第四十話 それでも君を愛している
「それでは、フォルンさんの治療を始めます」
神選会から帰還し、翔も現代へ戻った。
聖癒布の作成も順調に終わり、従業員たちは帰宅している。
今は聖骨院のベッドに大富豪トキアスの元妻、フォルンが横になっている状態だ。
「しかし足を治しても、歩くときは杖が必要になると思います……事故で内臓が傷ついているので、疲れやすくもなりますし」
「わかりました」
羽澄の言葉に動じることなく頷くフォルン。
ミロルと共にフォルンの車椅子を押してきたアルバスの弟・ストリは、心配そうに見守っている。
「回復魔法がかかっているので、通常の治療をします。
痛みが続きます。我慢ができなければ睡眠魔法をかけることも可能ですが」
「いえ、必要ありません」
きっぱりと断るフォルンは覚悟が決まった表情をしていた。
「その痛みも受け止めますから」
まっすぐ天井を見るその視線に、強い意志を感じつつ、ミロルは一つ質問をした。
「答えられそうなら教えて欲しいんだけど、フォルンさんはラヴェンとカルロ様が一緒にいるところを見たことがあるの?」
そう尋ねると、フォルンは勢いよくミロルの顔を見る。
「……あります、が……これを話すことで、ご迷惑をかけるかもしれません」
少し迷いは見えるが、口は固く閉ざされている。
彼女が話さないのは裏切りではなく、恩人たちを巻き込まないための配慮。
(かくまった数日で、彼女の感情が少しわかったような気がする)
羽澄は、もしフォルンの立場だったら、すぐ情報を公開していただろう。
それが相手側のためになるから。
だけどフォルンは元夫であるトキアスや、瀕死の状態から助けてくれた羽澄たちを、巻き込みたくないから、話したくない。
「私は恐ろしいんです」
「フォルンさん……」
「私が、誰かの迷惑になってしまうんじゃないか……不安なんです」
強い意志を持っているようで、瞳の奥は不安で揺れている。
(やっぱり、ラヴェンに洗脳されたとはいえ、トキアス様を殺そうとしたこと……気にならないわけないよね)
彼女にとって、今一番信じられないのは自分自身なのだろう。
「それなら、私に見せてくれませんか?」
羽澄の提案に、フォルンは首をかしげる。
「……どういう、ことですか?」
「私は過去を見ることができる魔法を持っています」
「っ」
「集団診断の時にラヴェンとの関係を知ったのは、その能力と魔道具のおかげなんです」
「まさか、過去を見る……魔法?」
「はい、その、勝手に見てしまって、ごめんなさい」
「そう、言うことだったんですか」
羽澄が頭を下げると、戸惑っていたフォルンの表情が、僅かに緩んだ。
「あの映像は、あなたが見せてくれたものだったんですね」
「はい……ごめんなさい」
「いえ、あれでトキアス様を助けてくれたのだから……ありがとう」
「フォルンさん……」
まっすぐな顔で羽澄を見る、その表情には僅かな不安は消え去っていた。
「どうか、私の過去を覗いてください……ラヴェンとカルロ様の策略を」
一方、城ではアルバスの父親である、ガルーダ国王の帰還に朝から慌ただしかった。
「父上、お帰りなさい。長旅、お疲れさまでした」
しかし到着したのは午後だった、予定時間より帰還が遅れるのは良くあることだ。
無事ガルーダ国王が帰還し、アルバスは車寄せにて馬車から降りるガルーダ国王を迎える。
「ただいま、話したいことも沢山あるのだが……今は崩落事故の被害者への対応と、復興を注視せねばな。
実はもう現場には行ってきたのだよ」
「え、もう?」
「ああ……カルロが現状をすぐ見に行った方がいいと言われてな……あまりにも酷い惨状だった……」
「はい、事故当時も……」
「そういえばお前もタイミング良く事故現場に向かったそうだな」
「?」
ガルーダ国王の言い方に違和感を覚え、アルバスは不思議そうにガルーダ国王を見つめる。
「どういう意味ですか?」
「ロウフ、トキアスも一緒にいて、現場にはレンカクが居た……そう説明を受けている」
「おっしゃる通りです」
「カルロはあまりにもタイミングよく現場に到着して、救護を行ったことを不思議に思っているようだ」
ニヤリと笑うガルーダ国王に、アルバスは嫌なことしか思いつかなかった。
(父上に不信感を吹き込んだのか……)
