第三十一話 救われた命、その裏で
『地下労働場で事故があったんですって』
『アルバス様が指揮をとられたとか』
『あんなに大事故だったのに死亡者はなかったんでしょ?』
『カルロ様の影に隠れていたけど、アルバス様も優秀なのね』
『見た目はアルバス様の方が断然かっこいいわー』
地下労働場の崩落事故は死亡者無し、損害は出たものの最小限にすみ、一夜明けると国中その話題で持ちきり。
特にアルバスの活躍ぶりは評判良く、その見た目もあいまってその名は一夜で広まった。
――ガシャンッ
城の一室で、らしくない音がなる。
紅茶が入っていたカップが二つ、なぎ払われ床で粉々に割れていた。
「なんでっ、こうなるんだ!」
赤い絨毯にシミができる、ここはカルロの自室だが、あとで片付けるメイドがかわいそうに思える。
「メイドさん、シミ取り大変そうだな」
「うるさいっ、フォルンを殺し損ねるわ、崩落事故でアルバスが活躍するわ……さんざんじゃねえか」
「でも第二王子はまだカルロを慕っているんだろ? 全ては尊敬するカルロお兄様の手柄にしてくれるんじゃねえの?」
「バカ弟はだませても、くそ親父はめざといからな……帰ってくる前に外堀を埋めないと……くそ、余計な仕事が増えたっ」
(王位継承のためにここまで来たのにっ)
すでに粉々になっているカップを踏みつける、カルロはうまくいかないこの現状がありえない。
(なんでみんな邪魔をする? トキアスもロウフもレンカクも……そしてアルバスまでっ)
「くそっ!」
――ダンッ
テーブルに拳を叩きつけるカルロを見ていたラヴェンは、飲めなかった紅茶を惜しみつつ、うっとり窓に映る自分を見る。
カルロはその美しい横顔を忌々しく見つめながらラヴェンを責める。
「だいたいっ、何故フォルンを殺しそびれた? 崩落事故も中途半端に終わって……」
「わかっている、運がなかった」
「本来なら労働者が亡くなったことを共同責任者に追及し、現場に誘導したレンカクに罪をなすりつける予定だったのにっ……はあ、まあいい、また次がある」
「……まさか全員助かるとは、ね……また口封じかあ、面倒だなぁ」
軽い声でぼやくラヴェンだが、打って変わって低い声で呟く。
「聖骨院……あそこができてから、だ」
「強い魔力が爆発した場所だな?」
「多分、あそこだろうな」
「確かに色々おかしくなった。
崩落事故も聖骨院がしゃしゃり出てきて、死人が出なかったという話だし」
カルロもラヴェンと同じく窓の外を見る、そこには一台の馬車が、城から出て行くところだった。
「今日もアルバス様は熱心に、聖骨院通いか」
「城にまで連れ込んでいたからな、シスターの格好をしていたが、聖骨院の店主で間違いない」
「魔力のことも含めて、調べる必要がありそうだな……」
「ちょうどフォルン分、一枠あいたし、その店主を洗脳したらどうだ」
「カルロ様の意見、採用……とりあえず今日は教会に帰るわ、落とす作戦考える」
ラヴェンはにやりと笑うと立ち上がり、カルロの「失敗するなよ」という声に振り向かず立ち去った。
その頃整骨院では、診療時間が終わり三人はおのおの片付けたり、診察室のカーテンを閉めたり、売り上げの計算をしていた。
「ベッドの数とか増やしたほうがいいかしら」
「ああ、入院用?」
「そう、昨日みたいなことがあったら、必要になるでしょ?」
「確かにな……一日で治せない患者も出るだろうしな」
「そうするとここじゃ、狭いかなぁ……まだ一ヶ月しか経ってないのに、さすがに移転は難しいかなぁ」
怒涛の日々を過ごしていたが、整骨院を開業してまだまもない。
「まあ、ちょっと頭に入れておくとして、先に定休日決めない?」
そんな話をしている時だった。
――パカパカパカ……
「ああ、来られたみたいだ」
蹄の音が聞こえ、話し合いや片付けは一時中断となった。
聖骨院の前に行くと、ちょうど城からの馬車が止まったところだった。
「羽澄先生、お待たせ」
「アルバス様は待っていません」
馬車から降りてきた理想の王子様というべき見た目のアルバスを、言葉ですぱっと切れるのは羽澄くらいだろう。
「照れなくても大丈夫だよっ」
「……」
しかしめげないアルバス、しかも昨日と別人……いや、いつも通りのチャラくて、頼りない男に戻っている。
「先生、こんにちは」
アルバスの後ろから、護衛のテリクスに抱えられた第三王子のストリが降りてきた。
「ストリ様、お待ちしておりました……診察室へどうぞ」
羽澄に促され、テリクスが診察室の椅子へ座らせる。
今日からストリは聖骨院に避難することとなった。
「避難なんて、大袈裟な気もするのですが……」
ストリには怪我の原因や、カルロのことはまだ話していない。
「今、ご説明いたしますね」
羽澄がそう言うと、コルヴァンが外部から聞かれないように結界をはる。
外から見えないようにカーテンも閉めてあるのを確認し、アルバスが口を開いた。
「まず、足がどうして悪くなったのか、そして避難の理由を教える」
「お願いします、お兄様」
「……」
「……」
「……昨日は、迎えてくれて、ありがとう」
「え? んー……ああ、崩落事故でお兄様が指揮をとられていると聞いたので、居ても立っても居られなくなり、つい門で待ってしまいました」
「やっぱり、ストリは可愛いなぁ」
でれっとなるアルバスに、ストリ以外はズコッとこけそうになる。
