第六十話 一人の罪が生んだ幸せ、その力は受け継がれる
約三十年前、ダイールは当時まだ子供だった王子ケツァル、王女エルシア……そして第二王女ローラを魔法鑑定するために、ファルケ国へ来ていた。
優秀な第一王子と第一王女、魔力はそこそこだが回復魔法しか使えない第二王女。
「せめて私が珍しい魔法を使えれば、お父様も認めてくださると思うんです」
鑑定前に、まだ幼い第二王女がダイールにそんな話をする。
しかし訴えられたところで、魔法は本人がもつ天性のものだ。
(あの国王は、実力主義で、使えるものは何でも使う……使えないものはあっさり捨てる人だからな)
とはいえファルケ国はかなりのお得意様でもあるため、無難に仕事をこなし続けるのが最善である。
しかしダイールは、自身にとっての大きな判断ミスをしてしまう。
「では鑑定を始めます」
「お、お願いしますっ」
第二王女は、新たな魔法が見つかるかどうか……父親に認められるかどうかの分かれ道。
そんな緊張が伝わってくるように、ダイールの鑑定にも力が入る。
――ぽわっ
そして見えた魔法は、回復魔法と別世界転移魔法――あともう一つ。
(っ、まさか、この子が?)
驚いた目で第二王女を見つめ、彼女もまたダイールを不安げに見つめている。
(……これはまだ、言わないほうがいいな)
ダイールは半分は第二王女のために、そしてもう半分は自分のために、最後に見えた魔法のことは言わず、鑑定を終えた。
(別世界転移魔法も珍しいから、きっと今より優遇されるに違いない)
そう思い込んで……。
五年後、ダイールは頃合いだろうと、第二王女に会いにファルケ国に向かう。
そして国王に真実を話した、のだが。
「えっ、行方、不明……?」
「別世界転移魔法なんてくだらない魔法しか見つからないと思って、追い出したというのに……まさか、あの出来損ないが……」
第二王女は別世界へ家出していた、ダイールが迎えにくる前にも夫を紹介に来ていたらしいが……完全にタイミングが悪かった。
「なぜ黙っていた……なぜ真実を話さなかった……知っていれば意地でも手放さなかったのにっ」
「もっ、申し訳、ございませんっ」
「……もし、ローラが一生見つからなかったら、どうなる?」
「見つからなければ……継承式である聖権魔法は、この世から無くなります」
「継承式の魔法……魔法の認知だけでなく、旧鑑定士から新鑑定士へ、力を継承しなければなりません」
「……」
「継承すれば旧鑑定士は魔法が使えなくなり、新鑑定士に全て引き継がれる。
当時まだ聖権魔法を失いたくなかったダイール様は、後継者に真実を伝えなかった」
「それは、つまり……」
アルバスが呟くと、リュミエはこくりと頷いた。
「ローラ王女は、聖権魔法の後継者です」
「……」
(私が……聖権魔法の、後継者……?)
ミロルは化粧のせいで顔には出ていなかったが、かなりの衝撃だった。
それはただの驚きなのか、それともショックなのか……自分自身判断できない。
「ただ、誤解しないで欲しいんです」
次に声を上げたのはフィリネだった。
「ベッドに伏せる前、ダイール様はおっしゃっていました……今、ローラ王女が幸せなら、あの時黙っていたのは正解だったと」
「!!」
「確かに聖権魔法を手放したくなかった、しかしそれ以上に、あの横暴な国王に利用されないでよかった……と」
「確かにダイール様のせいでローラ王女は家出されてしまった……」
もし聖権魔法を使えるとわかれば、当時のローラ王女は喜んで父親のいうことを聞いていただろう。
「その代わり、ダイール様が罪を背負う形でこの国に閉じ込められ、魔法鑑定や魔法譲渡などで金儲けの道具にされたのです……。
もしあの時、素直にローラ王女が後継者だと言っていたら――」
「ローラ王女を、城に閉じ込めていただろうな」
――そして金儲けの道具として扱われていただろう。
「半分は自分のため、半分はローラ王女のため……か」
呟くアルバスに、リュミエはまっすぐな眼差しを向けて話を続ける。
「今、この国に二つの派閥があります。
ダイール様を解放して、魔法鑑定以外で財政を立てていく方法。
そしてローラ王女を何としても探し出し、魔法鑑定での金儲けを続ける方法」
「なるほど、両極端だな」
「どちらにしてもローラ王女を見つけないとダイール様を解放することもできません。
それどころか、聖権魔法がなくなってしまいます」
リュミエが話終わると、一人ダイールに駆け寄る影が。
「コルヴァン、羽澄ちゃん!
