第五十五話 影に攫われた日常
羽澄とコルヴァンがデートした翌日。
孤児院では、いつものように聖骨院へ向かう準備をしていた三人。
しかしレイルだけはいつもと違い、アイルに宣言する。
「アイル、これから私は早めに出るわ」
「え、なんで?」
「ちょっとでもリーノと二人きりになれるでしょ」
「はっ、え、いや……」
思わぬ言葉にアイルは顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせる。
確かにレイルの支度はもう終わっており、弟のアイルに微笑みながら、部屋を出ていく。
「気がきくお姉ちゃんに感謝しなよー」
そう言って真っ赤な弟を置いて聖骨院に向かった。
一人で聖骨院前まで到着すると、そこには警護服を着た男の人が、開店を待っているように立っている。
お客さんを横目に聖骨院に入ろうとすると。
「ねえお嬢ちゃん、羽澄っていう人わかる?」
「えっ、わたし、ですか?」
「そうだよ」
突然話しかけられて驚いたレイル、何より抑揚がない男の声に不気味さを感じる。
「あ、はい、羽澄先生は私の雇い主ですが……何かご用ですか?」
男は喋りながらゆっくり近づいてくる。レイルは少し怖くて、一歩後ろに下がった。
(なんだろう、怖い)
「実は以前助けてもらったことがあって……」
(っ、消えた……?)
突然視界からいなくなった男だったが。
「その羽澄先生を、呼んできてくれるかい?」
「ひっ!!」
背後に回られ、驚きと恐ろしさで固まるレイル。
そして男は彼女の腕を掴んだ。
一方、羽澄とミロルは聖骨院の開店準備をして、コルヴァンは教会で聖癒布作成の準備中だ。
昨日買ってもらったペンダントをつけた羽澄は、それが目に入るたびに嬉しそうに微笑む。
「おはようございます」
「あ、レイルちゃん、おはよー」
「おはよう、あら、リーノちゃんとアイル君は?」
「二人は、後からきます……」
(あれ、元気ない?)
抑揚のないレイルの声、羽澄は少し心配する。
しかしレイルは淡々と、まるで機械のように口を開く。
「それよりも羽澄先生」
「何?」
「お客さんが来ていらっしゃいます」
「私に? 誰だろう」
「治療のお礼をしに来たとおっしゃってました」
「あら、律儀な方ねー」
「わかった、ママ、あとはお願いしていい?」
「大丈夫よー」
羽澄はミロルに開店準備を任せ、少しレイルの心配をしながら、彼女についていった。
「おはようございます、ミロルさん」
リーノとアイルは手を繋いできたらしく、可愛らしいカップルにミロルは顔を綻ばせた。
「あの、お姉ちゃんは……」
「あら? 羽澄ちゃんにお客さんが来たって言っていたど……外にいなかった?」
「見た? リーノちゃん」
「ううん、見てない」
首を振り不思議そうな顔をする二人。
「教会の方にいるのかしら」
そう言ってミロルが外に出ると、そこにはコルヴァンが屈んでいた。
「わっ、びっくりした……コルヴァン、どうし……」
と、話しかけた時、コルヴァンが何かを拾っている。
それはスクエア型のネックレス。
『コルヴァンに、プレゼントしてもらったの!』
昨日、嬉しそうにミロルに報告した羽澄の姿を思い出す。
あんなに嬉しそうで大切にしていたものを落とすなんて、考えにくい。
「……チェーンが、引きちぎられている」
コルヴァンの呟いた声に、ミロルは目の前が真っ黒になった。
そしてコルヴァンは、ペンダントの中に入っていた緑色の宝石をじっと見つめた。
フォルンも加わり、コルヴァンを囲む。
アイルとリーノは教会で待機してもらっていた。
コルヴァンがプレゼントしたペンダントは、中央を回すと外れるようになっており中にものをしまえるようになっている。