おそらく、トキアス、ロウフ、レンカク……そしてアルバスを巻き込んで責任を押し付けるつもりなのだろう。
(俺なら俺が口にする言葉はひとつ)
アルバスはにっこり笑う。
「いえ、俺は兄上が将来治めるこの国を、守りたいだけです」
まだ洗脳されているふりをする。
そんなアルバスに驚いた顔をしてから、またニヤリと笑った。
「お前も、そんな顔をするんだな……」
そんな含みのある言葉を呟く。
(父上、何か、気づいている? ……それとも)
ガルーダ国王の真意が不明で困惑しているアルバスだったが、ガルーダ国王は構わず言葉を続ける。
「明日、謁見の間にて調査報告をしてもらう」
(明日か……かなり早いな)
昨日聖骨院に行った後、あの三人と大富豪トキアスが集めた証拠は、アルバスが受け取っている。
しかし羽澄たちに依頼していた証拠は手元にない。
(聖骨院にロガモを送って事情を……)
「ああ、あと、アルバスには見張りをつける、護衛たちも部屋から出てはならぬ」
「……それは、どのような理由で?」
「カルロがな、最近ふらりとどこかに行くアルバスが怪しいと申してな」
ガルーダ国王に言われて気づく、2人の騎士がアルバスを見張るように立っている。
(いつのまに……またカルロかっ)
思わず心の中で悪態をつく。
「お前もカルロに疑われたままも嫌だろう、身の潔白を証明するためにも、今日は大人しくしておくと良い」
そう言われ、アルバスは拳を握り考える。ガルーダ国王の視線が冷たい。
(まだ証拠が足りない……カルロの悪事を暴く証拠がっ)
そんなアルバスに気づいているのかどうかわからないが、ガルーダ国王は話を進める。
「トキアス、ロウフ、レンカクも明日は呼び出しておる……が、明日の報告まで接触することはできんからそのつもりで」
「……そう、ですか」
完全に疑われている今、アルバスにできることは。
「でしたら、俺も報告することがあるのですが……呼び出して欲しい人がいます。
神選会の幹部、ラヴェンです」
当事者である、ラヴェンを引き摺り出すことだけだ。
話は戻り聖骨院にて、フォルンの治療が終わっていた。
「大丈夫ですか? フォルンさん」
「大丈夫……この痛みは覚悟していたので」
「よかった……では、立ってみてください」
羽澄に言われてゆっくり立ち上がる、そして一歩、二歩と歩く。
痛みなく歩けたと思ったが。
――ズキッ
「くっ」
――どさっ
急に力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
「フォルンさん! 大丈夫、ですか?」
「はい……っ」
なんとか立とうとするが、力が入らずまたへたり込んでしまう。
「フォルンさん、掴まって」
「はぁはぁ……うぅっ」
羽澄が心配そうに手を差し伸べるが、フォルンはその手を取ることもしない。
すると、今まで気丈に振る舞っていたフォルンの瞳から、大粒の涙が溢れた。
「平気、です、だい、ぐずっ、じょうぶっ」
「フォルンさん……」
羽澄の力ない呼びかけに、フォルンは言葉を返すこともできない。。
「ううっ、はあぁ、くうっ」
涙はとめどなく溢れる、まるでダムが崩壊したように……それは感情も同じだった。
「あんなにっ、幸せだったのにぃ、ううっ、私は、なんで自分からっ、手放すなんて!」
子供のように泣きながら自分を呪う……彼女はこれを一人で抱えていた。
うまく歩けなかったことで、爆発してしまったのだろう。
「ごめんなさい……ごめん、なさいっ、トキアスさまっ、ごめんなさい……」
ずっと愛する人の名を呼び、謝り続けるフォルンの姿に、羽澄たちは声をかけることができなかった。
「うう、トキアス様、あ、愛しております……」
フォルンの独り言は、今まで口にしたことのない愛の言葉に変化していく。
「ずっと、愛して、おりますっ」
(……どうして)
羽澄は思う、事故に巻き込まれたフォルンを必死に探して、助けて欲しいと叫んでいたトキアス。
(二人は両思いなはずなのに……)
嘆くフォルンに羽澄たちは何も言えず、ただ見守るだけだった。
――が。
「私もだ、フォルン」
「っ」
まさか返答にフォルンは動きを止める。
フォルンの言葉に、答えられる人間はこの世にたった一人……。
「フォルン、私も、愛しているよ」
