第四十八話 歪んだ覚悟と、これからのこと
ニタニタと笑う豪邸の主と、怯えた目で震えるメイド、リーノ――それが始まりだった。
これは彼女が羽澄たちに会うまで、受けてきた仕打ちの記録。
当時無職だったリーノは料理が得意で、給仕侍女としての仕事を探していた。
しかし胸が大きいためなかなか職にありつけず、育った孤児院にお世話になっていた。
(レイルは同い年だけど、アイルなんて年下なのに仕事を見つけているって言うのに……)
幼なじみの兄弟二人は、回復魔法が得意なレイルは負傷兵の治療、攻撃魔法が得意なアイルは魔物駆除や護衛の補助で生活している。
(私が仕事見つかったら、孤児院を出て一緒に住もうって言ってくれているのに……)
リーノは焦っていた。
孤児院から何か言われたわけでもない。
でも同年代で、生活費を入れていないのはリーノだけ。
だから仕事が見つかったときは嬉しかったが、給仕侍女から寝室係を命じられ、少しがっかりした。
(料理好きなんだけどなぁ、でもチャンスが巡ってきたんだから、頑張らなきゃ)
そんな気持ちから、主人が直々に指導するという、違和感のある状況でも素直に従った。
しかし。
「やっ、止めてくださいっ、旦那様」
「やめないよぉ、なんのためにそんな、使えなさそうな体を雇ってあげたと思っているの」
その時初めて――寝室係に配属された意味を知る。
ベッドに組み敷かれ、気持ち悪い笑顔で近づいてくる顔。
(せっかく、見つけた仕事……)
口を閉じて耐えればこのまま仕事は続けられる、幼なじみ兄弟と一緒に住める。
(けど、無理っ)
「いやだーっ、助けてー!!」
「うるさい、黙れっ」
「むぐっ、ううっ」
やっとの思いで叫んだ声は、襲う男の手でふさがれる。
(やだ、やだよぉ)
そう思った瞬間。
――ガチャン
「あなたっ、いい加減にしてっ」
ドアが開いたかと思ったら、入ってきたのは奥方。
「なっ、おま……邪魔するなっ」
「放っておけるわけないでしょ!
早く、逃げなさい」
こうしてリーノは助かり、慰謝料を貰って退職する事となった。
しかし、助けてくれた奥方は、怒った夫に離婚を突きつけられた。
離婚後、平民の家で過ごしている奥方を見かけて、リーノは罪悪感を覚えることになる。
それからも、リーノは体目当てで雇われることが多くなり、考え方を変えるようになる。
(私が抵抗しなければ、誰も不幸にならない……いや、気に入られれば――悪いことは起きない)
自ら家の主人へ積極的に接するようになる、しかしそれでも嫉妬した奥方にクビにされたり、やっぱり嫌で逃げてしまったり……そして行き着いたのが。
「リーノちゃん、ダメだよ!」
アイルが必死にリーノと、彼女を遊郭に売り飛ばそうとする男の間に入る。
「こいつが望んだんだ、邪魔するな!」
「こんなに震えているのに、望んでいるわけないだろっ」
必死に男から離そうとするアイル、男は苛立ち思わず魔法を使う。
「いい加減に離れろ」
――ゴー
風魔法は細いアイルの体を簡単に持ち上げ、そして壁に叩きつける。
――ドゴッ
「かはっ」
「アイルッ」
「うっ、うぅ」
肩からぶつけたらしく痛々しく悶えている。
「くそっ、そっちが突っかかってきたんだからな!」
男は魔法を撃ったくせに、腰を引かせながら怒鳴り、逃げていった。
取り残されたリーノはアイルを引きずりながら必死に歩き出す。
――ズズッ、ズズッ
(レイルに、回復魔法をかけてもらわないとっ)
そう近くない孤児院へ、必死にアイルを運んでいった。
周囲には『落石事故』と伝えていたが、リーノが気にしないように本当のことは伏せている……それは姉にも秘密だ。
そしてリーノはと言うと。
(アイルまで傷つけた……私が怖がったから、抵抗したから……みんな不幸になるんだ)
歪んだ考えは治らなかった。
――そして現在
カルロを断罪した数日後。
