第三十三話 奇跡に水ぶっかけてみた結果
教会の中は張り詰めた空気に包まれていた。
そんな中、トキアスが一人ずつ小袋を渡す。
「皆にこれを……証拠集めに協力して欲しい」
そしてコルヴァンには羽澄とミロルの分も併せて三つ受け取る。
「この青い宝石の形をした記憶を映す魔道具は、以前から羽澄が使っているものですね?」
「その場の映像を複数個保存できるブローチ型幻灯機か、確かに必要だな」
「嘘か真実かを見抜く真実の札……これ全部合わせるとかなりの値段ですよね」
ロウフがそう言うと、トキアスは真剣な顔をして。
「真実を知り、正しい処罰を下せるなら……安いものだ」
トキアスは拳を握り、その手が小刻みに震えている。
冷静を装っていても、どうしても怒り・悲しみがつきまとう。
(トキアス様……なんとか励ましたいが)
コルヴァンはふと何故か、羽澄のことを思い出した。
(羽澄なら……)
「トキアス様」
「ん? なんだ、コルヴァン」
「我々聖骨院は、必ずトキアス様の力になります」
「っ」
「羽澄もミロル様も心配していました」
「……」
「どうか、一人ではないことを、信じてください」
「……ありがとう、これからよろしく頼む」
そう言ったトキアスの拳は、少し緩んでいた。
「あとさ、崩落事故の治療料金についてなんだけど」
「フォルンの治療についても、私が料金を払おう」
この情報量の話をしたあとに金額の話が出てくる当たり、二人とも仕事が出来る商人だとよくわかる。
「それについてですが、まだ払っていない入会金免除……というのはどうでしょう。
フォルンさんの治療も含めて」
「再生布も大量に使ったし、かなり足りない気がするが……それでいいのか?」
ロウフが質問をすると、コルヴァンは迷うことなく頷く。
「あの再生布は売り物ではなく、サンプルなので気にしなくて大丈夫ですし……俺自身としては、お金はいらないといいたいところなんですが……怒られてしまうので」
苦笑するコルヴァンに、ロウフもトキアスもそれ以上いうのをやめた。
「コルヴァンの場合、金額を取るだけ成長した、と言うことかな」
「トキアスさん、厳しいですね」
和やかな空気が流れる中、トキアスとロウフとレンカクは三人、目を合わせて頷き……横一列に並ぶ。
「……? どうした、三人とも」
「アルバス様、我々はここに来る前に決めていたことがありました」
ロウフの言葉のあと、三人とも姿勢を正す。
「アルバス様の国民を思う気持ちと、魔法に対する姿勢に感嘆し……ここに宣言する!」
突然、トキアスが通る声が響き、厳かな雰囲気が教会に行き渡る。
静かになったあと、一人一人宣言しながら頭を下げていく。
「大富豪、トキアスはアルバス第二王子を王位継承者として、推薦いたします」
「商人ギルドを代表し、ロウフは同じくアルバス第二王子を推挙いたします」
「神の御導きは明らかです。このレンカクもまた、アルバス第二王子を推戴いたします」
「……」
あまりのことに呆然とするアルバスは、頭の中でこの状況を噛み砕いた。
(王位継承……この三人が俺を支持する……)
カルロの王位継承を反対した三人の宣言に、アルバスの表情には王族の自信が溢れていた。
(俺が王位継承なんて、出来るわけがない……なんて昔は思っていたけど)
「皆、顔を上げよ」
(今は違う!)
場が締まるアルバスの声が教会に響く。
顔を上げた三人の視線を受け止め、ゆっくりと口を開く。
「……皆の言葉、確かに受け取った。
その期待に応えるため、精進しよう」
こうして、正式ではないものの……アルバスは三人の権力者から心強い推薦を貰い、王位継承へと一歩進んだのであった。
次の日、いつも通り聖骨院は始まる。
「すみません、今治療大丈夫ですか?」
そこに一人の男が訪ねてきた。
「はい、だいじょう……」
返事をした羽澄だったが、男がフードを外した瞬間、言葉に詰まる。
「あの、どうしました?」
「えっ、あ……いえ、なんでも、ないです」
それが精一杯だった、それもそのはず、やってきた患者は。
「あの、ここに、お名前をお願いします」
過去視魔法で何度も見た、ラヴェンだったのだから。
「はい、記入しました」
にっこり微笑むラヴェンから記入された用紙を受け取り、「少々お待ちください」というのが精一杯で、事務所に戻る。
一方ラヴェンはというと……。
(今話題の聖骨院の店主である女性……まあ、さすがに俺の美貌には勝てなかったか)
どうやら自分に見惚れていたと勘違いしたらしい。
「お待たせしまして申し訳ありません、こちらへどうぞ」
事務所から出てきた羽澄はにこやかに笑い、少し頬が赤らんでいるように見える。
一つのベッドを案内され、カーテンで区切られる。
(へえ、年増ではあるけど、顔は整っているな……しかも巨乳か……洗脳出来たら色々使えるかもしれん)
鼻の下を伸ばしそうになるのを耐えつつ、ラヴェンは体の不調を伝えた。
「俺は神選会の幹部でしてね、部下の信頼が厚いのは嬉しいんですけど、最近忙しくて肩が痛くてね。
美人店主の腕が確かだと聞いて来たんですけど、想像していた何倍も美人でびっくりしました」
