第五十三話 まだ名前のない思い
聖骨院を閉店した後、羽澄はミロルに連れられて洋服屋に来ていた。
「そろそろこの世界の私服を買ってもいいんじゃないかしら、私も元々持っているけど、ずっと白衣はさすがに違和感あるわよね」
そんな会話にのせられて、来てみたものの。
「だからデートじゃないって」
「だからデートなんだって」
店の中で親子げんか勃発、コルヴァンが城下町を案内してくれる認識の羽澄に対して、二人で出かけるイコール、デートと主張するミロル。
それぞれの手に、それぞれが思う服が握られ、しばらくの時間喧嘩をしている。
「だいたいズボンは男性用しかないのよ? それをデートに着ていくなんて……」
「だからデートじゃないって、それにスカートは動きづらいから苦手なの知っているでしょ?」
「慣れなさい、いい大人なんだから」
「……いきなり正論言わないで」
「百歩譲って靴はぺったんこでいいから、まずはスカートから」
「ママのはヒール云々じゃなくて、私には似合わないって」
ミロルの手にはピンク色でフリルが着いた、フレアスカートのワンピを持っている。
一方羽澄は、いつも通りのズボンに、シャツというラフな服だ。
だが女性はズボンをはく習慣がないため、男性用……サイズも裾を詰めないと引きずってしまう上に。
「羽澄ちゃんのおしり、入らないでしょ」
「くっ……でかくて悪かったわね」
「ナイスバディーなのよ、羽澄ちゃんの体型は」
「ママ嫌い」
「……ババア呼びより地味に効くから、それ止めて」
お互い精神的ダメージを受けつつも主張を続ける、しかし羽澄はわかっていた。
「まあ、郷に入っては郷に従え、っていうことなのはよくわかる」
「でしょ?」
「でもママの趣味には合わせたくない」
「まあ、それはそうかも」
「もっと地味な服を探す、これで手を打たない?」
「……いいでしょう!」
話がまとまり仲直りした二人をみていた店の店主は。
「……もう決まりました?」
とちょっと迷惑そうにため息をついた。
「お買い上げありがとーございましたーっ、またお待ちしておりまーす」
先ほどの表情とは打って変わって、大量購入した羽澄たちをご機嫌な様子で送り出す。
「買いすぎじゃない? さすがに」
「だってぇ、ママも欲しかったんだもんっ。
でもお互いの予算範囲内だからいいんじゃない?」
「確かに……じゃあいっか」
荷物が多く、ギルド運営の馬車で帰ることに。
馬車の中でミロルは口を開く。
「やっぱり私はデートだと思うのよ」
「またそんなこと言って……」
「別に緊張させようと思っているわけじゃないの」
「緊張はしないよ、コルヴァンだし」
「そうそう気楽なデート」
「いやだから……」
「コルヴァンって、結構モテるのよ」
「は?」
「知らない? 貴族からお見合い申し込まれたり、ラブレター貰ったり」
羽澄は初めて聞いた話に目を見開いて、小さく呟いた。
「し、知らない……」
「この前レイルちゃんが震えて、泣きそうになりながら『女性から、こ、コルヴァンさん、宛の、手紙、あ、預かりました』って言ってきたときは、さすがにかわいそうだったわ」
母親からの思わぬ密告に、羽澄は自分でも良く分からず、ショックを受けている。
「ぜーんぶ断っているけどね、でも、結婚してもおかしくない年齢よね」
「……ま、まあ、確かに……」
「まあ身長は高いし、元騎士で聖拳士の勲章持ち、最近は聖骨院で資産も増えている……モテないわけがないわよねー」
「それは、まあ、ちょっと情けないけど優しいし、辛い過去を乗り越える芯の強さももっているし。
何よりそばにいると安心するというか、スッとフォローしてくれるところが……確かにモテるか」
(すごい褒めるじゃん、コルヴァンのこと)
羽澄の返答は、どう考えても好意があるものだったがやっぱり本人が気づく様子はない。
「まあ、それだけいい人なんだから、今のうちにデートしなきゃ、もう遊んでくれなくなるわよ」
「うーーーっ」
自分の感情がわからず、思わず唸る羽澄にクスリと笑い、もう一つ、素直な気持ちを吐露した。
「それにさ、この幸せがいつまで続くか、わからないじゃない?」
「え?」
「いつか、何処かに閉じ込められてしまうんじゃないかって」
「……」
「逃げきれなかったらどうしよう、って思うことがあるの」
それはミロルがファルケ国の元王女であり、現在懸賞金をかけられていることを示している。
「私だけじゃない、急に別れを余儀なくされることも、あるかもしれない……だから……羽澄ちゃんにも後悔してほしくないの」
