第三十五話 消えた王女の名前
「ママ……どうしたの?」
ミロルの背中をさすりながら優しく聞くが、ミロルはなかなか口を開かない。
二人を見つめていたコルヴァンが、目を細めて口を開く。
「俺がいると話せない話か?」
「……」
答えないミロルの態度が、コルヴァンの質問を肯定している。
「言いづらい理由は、俺が頼りないからか?」
「……まあ」
「そこは否定しないのか」
ちょっとミロルらしさが出てきたものの、詳細を話してくれるほどではない。
「トキアス様に、何か言われた?」
「……ファルケ国のことを」
そういわれて羽澄はピンと来る。
(もしかして、王女のことで……)
羽澄は優しい声で、ミロルに声をかけた。
「ママ、コルヴァンに、話していいと思うわ」
「……」
「確かに頼りないところもあるけど」
「羽澄までいうことないだろ」
「ママの正体を知っても、何も変わらないと思うよ」
「……」
「何のことかはわからないが、羽澄の言う通りだ。ミロルさんが何者でも、お調子者という印象は変わらないから」
「……馬鹿にしている?」
「してない、してない」
コルヴァンの言葉に引っかかりを感じつつ、少し軽口を言い合ったからか、ミロルの顔色が少し良くなっていた。
「そうね……じゃあ誰にも言わないって約束してくれる?」
「もちろん」
「騎士仲間にも話さない?」
「……アルバス様といい、俺めちゃくちゃ信用ないな」
苦笑しながらもコルヴァンはミロルをまっすぐ見て。
「誰にも話さない、ここだけの話にとどめる」
真剣な表情で宣言するコルヴァンに、ミロルはゆっくりと口を開いた。
「私はファルケ国の、第二王女だったの」
「フォルンは元気か?」
「元気、だと思います……ずっと黙って遠くを見ているので」
「そうか……」
トキアスの馬車に乗り、少し会話をしたあと……トキアスは徐に口を開いた。
「自国に、帰還されるご予定はございませんか? ローラ様」
「っ」
まさかの名前に、ミロルの動きが止まる。
「何故、その、名前を……」
「……やはり、ミロルさんがローラ王女だったんですね」
「昔の話です、ローラはもうこの世にいません」
ミロルは最初、驚いていた様子だったが、今は鋭い視線でトキアスの様子をうかがっている。
「ご安心ください……私にとってはフォルンを救ってくれた聖骨院のミロルさんですから」
「だけど……それならどうして、その名を呼んだのですか」
ごもっともなミロルの質問に、トキアスはしっかりと答える。
「今ファルケ国は、ローラ王女を血眼になって探しています」
「……何それ、今更?」
「そうです、以前話しましたよね? 魔法鑑定で嘘の診断がされたことを」
「ええ、覚えているわ……使えるはずの魔法を、わざと伝えなかった……と」
「はい……詳細はわかりませんが、ファルケ国はその魔法を求めているようです」
「……」
「そして去年【ローラ王女を見つけた者にはいくらでも賞金を与える】と国から公表されたのです」
「!! ……そこまで?」
一国がそんな公表をするのはよっぽどのことだろう、しかも【いくらでも】と記載がある限り、お金ならば莫大な金額は想像に容易い。
「……もし、見つかったら」
「ミロル様はファルケ国に、強制連行されることでしょう」
「……」
「連行後は、最悪国から出ることはできないかもしれません」
「私が」
「はい?」
「私が、何をしたっていうんですか……」
「……」
「私は勘当された身ですよ?」
「ミロルさんは……何も悪くありません」
トキアスは気休めだとわかっていたが、その言葉しか出てこない。
「魔法が一つしか使えないからって、あれだけ邪険に扱って。
娘とも思わない発言をして……私を苦しめる……」
「……」
「それでも逃げて……やっと、手に入れた――幸せなのにっ」
普段明るいミロルの悲痛の叫びは、誰も答えることなく消えていく。