「こほん、アルバス様、お話が! あるんですよね」
コルヴァンが強調しつつ促すとアルバスが「わかっている」と言いながら真剣な顔でストリと向き合った。
「実はストリの足なんだが……」
「はい」
「……」
「……」
「早く話せ、このヘタレっ!」
思わず羽澄が怒鳴る、王子に対してあるまじき暴言だが、現部下であるテリクスさえ羽澄に賛同するように頷く。
「お、お兄様、もしかして、僕の足……治っていないんですか?」
「違う違うっ、そんなことはない! 現に今歩けるんだろ?」
「はい、ゆっくりですけど……でも外では歩かせないようにしてますし、もしかして、本当は……」
涙目になっていくストリに、アルバスは慌てて否定する、そんな中羽澄は口を開き。
「これから話すことは、アルバス様が大変ショックを受けた内容です。
ストリ様もきっとショックを受けられるでしょう……だけど、ストリ様の足は治っております。
それだけは安心してください」
にっこり笑って伝える羽澄に、ストリは深く頷く。
「それでは、今度こそ! お話しください」
アルバスは睨みつけてくる羽澄に「すまん……」と呟いてから、神妙に口を開いた。
「ストリ、足が悪くなったのは病気じゃない……睡眠魔法をかけられ、故意に壊されたんだ」
「え……?」
「痛くて朝起きた、と言っていたよな?」
「は、はい……その日から、歩けなく、なって……で、でも、神官に病気だと……」
「それは嘘だ」
「う、そ……」
「神官はストリに回復魔法をかける、振りだけしていたんだ」
「そんなっ、だって、いつも温かいタオルを当てながら、毎日僕のために回復魔法を……」
「そのタオルですが、おそらく何らかの薬草が含まれていたと思われます」
「えっ」
羽澄が表情なく伝える、本当はこんな話をしたくないが、話さないわけにもいかない。
そんな羽澄の横からミロルが二つの薬草を取り出す。
「どちらの匂いがしました?」
その質問に聞かれるがまま匂いを嗅ぐと、確かに一つ毎日嗅いでいた匂いがした。
「こちらの薬草です」
「これは眠り花ですね」
ミロルの言葉に、羽澄とコルヴァンがホッと息を吐く。
「温めた濡れタオルに薬草を挟んで患部にあてると、痛みが和らいで回復魔法をかけたように装うことができるのです。
こんな騙すような使い方、するものでは……ないのですが」
「そん、な……」
「その薬草は、体に悪い影響は与えないのか?」
アルバスが不安そうに聞くと、羽澄が少し顔を綻ばせて説明する。
「眠り花は効果が少し弱いですが、体に悪い影響はないです」
「そうか、よかった」
「ただ、もう一つの夢酔草は効力が強いですが、使い続けると死亡する可能性があります」
「っ」
羽澄の言葉に二人の表情はかたまり、そして今回使われていなかったことに安堵する。
「……ストリ様、怖い話をして申し訳ありません。
ただ……アルバス様がおっしゃったことは事実です」
「……はい、お兄様が、こんな嘘を上手につける人じゃないって、わかってますから」
「ストリ……」
明らかに声のトーンが下がっているストリに、慰めの言葉が思いつかない。
しかしストリは顔を上げて、涙目だけどにこりと笑った。
「わかりました、確かに城にいるのは危険ですね、避難します」
教会にレンカクの声が響く。
「これで全員か? 大所帯になったな」
ストリに足の怪我について説明が終わった後、聖骨院にトキアスの馬車が止まる。
中から出てきたのは大富豪トキアス、元神選会教祖レンカク、商人ギルドマスターのロウフ、そして車椅子のフォルンだ。
「……」
足を治していないのもあるが、それでもフォルンは動かず、まるで人形のようだった。
そして聖骨院の三人とアルバス、ストリも教会の中に集まる。
テリクスは教会の入り口で見張りをしている。
「さて、昨日の崩落事故だけど、全員助けてくれてありがとう。
君たちのおかげで採掘場以外の損害がゼロに近い……何より大事な仲間が一人もいなくならなかった。
本当に――ありがとう」
責任者としてロウフが深く頭を下げる、そしてもう一人の責任者のトキアスも深く頭を下げた。
「本当にありがとう、みんなを……」
そこで一旦区切り、チラリとフォルンを見てから、また羽澄に向き直る。
「……フォルンを助けてくれて、ありがとうっ」
フォルンはぴくりと動き唇を噛み締める、だけど俯いて何も言わない。
そんな彼女を気にすることなく、トキアスは続けた。
「厄介になって申し訳ないが、フォルンの避難を頼む」
「はい、かしこまりました」
「私たちにまかせてちょうだい」
羽澄とミロルがそう言うと、羽澄はストリの、ミロルはフォルンの車椅子を押して、倉庫を改造して作った部屋へと入っていった。
――パタン
ドアが閉まったのを確認すると、コルヴァンが結界をはる。
「これで話しやすくなったのではないでしょうか」
コルヴァンの言う通り、この五人なら変な気を使うことはないだろう。
その気遣いに安堵しつつ、レンカクが話し始めた。
「まずは、情報共有……その前に、洗脳されていないかのチェックからじゃな」
登場人物
第一王子:ヴァルディア・カルロ
神選会(詳細不明):ラヴェン
第二王子:ヴァルディア・アルバス
第三王子:ヴァルディア・ストリ
大富豪:ハルビア・トキアス
神選会の元教祖:チャルボ・レンカク
商人ギルドマスター:ロウフ
大富豪元妻:フォルン
剣士:サーン・テリクス




