第三十六話 チョロい神官と、後悔する女
「また聖骨院か……」
ラヴェンは腕を組んで思わずため息をつく。
「はい、ストリ様を最後に見たのがそこだと情報が入っております」
「フォルンの行方はわかっていませんがぁ、崩落事故後にトキアス様が教会に入っていきましたぁ」
「やはり、聖骨院を調べる必要があるか」
そうラヴェンは呟いたものの。
(でも今日素顔見られている可能性あるし、あんまり行きたくないなー)
本音を言えば、羽澄に素顔を見られていないか確認してから、聖骨院に行きたいところ。
「それならば私が、調査しに行きましょう」
声を上げたのは、オルロックだった。
「ストリ様の関係者として訪ねれば問題ないでしょう」
「……頼めるか?」
そういいながらラヴェンは眼鏡を取り出した。
「これは魔力の強さが見られる魔道具だ、壁越しでも使えるから、建物の外からでも二人がいるかどうか確認できる……持っていけ」
「はっ、ありがとうございます」
オルロックは眼鏡を受け取り、明日、聖骨院へ潜入することになった。
そして翌日、オルロックは眼鏡をかけ、教会の様子を伺った。
(魔力の反応が一つだけあるな、それほど大きな魔力ではないが……聖骨院の方には二つある、これは治療師のものか)
教会の魔力を確認しようとドアを開き、中に足を踏み入れた。
「どなたですか?」
中から聞こえてきた声、そして――オルロックは出会ってしまった。
スラリとしているのに胸は大きく、白衣がまるで羽のように見える。
ステンドグラスからの光は、その女性を照らし、神々しく輝いて見える。
「……女神、様」
「え?」
驚いたような声を上げたのは、女神ではなくミロルだった。
「はっ、あ、も、申し訳ありませんっ! まさかこんな美しい方がいらっしゃるとは、思わず……」
「あらー、美しいだなんて照れるわー」
褒められたらすぐ喜ぶミロル、にこやかに微笑みながら「礼拝ですか? こちらへどうぞ」と声をかけ、オルロックを長椅子へと誘導した。
「ママ、遅いなぁ」
「確かに、まだ事務所に帰ってきてないな」
聖骨院の治療が落ち着いたものの、教会からまだ戻ってきていないミロルに二人とも首をかしげる。
不審に思いながらも二人で教会に様子を見に行くと。
「さっすがー」
「いえいえ、これくらい普通ですよ」
「私、知らなかったー」
「良ければなんでも教えますよ」
「すごい、うれしー」
長椅子に座る男性に、褒めちぎるミロルの姿。
「ミロルさん……?」
「あらコルヴァン、羽澄ちゃん、もう時間?」
二人に気づいたミロルは、にこやかに席を立ち、そしてオルロックに申し訳なさそうな顔で言った。
「お時間取ってごめんなさい」
「いえいえ、とても楽しい時間でした」
にこやかに帰って行く男をぽかーんと見送り、教会のドアが閉まったあと、羽澄はミロルに質問した。
「ママってキャバ嬢?」
「働いたことないわよー」
にこやかに答える母親の姿に、ちょっと引いた娘だった。
「あのオルロックっていう人、ストリ様の神官だったわ」
「え!!」
「あの偽神官!?」
お昼中、まさかの人物に思わず大きな声を上げる。
幸いコルヴァンが結界を張る癖がついたため、外に漏れることはなかったが。
「そんな人と何を話したの」
「いやー、苦労したのよ……女性が男性を褒める『さしすせそ』を使ってからはちょろかったわよー」
そう笑いながら、ミロルは仕入れた情報を共有した。
「どうやらストリとフォルンの居場所を探していたみたい、ストリ様が聖骨院に入っていく姿を見られて偵察しに来たみたいね」
「偵察って、もっと隠密にやるものじゃないの」
「相手が悪かったわね、彼。
……それで、神官がかけていた眼鏡あったでしょ?