「そんな、美人なんて……こんな美しくて神選会の幹部様に言われるなんて、照れちゃいますぅ」
羽澄の恥ずかしがり方に若干のわざとらしさはあるが、ラヴェンは気にならない様子でニマニマ笑う。
「良かったら仕事が終わったら俺と……」
「失礼しま――きゃぁあ」
カーテンが開きミロルの叫び声が響く。
――ばっしゃーん
次の瞬間顔面に水が直撃した。
ミロルがうっかり足をつまずいた体で、コップの水をぶちまけてしまったのだ。
突然のことに呆然としている、羽澄とミロルは大慌てでタオルをつかみ、頭や顔を拭いていく。
タオルに黒いシミがつき、その色にラヴェンは覚醒する。
(……はっ、まずいっ)
ラヴェンは急いでフードを被る、しかし二人は構わず顔を拭こうとする。
自分の顔に異変が起きたことは明らかで、見られないように立ち上がる。
「ごめんなさーい、喉を潤してもらおうと思いましてぇ」
「だっ、大丈夫っ、大丈夫ですので! 今日は失礼しますっ」
そう言いながら飛び出すと、その場にいた客が注目する。
「誰?」
「さっきいたっけ? あんな患者さん」
聞こえてくる言葉に、ラヴェンは大慌てでその場をさる。
慌てすぎて、待合室の椅子にぶつかりこける。
その背中に「申し訳ございませーん」と、棒読みなミロルが叫び。
「はい成功」
「ナイス、羽澄ちゃん」
と、ブローチを確認しながらハイタッチをする二人。
そしてコルヴァンはというと。
「お騒がせしました、迷惑客を撃退したのでご安心ください」
と他のお客さんにフォローをしていた。
「えっ、昨日の今日だよ? もう証拠手に入れたの?」
「羽澄君、流石に仕事早過ぎないか?」
聖骨院が終わったあと、ギルド連合会館の商人ギルド職務室にて、ロウフとトキアスが驚いた声を上げる。
「偶然ラヴェンが来たからママが水を被せて即終了」
「羽澄ちゃんの対応が完璧だったのよ、やっぱりセクハラの対応はプロ級ね」
「こんなプロになりたくなかった。
しかもラヴェンはマウントだか自慢だかわからないけど話止まんないし、目線とかも気持ち悪いし……本当にセクハラ親父そのもの!」
「羽澄ちゃん、落ち着いて」
「なんだかよくわからないけど、羽澄君がすごいことはわかったよ」
ロウフは驚きつつ、疑問を口にした。
「結局、装身魔法ってあったの? なかったの?」
「ありません、魔法ではなく化粧ですね」
「けしょう? って何」
「まず、顔に粉や色をつけて、顔についている痕を消し、肌の褐色を良くします。
そして彫りを深くし、目を大きく見せるよう色をつける……といった感じでしょうか」
「顔で絵を描いているイメージといえばわかりやすいかしら」
「言い方はアレだけど、まさにその通り」
そしてブローチで撮った映像を流す。
「弱いのは水、塗ったものを流せば本当の顔が現れる……っていう仕組みです」
映像にはラヴェンの顔から化粧が落ち、全く違う素朴な男性の顔が出てきた。
「こんなにも変わるのか……」
「確かに魔法に見えるわよねー、別人だわ」
「あとはこの映像を元に名前を……」
「あ、それもわかっています」
ロウフの言葉に今度はコルヴァンが発言する。
「え? 名前わかるの?」
「はい、この男に見覚えがあったので……元城の騎士で魔法使いのセグロかと思います」
「何? 元、騎士?」
「はい、しかもカルロ様を護衛する班の班長でした」
「なんてことだ……」
驚きの声を上げたのはロウフとトキアスだったが、納得もできる。
「なるほど……元騎士、しかも王子の護衛で班長となると、城の構造もわかる。
見つからないように出入りするのも、カルロ様が手助けすれば簡単だろう」
「この映像だけですが、多分間違い無いかと」
「やっと、ここまで、わかったのか……」
ラヴェンの正体がわかり、トキアスの目は鋭く光る。
「トキアス様、もう少しです……暴走しないよう」
「……そうだな、落ち着こう」
羽澄の冷静な声に、見失いかけていた冷静さを取り戻す。
「ただ問題はそのジュンタっていう教祖ですね」
コルヴァンの呟きに羽澄は思う。
(ジュンタって名前といい、確実に現代から来ているよね)
羽澄が思ったことを察したようで、コルヴァンが呟く。
「ジュンタって、変な名前ですね」
「確かにねー……というか、羽澄君もミロルさんもけしょう? のことよく知っていたね」
「えっ」
まさかロウフの疑問が自分に返ってくるとは思わず、なんと答えていいか迷っていると。
「ここは一旦、アルバス様の元に行くのはどうだろう。
魔法の知識量がおありだし、この者がコルヴァンの言う通り、元騎士のセグロかどうかもわかるのでは無いだろうか」
「確かに、ギルドマスターと大富豪が来たといえば通さないわけにもいかないだろうしな」
二人の提案に、聖骨院の三人はフードで顔を隠しつつ、トキアスとロウフの付人として城の中に入ることにした。
登場人物
神選会(元騎士):ラヴェン(セグロ)
第二王子:ヴァルディア・アルバス
大富豪:ハルビア・トキアス
神選会の元教祖:チャルボ・レンカク
商人ギルドマスター:ロウフ




