きたか、よくわかる」
「まさか男装しているとは思わなかったけど……近くにいるとは思っていたわ」
ケツァル国王とエルシア王妹が目を細めてそう言うと、羽澄はこみ上げてくるものがあった。
しかし泣いている場合ではなく、羽澄は仕事モードに入るために顔を引き締めた。
「それでは、診察を始めたいと思います」
ケツァル国王とエルシア王妹の症状は骨のずれ……だが、通常の怪我とは訳が違った。
「骨が変形しています……通常、回復魔法で形は元に戻るはずですが……」
「回復魔法か浄化魔法で元に戻るはずなのだが……怪我、呪いや状態異常ではないということだな」
「え……そんなことありえる?」
「いや……もとから、この形だといえば説明がつく」
「それはない、今まで問題なく使えたなら、こんな形であるはずがないよ」
明らかに異常な形状、しかも治すことができない。
原因と解決策を、羽澄とコルヴァンが頭をひねりながら考えていると、エルシア王妹が震えた声を出す。
「内震魔法……」
「え?」
「内震魔法は、内部を振動させて形を変形させます……」
「振動……確かに、ずれや骨折じゃこんな形にはなりませんね」
「――あの人の魔法を、人を傷つけるために、使って……」
怒りを含んだ呟きに、羽澄は口を閉じる。
エルシア王妹の亡くなった夫、ダクラスが得意としていた魔法だ。
「心臓発作、なんて……おかしいとっ」
「……ダクラスは、国の財政を整えようと、力を尽くしてくれていました。
元々この国は、農業や薬草畑が盛んで、新たな薬草の開発を進めていた矢先に……」
二人の悲痛な声に、コルヴァンは心を鬼にして言う。
「元第一王子であり罪人カルロも、ガシラの内震魔法で殺害されました……カルロの体には罪の魔刻印が現れていました」
「リュミエから聞きました……大変申し訳ないことを、しました」
「いえ、国王はなにも悪くありません……俺が言いたいのは、ダクラス様の体にも魔刻印が出た可能性があります」
「っ……しかし、ガシラが、火葬を急いだので、ろくに調べも……うぅ」
「姑息な真似を……全て計画通りだったのかっ」
エルシア王妹は涙を流し、ケツァル国王が悔しがる中、今度は羽澄が口を開く。
「当時の悪事、私なら証拠を集められるかもしれません」
「……え?」
「もう、一年も前のことだ……証拠なんて、全て破棄されているはずです」
「羽澄は、対象者に触れれば、過去の出来事を見ることができるんです……その映像を記録できる宝石で保存することも可能です」
その言葉にエルシア王妹の瞳が輝く。
「もう、ダクラスは戻ってきませんが……あの人の無念を晴らせるならっ」
その言葉に羽澄は頷き。
「ではまず、お二人の骨を元に戻しましょう」
と力強く答えた。
しかし冷静なケツァル国王の質問が飛ぶ。
「しかし、変形をした骨を、元に戻せるのか?」
そんな質問に羽澄は背筋を伸ばして答える。
「ママ……母上の魔法鑑定で、私が復元魔法を使えることがわかったんです」
「復元魔法!?」
「はい、両手で挟める程度の大きさで、破損がなければ、この形になる前の形状に戻すことができます」
「なんと……そのような魔法が使えるとは……」
ケツァル国王は驚きが隠せず、しかしその目には希望が宿っていた。
「きちんと回復魔法をかけていたので、特に破損もなさそうですし……お二人でしたら、今日治せます」
「ただ羽澄の治療は痛みを伴いますので、少し我慢して頂く必要があります」
「いくらでも我慢する、どうかこの病気……いや、怪我を治してくれ」
「私もお願いします、この国と――復讐のために、どんな痛みにも耐えます」
こうして羽澄の治療が始まった。
「早く牢屋から出してくれないか」
「それはアルバス王子殿下次第ですよ」
一人牢屋から別室に呼び出されたアルバスは、机と椅子しかない簡素な部屋に呼び出される。
「尋問室か……流石に拷問部屋に、王族は連れていけないか」
「ことと次第によれば、王族以外をそちらに送り込むことも可能です」
向かいの椅子にガシラが座る、その強い視線は相変わらず王族相手に物怖じする様子はない。
「さて、二つ質問に答えてもらいましょう」
そう言いながら、再度真実の札をアルバスの前に出す。
「断る、と言ったら?」
「牢屋にいる奴に、拷問部屋を使うだけですよ」
(……脅しじゃなく、本気だろうな)
しかもアルバス本人以外なところが厄介だ。
「申してみろ」
決して【答える】とは言わずに質問を促した。