あれ、魔力の強さが見える魔道具みたい、壁関係なく、魔力が見えるみたいよ」
「……それ、絶対外部に漏らしちゃいけない情報だよね」
「たぶん熟女好きなのねー、彼」
羽澄は敵ながらオルロックのことが心配になる。
「まあ二人とも、ここにはいないって答えておいたから大丈夫」
「まあ、見つからなかったからよかった、か」
コルヴァンの言葉に、全員安堵のため息をついたのだった。
「ストリ様、フォルンさん、到着しました」
異世界へ入る扉を開けて、羽澄とミロルが車いすを押しながら部屋に入る。
二人がどこにもいないのは、現代に避難させていたからだ。
初めて連れて行ったときは二人とも驚いていたが、保護には一番的確な場所だと理解してくれた。
「ストリ様、リハビリは順調ですか?」
「はい、とてもっ」
羽澄が声をかけると、ストリは嬉しそうに返事をして、歩いて見せた。
「痛みは全くありません、こけることも少なくなりました。
翔おじさまが手伝ってくださるので、とても楽しいです」
「良かった、パパも息子ができたみたいで楽しいって言っていましたよ。
リハビリはもう少しです、帰りはそのまま歩いて帰りましょう」
「はいっ、羽澄先生」
「ではコルヴァン、回復魔法お願い」
「わかった」
コルヴァンに魔法をかけて貰いながら、嬉しそうに笑うストリと対照的に、フォルンは無表情なままだ。
フォルンの足は、まだ治療していない。
治療は始められるが、本人が拒否しているからだ。
「私は、もう治療も何も必要ないです……ここから放り出してください」
「そんなことできません」
「じゃあ殺してください」
「そんなことできません」
「怪我した状態に戻してください」
「そんなことできません」
ずっとこんな調子で治療ができないでいる。
「……とりあえず、午後の診療が始まるので……ママ、フォルンさんをお願いしていい?」
「わかったわ、連れて帰るわね」
その返事を聞いて、羽澄とコルヴァンは整骨院へと戻っていった。
現代へ戻る途中、車いすを押しているミロルの後ろをストリがついて歩く。
ミロルはふとフォルンへ声をかけた。
「フォルンさんって、無責任ですね」
「……何よ、いきなり、」
「否定しないってことはわかっているんだ、自分が逃げていること」
「……」
「全てお見通し! ここから逃げたら大金を手に入れるチャンスがありますもんねー」
「……」
「やっぱり知っているんですね、ローラ王女のこと」
フォルンの沈黙から、自分の正体が知られていることを悟る。
二人を現代で匿ったあとに聞いた、ファルケ国の探し人でありミロルの本名。
「僕は言いません、誰にも絶対言いません!」
妾の子とはいえ、ストリも王族として知っていたらしい。
「馬鹿にしないで」
ふと聞こえた呟き、それはフォルンのぶっきらぼうな言葉だった。
「私にだって恩人を裏切るほど、荒んでないわ」
「死にたいと言っている割には、恩人っていってくれるんですね」
ちょっと含みを入れてそう言うとフォルンは首を振る。
「私の怪我を治したことじゃないわ、トキアス様を助けてくれたことよ」
「え?」
「私が、殺そうとした……トキアス様を、助けてくれた……」
そこまで言うと、言葉に詰まり、肩をふるわせる……どうやら涙を流しているようだった。
「貴方たちは、私の殺害、計画を止めてくれた……トキアス様を、助けてくれた、恩人……私はただの裏切り者」
「それはラヴェンに洗脳されていたからであって」
「いいえ、裏切ったのは殺害計画の前から――二度も不倫した」
(うぬぼれていたんだ……私はトキアス様の隣にいるだけで、役に立っている気になっていた)
『……私なりに、大事にした、つもりだったのだがな』
まだ洗脳されていた時に、トキアスが呟いた言葉と表情が頭から離れない。
「私が側にいるから、トキアス様が幸せなんだ、ちょっと遊んだって許される……自分にそんな価値があると、勘違いしていた」
「もちろん不倫はダメですが……トキアス様は、幸せそうでしたよ?」
「違う、幸せにして貰っていたのは、私の方だった……」
フォルンは顔を上げた、まだ現代へ戻る途中の道で、涙を流しながら気持ちをはき出す。
「私はっ、しらなかっ、た……こんなに、トキアス様を、愛していた、なんてっ」
涙を流しながら絞り出した叫びは、ミロルとストリだけが聞いていた。
「あの人の幸せを壊した自分を、私は殺したいほど、憎んでいる」
「だけど、フォルンさんが死んで、一番悲しむのは、トキアス様ですよ」
「うぅ……うわーんっ」
ミロルの優しくも残酷な事実に、フォルンは子供のように泣くのだった。
登場人物
巨乳のシスター:ノクス
城の神官:オルロック
第三王子:ストリ・ヴァルディア
大富豪の元妻:フォルン
大富豪:ハルビア・トキアス(名前のみ)