(ミロルさんがこんなに明るいのは、辛い過去を忘れるための手段だったのかもしれないな……)
トキアスがそんな彼女にできることは。
「……トキアス様は何故、私をローラ王女だと、わかったのですか?」
ミロルの質問に対して、自分がわかる限り答えるだけ。
「ローラ王女の特徴に、【別世界移転魔法が使える】と触れ回っているからです」
「っ、この、魔法……ですか」
「はい、しかも各国の王族、貴族、国をまたぐ商人たちは全員知っているでしょう」
「!! なんですって」
「もちろん、先ほどの話のあとに確認したら、アルバス様もロウフ殿も知っておりました」
「そんな……」
ミロルの指がかすかに震える、その様子にトキアスは力強く宣言した。
「……が、我々三人は、ファルケ国に伝えるつもりは、一切ありません。
聖骨院の二人に伝えるかどうかはお任せします」
「トキアス様……」
「ミロルさんが今幸せなのは、誰の目にもあきらかです……我々は恩人を売るような真似は致しません」
その宣言に多少の不安が取り除かれる。
「ありがとう、ございます」
それでも、壊れてしまうかもしれない幸せに、ミロルの体は震えが止まらなかった。
「ちょっと……頭が混乱している、けど……ミロルさんって、本当にお姫様だったんですか?」
いつか冗談だと思っていた『私はお姫様なの』の言葉が事実だったとは、なかなか信じられない。
「ただ、三十年前には城を飛び出しているから、王族らしさはかけらも残ってないわね」
「だからアルバス様は、魔法の説明をする前に、他言無用だと強く注意していたんだ」
羽澄がそう言うとコルヴァンは眉間に皺を寄せて「気をつけよう……」と呟いた。
「しかし、それほどの魔法とは、いったいなんだろうね」
「トキアス様も『なんの魔法か、魔法鑑定をした者に連絡をとってみよう』とおっしゃっていただいたわ」
「しかし、ファルケ国に囲われているから、連絡取るのも難しいと聞いているが」
三人顔を合わせればそれぞれ困った顔をしていたが。
「ただ、俺は絶対ミロルさんのことは他言しないし、必ず守る」
「もちろん私だって、ママがいなくなったらやだもん」
そう言ってくれる仲間に。
「私はとっても頼もしい子供たちを持ったわね」
「いや、俺は息子じゃないけど」
「もう……やっぱりママはママだね」
と呆れられながらも、二人に抱きつくミロルだった。
時は少し遡り、羽澄・コルヴァン・ロウフが乗った馬車。
「いやあ、急に悪いね」
「いえいえ、私たちも材料を取りに行く暇がなかったので」
「今回は冒険者ギルドが忙しいらしくて、急遽商人ギルドで用意した」
「あ、そうなんですね、それではお金はロウフさんに渡せばいいですよね」
「ああ、たのむよ。金額は変わらないから」
たわいもない話をしつつ材料を取りに行く。
実のところロウフはトキアスに頼まれて、ミロルと二人っきりにさせたわけだが、材料も話したいことがあったのも本当だ。
「さて、相談したいことなんだけど」
聖骨院への道すがら、ゆっくりロウフが口を開く。
「平民に聖癒布を作成する労働を与えて、治療費を稼いで欲しい……そういう希望だったね」
「はい、その通りです」
「誰でもできる作業ですし、私たちも聖癒布作りの人手確保は必須ですから」
「それなんだが……正直その方法はおすすめしない」
「え?」
まさか否定されるとは思っておらず、羽澄もコルヴァンも驚きで目を見開く。
「と言うのも、その方法だと入れ替わるたびに作り方を教えて、いろんな人が知ることになるんだよね? ジェル以外」
「まあ……でも、魔力を仕込む手順などは教えないのでママとコルヴァンしか……」
「そこも問題」
「え、どこですか」
思わず聞いてしまった羽澄だが、ロウフは真剣に説明をする。
「この聖癒布は売れるし、対策として魔力を注ぐ人間が限られてくるのはわかる。