神選会の教会にて教祖交代の儀式が執り行われ、王族からアルバスとストリが出席。
定休日のため聖骨院三人とトキアス、ロウフが見守る中。
「神選会のあるべき姿へ、レンカク殿へ託します」
「謹んでその使命を受けよう。
神と信徒のため、この老いぼれ全てを捧げることを誓う」
教祖の証である法冠が純太からレンカクへとかぶせられる。
厳かな雰囲気の中に、ホッとしたようなため息が漏れた。
(これで、純太さんの魂も救われる……)
羽澄がそう思った瞬間、答えるように純太の体が光った。
「……やっと、俺がいるべき場所へ帰れるんだ」
ゆっくりと体が薄くなっていく、純太はやっと成仏できる……その安堵感ににこりと笑いながら。
「みなさん、ありがとうございました」
という言葉を残して、完全にこの世から消えていった。
「純太さん、私たち、忘れませんから」
羽澄はそう呟き、レンカクは空に向かって十字を切り、祈りを捧げた。
教会を出て、トキアスが羽澄に話しかけてきた。
「フォルンは元気か」
「はい、歩行に多少の不自由はありますが、生活していく中で問題ないほど回復しています」
「そうか」
「魔力に関しても、だいぶ回復しています」
ホッとした顔になるトキアス、フォルンと和解はしたものの、やはり今まで通りとは簡単にいかない。
「もうしばらく聖骨院で療養する必要がありますが、その後は一人で職と住むところを探そうと考えているそうです」
(それにまだ、洗脳されていた人たちの処分が決まっていないし……)
まだはっきりとした明言がないため、フォルンも処分が下る可能性もある。
「――そうか」
トキアスは同じ言葉を呟くが、あきらかに声のトーンが落ちる。
「私個人の考えですが……フォルンさんは、洗脳される瞬間の映像を……見られたくなかったのかも、しれませんね」
「……そうだな」
それはカルロの罪が決定的になった映像、同時にフォルンがトキアスを裏切った瞬間でもある。
(それにフォルンさん自身が、浮気をしていたことを気にしているし)
ラヴェンと出会う前からフォルンが遊んでいたのは事実、どうしても自分が許せないのだろう。
「落ち着いたら会いに行きたいのだが……かまわないか?」
控えめに頼み事をしてくるトキアスに、羽澄は優しい微笑みを浮かべながら頷いた。
三人が聖骨院に戻ると、従業員たちが聖癒布を作っている。
もう発売する日も決まっており、在庫確保のラストスパートだ。
「ただいま、みんなお疲れ様」
羽澄はそう声をかけると、レイルとアイルは元気よく「「お疲れ様です」」と答えてくれたが。
「コルヴァンさん、お疲れ様です!」
そう言いながらリーノが抱きつこうとする。
が、コルヴァンはとっさに彼女の肩を掴み、動きを止めた。
「だから何故俺なんだ、今声をかけたのは羽澄だろ」
「でも、コルヴァンさんもそんな表情をされていましたしぃ」
止められてもめげずに両手を広げ、胸を揺らしながら抱きつこうと奮闘するリーノ。
しかし……
「……そんなに震えているのに、無理するな」
リーノの心情を見抜き、コルヴァンはさっと身を引いた。
その言葉にリーノは一瞬にして泣きそうな顔になるが。
「で、でも、ご主人様に、気に入られないと……皆さん、不幸に……」
指摘されたことで、どんどんと顔色が悪くなっていく。
「私が我慢、すれば、そうすれば……」
カタカタと震えだし、羽澄もミロルも様子がおかしいことに気がつくが。
「リーノさんは、昔の俺に似ている」
コルヴァンがそう言うと、リーノは驚いたように顔を上げ、不思議そうに彼を見る。
「……ちょっと、昔話をしようか」
コルヴァンの言葉に、その場にいた全員が耳を傾けた。
登場人物
大富豪:ハルビア・トキアス
現教祖:海藤 純太
神選会の教祖:チャルボ・レンカク
従業員(幼馴染三人組)
巨乳料理好き:リーノ
姉回復魔法使い:レイル
弟攻撃魔法使い:アイル




