第四十一話 兄は天才だと、弟は信じていた
ストリは物心ついた頃から、自分が中途半端な存在だと感じていた。
王子と呼ばれるが城の敷地内にある別宅に住んでいる。
兄が二人いるが、扱いがまるで違う。
そして一緒に住んでいる母親はというと。
「ママ、今日ね……」
「リネットです、私はストリ第三王子の専属侍女です……お間違えないよう」
「……はい、ごめんなさい、リネット、さん」
しゅんと落ち込みながら言い直す、申し訳なさそうに頭を撫でる侍女は、間違いなくストリの産みの親だ。
――何故こんな関係になったのか……それは、ストリが国王とメイドの子供だから。
王妃はストリが生まれる六年前に亡くなっており、塞ぎ込む国王の支えとなったリネットが愛し合いストリが誕生した。
内情を知っている人間は、リネットに感謝するほどだ。
しかし一般的には許されない関係、ストリを身籠った時点でリネットは産むなら側室、産まぬなら処理——そんな選択を迫られた。
「リネットよ……私としては子を産んでほしい、そして側室としてそばに居てくれないか」
それが国王の望みだった……しかし。
「もちろん、授かったこの子を産まない選択肢はありません。
願わくは、この子を守れるように、ストリのそばに居させてください……そのためなら、母の資格を捨てます」
ただでさえ使用人の子供として、不遇な生活が容易に想像できる。
側室になればリネットを陥れようとして、ストリに危害を加える者もいるだろう。
母としての願いにガルーダ国王は、特例としてリネットの願いを聞き入れた。
国王の子として認知し、使用人が住む区域に、質素な別宅を建てた。
王子としての教育は受けるものの、帰る場所は別宅……家臣たちの視線はあまり良くない。
好意的な家臣たちもいるが、余計な争いを避けるために、腫れ物を扱うようにストリに接する。
そんな中、誰と接しても態度を変えない存在がいた。
「ストリ、聞いてくれ」
「お兄様、どうしたの?」
この国の第二王子、そしてストリの兄のアルバス。
彼はストリに対して、分け隔てなく弟として接してくれる貴重な存在。
自分に対して『様』をつけず、敬語も禁止するようにストリに言い聞かせた。
「今日、お父上から書物庫の出入りを許可されたんだ」
「すごい、ずっとしょもつこの本をよみたいと言ってたよね」
「ああ、嬉しくて全部読んでしまったよ」
「……え」
「一晩かかったけど、とても面白くて勉強になった」
まだ幼いストリにも、書物庫にとんでもない数の本が保管されていることは容易に想像できる。
それをたった一晩で読んでしまったのだ。
「すごいっ、お兄様は天才だっ」
「そ、そうか? ストリに言われると悪い気はしないなあ」
と照れくさそうに笑うアルバスは、ストリの憧れの人だった。
「王族の魔法使用者は血のつながりと、信頼関係が高ければ血統共鳴が使えるらしい」
「けっと、きょうめい??」
「血統共鳴だな、通信魔法とは違い、どこにいても結界を張られていても、脳内で会話とかできる力だ」
「僕とお兄様も、つかえるかな」
「ああ、きっと俺たちならできる……なんてったって大好きな弟だからな」
「うれしいっ、僕も、お兄様大好き!」
この時からストリの夢はアルバスの力になることだった。
――しかし。
「俺が書物庫の本を? え、そんな事言ったっけ?」
アルバスは書物庫の本を読んだことも、血統共鳴の話をしたことも忘れてしまい。
「俺が努力したところで魔力が高いわけでもなし、王位継承者はカルロ兄上だし、ストリは優秀な補佐になれるよ」
かつて天才と呼ばれた面影は消え、アルバスは自らを「出来の悪い第二王子」と呼ぶようになっていた。
それでもアルバスの、本当の優秀さを信じていたストリは。
《ストリ、聞こえるか?》
(!!)
脳内にアルバスの声が聞こえたとき、すぐに思い出せたのであった。
コルヴァンたちが呼び出された話をし出した頃、ストリの頭の中では、アルバスの声が聞こえていた。
《聞こえているよ、血統共鳴だよね?》
《ああ、そうだ……覚えていたんだな》
《もちろん、僕はお兄様とこうして話せるって、ずっと信じていたんだ》
《ストリ……》
ストリは胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(僕は、ずっと信じていた……お兄様が天才だって)
まだ幼い頃の言葉なんて、信じないか覚えていないのが普通かもしれない……しかしストリはずっと信じていた。
自分を普通の弟として扱ってくれる、最愛の兄のことを。
《信じてくれてありがとう……お前にずっと言えなかったことがある……ショックを受けずに聞いて欲しい》
そう前置きのあと、アルバスはストリに全て話した。
子供の頃からずっとカルロに洗脳されていたこと。
フォルンの怪我と今の境遇がラヴェンのせいということ。
崩落事故の犯人がラヴェンで、カルロが証拠を捏造していること。
そして。
《ラヴェンはカルロの元護衛騎士、セグロ。
……おそらくストリの怪我も、カルロが関わっているっ》
本来ならストリがショックを受ける内容だが、アルバスの声の方が苦しそうだ。
《そうですか……僕はなんとなく、カルロ兄上が苦手でしたから……そんなにショックではないです》
アルバスと違い、カルロはストリを使用人の子供としてしか見ていない。
《一族の恥、と、言われたこともあるし》
《そんな酷いことを……すまない、気がつかなかった》
《いえ……お兄様は悪くないから》
アルバスはストリに対して過保護なところがある、歩けなくなってから尚更だ。
《僕はもう十六歳です、歩けるようにもなりましたし……ちょっとやそっとのことではへこたれません》
《……そうだな》
優しいアルバスの声が、覚悟のある声に変わる。
《ストリ第三王子よ、お前の助けが必要だ》
《!! はいっ、アルバス様、どうかご指示を》
《今ある証拠を、全員から受け取り、俺の指示があるまで、羽澄先生たちの住む別世界へ逃げろ》
そして夜は明け、太陽を隠す雲が空を覆う。
この後に訪れるのは、全てを照らす日の光か――。
それとも真実を流す雨なのか……。
謁見の間で並ぶ主要人物たちにも、その結末をしるものは、まだいない。
初登場
ストリの母親:ランプ・リネット
登場人物
国王:ヴァルディ・ガルーダ
第二王子:ヴァルディア・アルバス
第三王子:ヴァルディア・ストリ
第一王子:ヴァルディア・カルロ(名前だけ)