「……そう、だね」
羽澄は今を精一杯に生きているつもりだが、ミロルの言う【後悔しない人生】を思えば、確かにコルヴァンの姿が頭に浮かんだ。
同じ頃聖骨院にて、杖をつき、仁王立ちしたフォルンが、なぜかコルヴァンを治療用のベッドの上で正座させていた。
「デートに着て行く服は、ちゃんと用意できていますか?」
「デートって……ただの城下町の案内ですから、普通にズボンと浅布のシャツですけど」
「ズボンの形は? 細身?」
「いや、普通のですけど」
コルヴァンがそういうと、フォルンは深くため息をついた。
――はあぁぁぁ
「ダメです、ラフすぎます」
「いや別に、案内ですから……」
「デートっ」
どうしても譲らないフォルンにびくりと怯えつつ、彼女の指導に耳を傾ける。
「まずブラウスにベスト、もしくは薄手のコートかマント……ズボンは細身で準備してください」
「は、はあ」
「絶対コルヴァンさんに似合います!」
あまりの剣幕に、思わずコルヴァンはタジタジになる。
「トキアス様との初めてのデートで、目一杯おしゃれしてくださった時は、それはそれは嬉しかったです」
思い出したのか、顔を赤らめ嬉しそうに話す。
「いつも成金っぽい感じなのに、そういうの控えめで、シンプルかつおしゃれな感じが……あ、いや、私のことはいいんです」
「……はあ、だいぶ話された後ですが」
ちょっと呆れたコルヴァンの呟きに、フォルンはこほんと咳払いをして、話を変えた。
「最初に確認ですが、羽澄さんのことをどう思っているんですか?」
「それは聖骨院の仲間として、大切に思っている」
「ミロルさんと同じってことですか?」
「まあ……ミロルさんとは、ちょっと違うか」
「羽澄が良く愛人の誘いを受けていますが、それについてはどうお考えで?」
「どう、お考えと言われても……」
コルヴァンが検査のフォローをし、異性との密着は少なくなったものの、愛人の誘い自体は減っていない。
(アルバス様も、変なこと言うし……)
以前の『妃にして守ってやれる』発言を思い出し、苦虫を噛み潰した顔になる。
「ほら嫌そう」
「……それは本人の意思で変わるもので、俺が嫌かどうかなんて関係ないかと」
「その考えは、後で後悔することになりますよ」
「……」
フォルンに言われて何も言い返せなかった、フォルン自体が今後悔しているのを見ているからだ。
「……まあ、おっしゃる通り、気にはなっています。
俺がずっと『巨乳』と言う偏見で見ていたら、今頃後悔していたかもしれません」
「羽澄さん、いい人だから」
「いい人……で片付けるには出来すぎた人格というか。
しっかりしすぎですね、芯が通っているところがいいところです。
そのくせ感情豊かで、無理していないか心配になります」
「すごく、見ているじゃないですか」
「……そんなことは」
「あるでしょ」
「……ですね」
どうもフォルンに圧倒されてしまうコルヴァンだったが、彼女の言葉が図星だったのは否めない。
「わかりました、どんな服装がいいか、教えて貰えますか?」
「いいですよ、伝授しましょう」
こうしてコルヴァンは、デート服をフォルンに助言して貰いながら考え、デートの日を楽しみに待つのだった。
ところ変わって城の中、国王の執務室に呼ばれたアルバスが、一つ質問をされた。
「アルバス……お前は、人を洗脳する力が欲しいか?」
「……それはカルロの強制崇拝魔法ですよね」
「そうだ、が、今のお前なら、魔法を譲渡する方法を知っているだろう」
「はい、聖権魔法……一般的には魔法鑑定と呼ばれていますが、実際は魔法の管理をする魔法……ですよね」
「そうだ、それを使えば魔法の譲渡ができる……欲しいか?」
「いりません」
即答するアルバスにガルーダ国王は満足そうに微笑む。
「そうか」
「まず洗脳をする事がありませんから、魔法を使用する機会がありませんね」
「じゃあ消すか」
「……父上は、カルロを生かす方法を考えていらっしゃるんですね」
「――口を慎め、アルバス」
「失礼しました、国王」
厳しく一括したガルーダ国王だが、本気で怒っているわけではない。
国王自身、自分が一番甘い人間だとわかっている。
国王として、大罪を犯した男はもう息子ではない……が。
(もし反省していれば、強制崇拝魔法を消滅させて――平民として新しい人生を送らせてやれないだろうか)
それが父親としての願いだった。
登場人物
聖骨院居候:フォルン
第二王子:ヴァルディア・アルバス
国王:ヴァルディ・ガルーダ