だが繁盛したら、ミロルさんとコルヴァンだけでは法力が足りないのではないか?」
「まあ、それは……確かに」
普段の仕事もある中で、聖癒布に魔法を使うとなると、聖癒布にかける法力は少なくなる。
まっとうな指摘にぐうの音も出ない二人、ロウフは続けて提案した。
「そこで、聖癒布を作る人間を固定する」
「固定、ですか」
「そう、固定してジェル以外の工程を全てたたき込み、委託するのはどうか」
「委託……全く考えていませんでしたが……必要でしょうか」
途中までは納得できたものの、委託をするべき理由がわかっていない。
顔に出ていたのか、続けてロウフが説明する。
「あくまで委託であって、全てを譲って欲しいわけでも、取り分を増やしたいわけでもない……俺たちの取り分を増やして欲しいわけでもないんだ」
「……ロウフさんの目的が、良くわからないのですが」
「もし増やすとすれば手数料や取り分ではなく、労働者の給与に上乗せすればいい」
「ふむ、なるほど」
「目的としては、絶対売れるから、製造量を多くするための対策、だね」
自信たっぷりなロウフに、二人は顔を見合わせて。
「「そんなに売れます?」」
と同時に質問した。
「……ミロル君も、全く同じことを、同じトーンで言っていたよ」
「あー……まあ、そうでしょうね」
聖骨院の誰も委託するまで売れるとは考えていない、しかしロウフには自信があった。
「俺の見解を全部言うと、この国だけで終わらせるには勿体無い代物です。
そして売上で補償を全て賄う」
「……そんなに売れますか」
「いや俺もね、そこまで過大評価はしていなかった。
だけど、この前の崩落事故で、確信した。これは他の国でも売れる! って」
確かに、事故では軽傷の患者に再生布を使用した。
おかげで法力の節約となり、全員を治療し終えることができたのだ。
「まあ一旦は全て教えず、これまでの想定通りで、ただ人を度々変えずに、委託に備えるというのはどうかな。
紹介予定の人は三人、それぞれ怪我をしていて聖骨院の治療は必要としている」
「わかりました、一度面会した方がいいですよね?」
「ああ、明日にでも面会は可能だ……聖骨院が終わったあとがいいかな?」
「そうですね……特に予定はないです」
場所は変わり神選会にて。
「あー、今日は酷い目に遭った」
教会内にあるラヴェンの部屋にて、鏡台の前で化粧後の自分の顔に見惚れる。
「聖骨院で化粧が全部落ちるわ、逃げるときに怪我するわ、神選会に入ろうとしたら顔が違うから止められるわ……ほんと、今日はついていない」
(聖骨院の店主、是非とも洗脳したいところだが……フォルンのこともあるし、一旦保留にしておくか)
――コンコンコン
ノック音が聞こえ、ドアの外から「ノクスとぉオルロックでぇす」と、甘ったるい女性の声が聞こえた。
「ああ、入れ」
言われて入ってきたのは、唇がぷっくりとし色気のある巨乳の女性、ノクスと、黒髪で彫りが深く鼻筋が通っている美形の男、オルロック。
「失礼しまぁす、ラヴェン様」
「どうした、何かあったのか」
「それがぁ……あのぉ……」
ラヴェンの問いにノクスは体をくねくねさせながら少しためらう、代わりに口を開いたのはオルロックだった。
「ではまず私から……実はストリ様が病気平癒の巡礼へ出ているのですが」
「ああ、病気じゃないから無駄な巡礼のやつね」
「はい……ただ、巡礼されている様子がないというか」
「……どういうことだ?」
「巡礼する場所、どこにもいないんです」
「なんだと?」
「実はぁ、フォルンもトキアス邸にいないんですぅ」
「何っ?」
監視対象が二名とも消えたという報告に、ラヴェンはいったい何が起きているのか……さっぱりわからなかった。
初登場
巨乳のシスター:ノクス
神選会の幹部:オルロック
登場人物
大富豪:ハルビア・トキアス
商人ギルドマスター:ロウフ
神選会幹部(元騎士):ラヴェン(セグロ)