「ローラ王女はどこにいますか?」
「我が国に自宅を構えている」
「もっと詳しい場所です」
「札は緑色に光っているが、それが二つ目の質問か?」
当然はっきりしたことは答えない、しかし札は反応し答えが真実だと訴えている。
「……いや、もう一つの質問は別にあります」
完全にアルバスのペースなため、今度は質問を変えた。
「罪人カルロを調べさせて貰ったところ、強制崇拝という恐ろしい魔法を持っていました……この魔法について、知っていることを全て教えてください」
「教えるのはかまわないが、知ってどうする?」
ガシラがカルロから魔法を奪ったことは、知らないふりをしなければならない。
札がある以上、容易に答えるわけにはいかず、必然的にガシラをイライラさせてしまう。
「我が国で洗脳されている者がいるかどうか確認するためです。
いい加減私の機嫌次第で、その余裕が消えると理解した方がいいですよ」
「……といっても、俺は書物に書いてあることしか知らない……もちろん調べているのだろう?」
ガシラが暴走するのを避けるためアルバスは答える、しかしガシラが望む答えは無い。
「魔力の強さ以外で、魔法がかからない条件を知りたい……理由は聞くな」
苛立ちに素が出てしまうガシラ。
彼の気持ちを落ち着かせるためにも、アルバスはその質問に答えた。
「魔法を解除される条件に、洗脳されていると気づくこと……という条件がある。
そもそも洗脳される、とわかっていれば魔法がかかることもない」
「魔法が効かなければ、魔法の存在を知っている……ということか?」
「その質問は俺にする事ではないな、魔法が効かなかった相手にするべきだ……まあ、魔法を持っていないガシラ殿には関係ないと思いますが」
アルバスの言葉にガシラは何も応えなかった……しかし。
「あと、どういうつもりで俺を脅しているのかわからないが、王族をそうなめない方がいい……それだけは言っておこう」
「……肝に、命じておく」
アルバスの迫力に、ガシラはその言葉しか絞り出せなかった。
「では、まず魔法からかけていきます」
羽澄は跪き、ケツァル国王の足首を両手で挟む。
(どうか、本来のあるべき姿へ……)
祈れば羽澄の手のひらから、淡い光が放たれる。
――ぽわっ
「何か……足の内側から、暖かい」
ケツァル国王が気持ちよさそうに呟く。
羽澄はその様子に安堵しながら、手から光が消えるのを確認して、コルヴァンの透視魔法で確認する。
「……成功です、骨の形が戻っていますっ」
「っ、よかった」
「ではここから、ずれた骨を治します。
一瞬痛いので、我慢してください」
安堵する間もなく、ずれを治す治療に入る。
「大丈夫です……お願いします」
「はい……コルヴァン」
「わかった」
羽澄がグッと力を入れると同時にコルヴァンが回復魔法を使う、その連携は滑らかで声をかけるだけで息が合う。
――ボキッ
「っ」
――バアァ
「……終わりました」
「えっ、こんな一瞬で!?」
ケツァル国王は驚きの声をあげるが、ゆっくり足を動かしてみると、痛みを感じずスムーズに動かせる。
「一瞬ですが、骨は確かに正常に戻りました……あとこれを」
そう言いながら再生布を渡す。
「これは?」
「私たちが作っている聖癒布の再生布です。
回復魔法の簡易版になります。
小さな怪我ならこれを貼れば三時間ほどで傷も消えます」
「この、布が……」
「あと痛みが出る場合はこの鎮痛布を使ってください」
「リューゲル国にはこんなものがあるのですか」
「これは薬草から作られているんですか?」
ふと、エルシアが口を開く。
「そうです、特殊なジェルと薬草を使って……」
「我が国なら、上質な薬草を作れます!
ダクラスが内震魔法を使って品種改良を……」
自信満々なエルシアの勢いに、羽澄は思わず一歩引いたが。
「エルシア……売り込みはそれくらいにして、自分の怪我を治してもらったらどうだ」
とケツァルが冷静に返していた。
「あっ……ごめんなさいっ」
「いえいえ、母上も薬草には詳しいので、何だか姉妹だなって思いました」
優しく微笑む羽澄に、エルシアは妹の面影を感じていた。
登場人物
第二王子:ヴァルディア・アルバス
魔法鑑定士:ダイール
神選会の教祖:チャルボ・レンカク
王妹前配偶者:セレーヌ・ダクラス
王息子:セレーヌ・リュミエ
王妹娘セレーヌ・フィリネ
王妹配偶者:セレーヌ・ガシラ
ファルケ国王:セレーヌ・ケツァル