私を守って!!」
男性の姿をしたミロルが、叫びながらダイールの前に両膝をつき、そっと手を取った。
「はいっ」
「ちょっと失礼します」
「あ、え……えっ」
羽澄とコルヴァンはミロルの声に、狼狽えるリュミエとダイールの間に割って入った。
「ダイール様」
「……」
「ダイール様、ローラです……わかりますか?」
「あっ……あうぅ」
ミロルの声に反応し、ダイールは小さく唸る。
「――ダイール様の、お声……久々に聞きました」
フィリネが懐かしむように呟く、それほどの間ダイールは喋ることも許されず、道具として生きてきた証拠だろう。
「私の声が、わかりますか?」
「あ、あぁ……ろ、ぉら、さま……?」
「そうです、お久しぶりです」
「ろ……ら、さま、もう、しわけ……」
「っ」
ダイールは手を振るわせながらも、必死に伝えてくる。
そんな姿にミロルは思わず言葉に詰まる。
「……あの時は……」
それでもミロルは自分の気持ちを絞り出す。
「……あの頃は、確かにショックでしたが……」
「っ、ご、めん……」
「でも――私は今幸せです、ローラを捨てたミロルとして。
愛する人と結ばれ、愛する娘もいて……私は幸せです」
昔の不安そうなローラの声ではなく、自分の道を進んでいるしっかりとしたミロルの声に、ダイールは今まで抱えていた、どす黒い不安が消えていくのを感じた。
「っ、よ、かった……よか……」
「私を助けてくれて、ありがとうございます」
ミロルの声に、開かないダイールのまぶたの隙間から涙がこぼれる。
「ろ、らさま――ま、ほう、けいしょう、を……」
「はい、わたくしミロルは、聖権魔法を継承します」
「はー、はーっ」
力を溜めているのか、ダイールの呼吸が荒くなる。
「けい、しょうの、ぎっ」
ダイールが唱えると、淡い光が二人を包んだ。
「――聖権魔法は、ダイールよりミロルへ、ここに継承する」
光の中からはっきりとしたダイールの声が聞こえ……一際、光が強く輝く。
――ドゥン
地を這うような重い音が聞こえた後、光が徐々に淡くなり……そのまま消えた。
「お、わり、ました……」
「……確かに、受け取りました」
ダイールは力を振り絞り、継承の儀を行うことができた。
今は深い呼吸を繰り返しているものの、落ち着いているようだった。
「ダイール様、ありがとう、ございます」
ミロルは自分の中に新たな魔法が生まれたのを感じた、こうして魔法継承は無事に執り行われたのだった。
羽澄とコルヴァンは、魔法鑑定士となったミロルの身の安全のため、警戒を強めているが、リュミエとフィリネはミロルを襲う気配はない。
「――まさか、本当にローラ王女がいらっしゃるとは……というか、それは変装……?」
どう見ても僧侶の格好をした男性だったが、声は紛れもなく女性……聖権魔法を継承した時点で本物のローラ王女だというのは理解できた。
「本当に、この国にいらしていたんですね」
「……この国にいると、わかったのですか?」
不思議そうに聞くと、フィリネは優しい笑顔で頷く。
「お母様とケツァルおじさまがおっしゃっていました……この国のどこかに、ローラの優しい魔力を感じる、と」
「っ」
「父上は三十年以上離れていたが、この優しい魔力だけは忘れないと教えてくれました」
「お兄様、お姉様……」
(出来損ないの私のことなんて、忘れているかと思っていた……)
ミロルは泣きそうになるのをこらえて、ずっと離れていた兄姉を思う。
フィリネは優しい笑顔で、ミロルに跪いて宣言した。
「我々王族は、ローラ王女改めミロルさんの解放、そして建設的な財経の立て直しを目指しております」
そしてリュミエはアルバスの前に跪き、頭を下げる。
「どうか、ミロルさんの解放にご協力いただけますでしょうか」
「そんなの、こちらからお願いしたいくらいだ」
アルバスの言葉に、コルヴァンと羽澄も警戒体制を解く。
これがファルケ国とリューゲル国の二つの国を、強固な絆で結ばれるきっかけになることを、この時誰も想像していなかった。
登場人物
魔法鑑定士:ダイール
ファルケ国王:セレーヌ・ケツァル
王妹:セレーヌ・エルシア
王息子:セレーヌ・リュミエ
王妹娘セレーヌ・フィリネ