「ここに魔道具を入れたら便利だなって――まさか、こんなに早く役に立つとは思わなかったけど……」
無表情なコルヴァンが取り出した宝石を手に乗せ、保存されている映像を再生した。
『こざかしい真似をするなっ……忌々しい――同じ手が通じると思うなよ』
そう押し殺すように叫びながら、男が自衛用につけていたブローチ型幻灯機を壊す。
(なるほど、だから宝石に切り替えたのか)
コルヴァンは静かに納得する、映像は宝石を握った瞬間から映像が始まっているようだった。
『なんで、こんな所に……』
驚く羽澄の声、目の前にいた男は警護服を着たカルロの姿。
「っ、なんで……」
ミロルはそれ以上言葉が続かず、コルヴァンは集中して映像を見る。
『どうでもいい、そんなこと……それよりあんたには、俺と一緒に来てもらう。
もうこざかしい真似をするなよ……さもないと』
そう言うと、カルロはそばにいた女性の肩に手を置いた。
『っ、その子に触るな!』
その女性はレイル、しかもカルロから逃げる様子もなく……。
『ミロルさん、カルロ様に、そんな口を聞いてはいけません』
『っ、レイル、ちゃん……』
『無駄だよ……この子は俺の言うことしか聞かん』
――洗脳されていることが容易に想像できた。
アイルとリーノはレイルの無事を祈り、必死に教会で祈っているだろう。
だけど映像は無情にも続く。
『この子を殺されたくなかったら、黙って俺と一緒に来るんだ』
『……どこに?』
『ファルケ国……心当たりがあるだろ? 王女様』
『っ……私は』
『喋るな、助けを呼ぶな!
こいつの命がどうなってもいいのか?』
レイルにナイフを突き立て、羽澄を脅す。
なんとか隙を見つけてレイルを助けたいところだが、レイル自身が逃げようとしないので難しいだろう。
『お前をファルケ国に差し出して、謝礼金で俺の人生をやり直す。
一生遊んで暮らせる金のために、お前は一緒に来るしかないんだ……』
そう言うと、羽澄は諦めたのか……。
『っ』
カルロに気づかれないように、自らペンダントを無理やり引きちぎり、地面に落ちたところで映像が終わる。
「そ、んな……私の、せいで……私に間違えられて……」
ミロルが呆然と呟き、肩を震わせ顔が真っ青になる。
まさか自分ではなく実の娘が、王女に間違えられるとは、誰も思わないだろう。
「確かに羽澄は、こちらの世界では珍しい呼び方をする名前だし、カルロは王族としてファルケ国の御触れを知っていたんだ」
「しかし、そんなにうまく国を、出ることができるでしょうか……?」
「洗脳を使えば、簡単だろうな……洗脳する人間を転々と変え、逃げるつもりだろう」
震えるフォルンの質問を冷静に返すコルヴァンの声に、ミロルはきっと睨み付ける。
「なんでっ、そんなに冷静に……っ」
言おうとした瞬間、コルヴァンの震える肩と握りしめている手を見て、言葉を止める。
冷静なわけがない、そんなのわかりきっていた。
「――ごめん、八つ当たりだわ」
「いや……しょうがない、と思う」
自分の娘が、自分の身代わりに攫われる……しかも普段から、娘への愛が溢れている彼女だ。
身を引き裂かれるほど辛い思いだろう。
「――ともかく、ファルケ国に行くなら港だな……俺は三人を追いかける」
「わ、私もっ」
「いや、ミロルさんは城に向かってほしい……このことを知らせて、ファルケ国の船が出ないように協力を仰いでくれ」
「で、でもっ、羽澄ちゃんが……」
名前を呼ぶだけで泣きそうになるのか、今にも溢れそうなほど涙が溜まっている。
「落ち着いて、万が一、国を出ていたら、それこそ国の力を借りる必要がある。
港には城と連絡が取れる緊急用の魔道具があるから、それを使わせてもらうんだ。