フォルンが顔を上げると、聖骨院の入り口にトキアスの姿が……その場にいた全員、トキアスの登場に驚いている。
「ト、キアス、さま……なぜ……」
「フォルン、掴まって」
フォルンの質問には答えず、優しい微笑みで手を差し伸べる。
しかしフォルンはその手に触れることができない。
「できません」
「どうして? 私のことを愛しているのだろう?」
「っ、そ、そうですが……私は裏切り者です」
「……私は愛するものを支えたい、それは贅沢な願いなのだろうか」
「あ、愛される、資格などありませんっ……どうか、私のことなど忘れて――」
「それは無理な話だ、愛し合っていると知って、こんなに嬉しいことを、忘れるなんてできないだろう」
「っ」
どこまでも一途なトキアスの気持ちに、フォルン自身、覚悟が揺らいでいくのがよくわかる……そして、彼女が絞り出した返答は。
「……治療師として、なら」
「治療師?」
「元々雇われたのも、治療師としてですし。
最初に戻るだけです……仕事として、必ずお役に立ちます」
「わかった、じゃあ治療師として、仕事仲間になろう」
「……はい、ありがとう、ございます」
こうしてフォルンは、差し出された手に、自分の手を重ねたのだった。
「えー、急に、訪ねて申し訳なかった」
珍しく顔を赤らめてトキアスが謝罪する。
「あと、恥ずかしいところを見せた」
そう言うトキアスに支えられながら、フォルンも顔を真っ赤にしながらも、幸せそうに微笑んでいる。
「まったくじゃ、トキアス様を連れてきたことを、少し後悔したぞ」
「というか、俺たちがいることも忘れていましたよね、トキアス様」
そして一緒に来ていたレンカクは不満そうに、ロウフはニヤニヤしながらトキアスに突っ込む。
「むう、申し訳ない……まさかフォルンがいるとは思わず、その、つい」
「や、やめてください、さっきのは忘れてくださいっ」
フォルンも顔を真っ赤にして、熱い頬を両手で覆う。
幸せそうなやりとりに、羽澄は無意識にコルヴァンを見ていた。すると思いっきり目が合い、コルヴァンは顔を真っ赤にしてしまう。
(なんだろう、目が合って、照れちゃったのかな?)
そんなコルヴァンを不思議に思うが、自分の顔も真っ赤になっていたことに羽澄は気がつかない。
「あー、えー……それで、皆さんは今日どうされたんですか?」
気まずく思いながらも気を取り直し、羽澄が尋ねると、コルヴァンが結界を張ったのを確認してから、レンカクが話し始めた。
「実はな、明日、この三人が国王に城へ来るよう呼び出されたのだ。
証拠集めの件も合わせて、報告しようと思ってな」
「えっ、早くないですか?」
羽澄が驚くと、レンカクも深く頷き口を開く。
「ああ、予定より二、三日早い……地下労働場の崩落事故について、説明を求められておるのだよ……」
「どうやら明日、謁見の間で報告をしないといけなくて。
元々アルバス様への労いの場だったのが、調査報告会に変わっているんだ」
ロウフも呼び出しに対して不信感を抱きながら、羽澄たちに言い聞かせるようトキアスに質問する。
「トキアス様はアルバスと会えなかったんだよね?」
「ああ、事情を伺おうと思って訪ねたのだが、正門も通ることができなかった……こんなことは初めてだ」
――嫌な予感がする、この場にいた全員が感じている空気。
「羽澄君、流石に昨日の今日で証拠は……」
「あ、あります」
「あるんだ……」
レンカクの言葉にすぐ答えた羽澄、ロウフも驚き呟く。
「純太さんにも会ってきました」
「……仕事が早すぎて流石というか、少し怖くなってきたぞ」
流石のレンカクもちょっと引き気味だったが。
「そんな……お兄様」
ふと、ずっと見守っていたストリが呟く。
突然の言葉に全員ストリに注目すると、彼の目は焦点が合わず、ぼーっと何か呟いている。
「ええ……それ……うん……」
しばらく呟いた後、目の焦点が戻り、ストリはトキアスたちの方を向く。
そして口を開いた。
「これから、ストリ第三王子として、皆に命じます」
初登場
国王:ヴァルディ・ガルーダ
登場人物
第二王子:ヴァルディア・アルバス
第三王子:ヴァルディア・ストリ
大富豪元妻:フォルン
大富豪:ハルビア・トキアス
神選会の元教祖:チャルボ・レンカク
商人ギルドマスター:ロウフ




