第五話 目標
ミロルの考えは、羽澄の整骨院をこの異世界で開業すること。
体の根本から怪我を治す、コルヴァンもその技術を求めていたため、ミロルの話に乗った。
「なるほど、その話乗った!
……で、ここまで来るまで話長すぎない?」
「ミロルさんが脱線しすぎなんだ」
「あらー、お話しできるの嬉しいじゃない?」
全く悪びれる様子もなく、ミロルはゲラゲラ笑って、具体的な話を進める。
「施術の準備、商人ギルドへの登録諸々があるから、問題なければ一週間後に開業予定にしますか」
「料金関係も含めてその辺はママとコルヴァンさんに任せるよ」
「それなら分前は俺が四割で、あとは羽澄さんが受け取ってくれ」
「そうね、コルヴァンさんは魔法のみの時、いつもの銅貨五枚を回収してくれればいいし」
「私はこっちのお金事情がわからないので、お任せするよ」
「じゃあそれで決まりね、羽澄ちゃんはそのお金で宝石買って、ママに売ってくれればいいから」
こうして異世界で整骨院を開業する話がまとまったのであった。
(胸って、あんなに、柔らかかったのか……)
「コルヴァンさん、聞いてますー?」
「へっ!?」
右手をじっと見ていたコルヴァンに、ミロルが声をかけるとハッとしている。
「宝晶生成術兼鍛冶屋のお店、通り過ぎましたよーって、声かけたんですが」
「あ、ああ、失礼、こっちです」
そう言いながらミロルが指さす店に引き返す。
そこは石造りのこじんまりとした一軒家、煙突から黒い煙が立ち上り、木造のドアはところどころ焦げていた。
戻ってきたコルヴァンは、露骨に羽澄から顔を背けて店のドアをあけた。
(やっぱり、顔を見たくないほど嫌われちゃったか)
「ママが余計なことするから、コルヴァンさん怒ってるじゃん」
「違うわよ、あれは照れてるの」
「んなわけないでしょ」
羽澄はミロルの戯言を笑って流す、本来なら足を治して、打ち解けられればと思ったが。
(とりあえず、適度な距離を取りつつ仕事の話でもしてみるか)
と距離を測る羽澄だった。
「あれ、神父さん、足は調子が良いのかい?」
宝晶生成術の亭主であるゴブリンが、不思議そうに問いかける。
「こんにちは親方、実は完治しまして」
「はぁ? あれが完治? 魔法使ってやっと生活できるレベルだったのに?
ミロルさんが新しい魔法でも覚えたんかい?」
「いえ、私じゃなくて、娘の技術なんですー」
「ああ、前から自慢していた娘さん?」
わいあいあいと話している最中、目線を向けられて羽澄は挨拶をする。
「ミロルの娘、羽澄と言います」
「はぁー、ヴォルクスだ、よろしく」
(露骨に嫌な顔になったな……やっぱりこの胸が原因、か)
ミロルも体型は羽澄に似ているものの、胸が目立たない服装なため、あたりは強くないらしい。
「……この嬢ちゃんが神父さんを治したって?」
疑いの目を向けられつつ、羽澄は構わず口を開いた。
「ヴォルクスさんは肩がだいぶ歪んでいますね、姿勢もあまり良くない……コルヴァンさんと同じなら、体の歪みで魔力の流れが悪く、魔力そのものが弱くなっている可能性もあります」
「……なるほど、こりゃ自慢の娘だな」
「でしょ? 親方見る目あるわね」
一気に消えた嫌悪感、ガラリと変わった空気に羽澄はほっと息を吐く。
「で、何のようだい? こんだけ言い当てたんだから、いつものように宝石だけ、とかいわねぇよなぁ?」
「ああ、実は教会で整骨院を開業することになったんだ」
「せい、こつ……なんだって? 頭悪い俺にもわかるように教えてくれよ、神父さんよぉ」
「失礼、魔法で完全に治せなかった怪我を治せる、整体という技術を使った治療法だ」
「ほう、そんな技術があるのか」
「ああ、ただ値段はまだ決まっていない……おそらく高くなると思う」
「多分、銀貨一、二枚はいくかもしれないわ」
「それは高いな、ミロルさん、本当にそれだけの価値があるのか?」
「疑うなら俺が証人だ」
そう言いながらコルヴァンが足踏みをすると、ヴォルクスは低い声で「確かに」と唸る。
「コルヴァンさんくらいの施術だと、金貨一枚ね」
「……冗談ですよね? ミロルさん」
「半分本気よ」
「……えー、まあ、何か言いたいかと言うと、最初の客になって欲しいんだ」
ミロルのぼったくりを一瞥して、話を進める。
「俺と同じように、施術を受けて、その証人になってほしいんだ……もちろん、その分さっきの値段から安くする」
簡単に言うと見せ物とも言えるだろう、しかし宣伝するにはいい方法だ。ヴォルクスは少し考えたあと、ぽんっ、と足を叩き。
「よしわかった、俺も魔法じゃ痛みが引きにくくなっていたからな、その話、乗った!」
と、了承してくれた。
その後商人ギルドへ向かい、施術という内容に怪訝な顔をされたものの、特に問題なく終わった。
入会金は銀貨五十枚だが、分割でいいとのことで、数日後に許可が出ることとなった。
「最後にここだけ、見て欲しいところがある」
真剣な顔のコルヴァンに連れられたのは、一つの酒場だった。
中には陽気なリズムで踊る男たち、従業員も客も楽しそうで――幸せそうに見える。
しかし羽澄は震える声で呟いた。
「……皆さん、ひどい怪我……」
「やっぱり、わかるか」
「はい……これ、放置されてるんですか?」
「治療完了とされている」
羽澄が言う通り、ここにいる客も従業員も、表向きに怪我は治っているものの、どこか体の一部が不自然に変形したり、片腕が固まったように動かなかったりしている。
「ここにいるのは負傷した騎士たちだ。
魔物や賊から主君や国民を守り、名誉の負傷をした男たち。
……実際はお払い箱になって、誇りである剣や拳を奪われたものばかりだ」
踊って飲んで食べないとやってられない、魔法ではどうにもならずに、厄介払いされた現実なんて、だれも見たくない。
「ここで傷を舐め合うために毎日仕事をして、人生は楽しいって、思い込んでいる」
「時間が癒し、本当に楽しい人生になる……そう信じているのね」
「……」
二人の言葉に、この世界で過ごしたことのない羽澄には何も言うことができなかった。
「俺も足の怪我をして、聖拳士を辞めた……ここが無ければ、神父になることも無くどこかでのたれ死んでいたかもしれない」
コルヴァンが真剣な顔になり、羽澄を見つめて、続きを話す。
「俺はここにいる全員を、あんたの技術……もう一度立たせてやりたい。
いや、全員は無理だとは思っている…でもっ」
羽澄はもう一度酒場を見た。
確かに人によって重症度は違う、治らない人もいるかもしれない。
「助けます」
「え」
だけど口が勝手に動いていた。
(無理かもしれない、見ないと、わからないけど……見捨てるなんて、私にはできないっ)
そう思うと、羽澄は力強く答えた。
「全員、助けましょう」