この映像を見たら、すぐ理解してくれるだろう」
そう言ってコルヴァンは映像が収められた、緑色の宝石をミロルに託す。
「……」
(辛いのは当然だ……でもっ)
本当は傷ついているミロルに、最悪な想像はさせたくないが、今は一刻を争うのも事実。
「ミロルさん、しっかりして! 俺たちが動かないと、手遅れになるっ」
ぴしゃりと言われ、ミロルの息は浅く繰り返される――しかし。
「……そう、ね……私が、しっかり、しないとっ」
ミロルの表情が引き締まる。
「わかった、すぐ、城に向かうわ」
ミロルの表情は辛そうなままだったが、宝石を握りしめて立ち上がる。
「私はここで、あの子達と待っています」
そう言いながらフォルンは教会を見る、リーノは幼馴染が、アイルは姉が行方不明の中、必死に無事を祈っている。
「わかった……あとは頼むっ」
「フォルンさん、あの子達をお願い」
二人はフォルンに頭を下げると、それぞれ向かう道へ走り出したのだった。
港に到着したコルヴァンは、まず受付へ向かった。
人が多く焦るあまりぶつかってしまう。
「すみません、すみません」
謝りながらも、なかなか進めない状況にヤキモキする。
(俺が焦ってどうする、落ち着け……落ち着けっ)
「すまない、尋ねたいことがあるのだが」
「はい、どうしました?」
「ここに警護服を着た男性と大人の女性、十八くらいの女の子は見なかったか? ファルケ国行きの船に乗るはずなんだが……」
「んー、そもそも警護服を着た方は今日見てないですね……もう最終確認中で、これ以上乗船客は乗らないですねー」
訝しげな表情ながらも受付の女性が答えると、コルヴァンはお礼を言い当たりを見渡した。
港には船が並んでおり、時刻表を見れば、今出航しそうなのはまさにファルケ国行きの船だ。
(この船に乗っていたら……)
嫌な予感が駆け巡り思わず身震いをする。
もしかしたら服を変えているかもしれない、もしかしたら誰かを洗脳して船に潜入しているのかもしれない。
(くそっ、慌てるな……とりあえず出来ることをするんだっ)
コルヴァンはもう一度受付の女性に今の状況を話した。
「今、崩落事故の罪人が逃げ、国外逃亡を図っている、これから港を出る船を、一旦止めてほしい」
「えっ、それは大変……わ、わかりました、一旦報告しますので、少々お待ちください」
受付はそう言うと奥にある、魔道具で船に連絡をとっているようだった。
(これで、一旦はなんとかなるか……)
ホッとしていると、別の男性が受付へと入ってくる。
「コルヴァンさんですか?」
「はい、そうです」
「今、大臣から連絡が入りまして、すべての船を出航停止と、コルヴァンさんに連絡をとるよう指示が……」
と、男が言いかけた時。
――ボワアァァ
船の汽笛が鳴り、船が出発を知らせる。
「なっ、なぜ!?」
コルヴァンは咄嗟に船を追いかけ手をのばす……が、指先を船体がかすめただけで、無情にも港から離れていく……。
「はすみ―っ」
大声で叫んでも、答えてくれる人はいない。
(出航は止めたはず……まさかっ――)
嫌な予感に受付に戻ると、コルヴァンをニヤニヤ笑いながら見る受付の女性。
「あっはっはっ、たかが受付が船を止められるわけがないでしょ……カルロ様は、選ばれた方なんです」
「違うっ、カルロはただの罪人だ!」
訴えるコルヴァンに、受付はただただ笑い、そして願いを口にする。
「カルロ様、どうか無事に逃げ切ってください」
受付の女性は、カルロに洗脳されていた。
登場人物
従業員(幼馴染三人組)
巨乳料理好き:リーノ
姉回復魔法:レイル
弟攻撃魔法:アイル
聖骨院居候:フォルン
第二王子:ヴァルディア・アルバス




