第三十話 骨を戻し、命を戻す
「フォルンさんを仰向けにするのは危険です、血が喉に詰まります。
アルバス様は、ストリ様の時のように上半身を支え、定期的に睡眠魔法をかけてください」
「わかった」
「他の三人は、私の指示で魔法をかけてください」
「ああ」
「まかせて」
「承知しました」
このメンバーで二回目となる治療、慣れるわけもなく、命がかかっている分プレッシャーは計り知れない。
「腹部に透視魔法」
指示通り腹部に手を置いて、コルヴァンと手をつなぐ。
二人とも目を閉じて、少し経った瞬間。
「うっ」
羽澄が突然口に手を当て、部屋の隅に移動する。
ちょうど置いてあったごみ箱を手に、こみ上げてくるものを吐き出す。
「うぇっ、げぼっ」
「先生って、どうした!?」
驚くアルバスに、コルヴァンは冷静に、だけど苦しそうに説明した。
「羽澄はいつも平気そうにやっていますが、体の中は生々しいんです。
俺も自分の体で試してみましたが、あまり思い出したくないほどですね」
「今回はそれほど酷い状態なんでしょう」
ミロルもそういうと、アルバスとシュバは驚いたように目を見開いた。
そしてレンカクは冷静にその様子を見る。
(直接骨を見ている……というわけか、しかしそこからどう治療するというのだ)
その疑問は、羽澄が戻ってきてから判明する。
「……すみません、もう大丈夫です……続けます」
辛そうな顔をしているものの、羽澄は骨の様子を確認しつつ、手で腹部をなで、ずれている骨に手を当てる。
「電気魔法を」
「はいっ」
「ボキッと音がしたら電気魔法をやめ、回復魔法を」
「わかったわ」
指示をしたあと、羽澄がゆっくりと患者の脇腹を押す。
「ふーっ」
力の調整が難しく、呼吸と共にゆっくりと力を入れる。
羽澄の呼吸と電気魔法の音だけが響く。
――……ボキッ
宣言通り音がしたらシュバは電気をやめ、ミロルが回復魔法をするが。
「かはっ」
フォルンが血を吐き出し、羽澄の顔に飛び散る。
「っ」
飛び散る血が羽澄に降り注ぐ、顔も白衣も血だらけだが、彼女の口から出るのは悲鳴ではなく指示。
「口の中の血を、喉に流さないように出来るだけ吐き出させてください」
「わかった」
アルバスは自分の手が血まみれになることもかまわず、口を開けさせ手のひらに血を吐き出させる。
その姿にレンカクは思わず口を出す。
「本当に、治っているのか? こんな、暴力的なことをして」
「確かに……私の治療はそう見えるかもしれません……骨を戻さないと……」
「レンカク殿、不思議に思うのはごもっともだが、ここは患者を一番に思って欲しい……質問があれば終わってからで頼む」
アルバスの気迫ある言葉に、レンカクは押し黙ってしまう。
(アルバス様は、こんなに堂々とした方だったか? 少し前まで頼りなかったのに……急に成長されたように見える)
幼少期から神選会の教祖として、定期的に王族には会っていたが、アルバスの雰囲気は目を見張るほど変わっている。
(コルヴァンの足も治っておったし、何が起きているのか理解できないが……確実にこの変化の中心にはあの女がいる……いったい何者だ?)
レンカクは不審に思いながらも、もうこの治療を止めようという気にはならなかった。
「スー、スー」
整った呼吸で眠っているフォルンの姿、その周りで治療していたミロル以外の三人が一息ついている。
「意外と法力が残りましたね」
「二回目だから、うまいこと調整できたのかもしれないな」
シュバの言葉にコルヴァンが汗をぬぐいながら応える、治療は成功しほっとしながらもぐったりと疲れていた。
「はあー」
「よかったぁ」
安堵のため息や呟きが自然に溢れ、しばらくやり切った空気感が部屋に流れる。
――パン、パン、パン
ふと、部屋の中にゆっくりと手を叩く音が響く、ずっと見ていたレンカクが拍手をしていた。
「素晴らしい……本当に治すとは、恐れ入った」
称える言葉を発するレンカクの瞳に、疑いの感情は消えていた。
目の前に眠っている患者が全てを物語っている。
「途中、邪魔をして、そして君を信じられず申し訳なかった」
「いえ……見たことない治療方法ですから、不安に思うのは当然でしょう」
頭を下げるレンカクを責めることなく、返事をする羽澄。
その時、部屋のドアが開く。
「トキアス様、こちらです」
「フォルン……無事、なのか」
ミロルが案内すると、瞳を真っ赤にしたトキアスが部屋に入り、ゆっくりとフォルンに近づいていく。
おそらく羽澄が渡した宝石の映像を見たのだろう。
「フォルン、良かった……無事で」
トキアスはフォルンの頬を撫でて、生きている温もりを実感する。
「良かった、よかっ……」
「足まで治療すると、フォルンさんの体が持たないので、また後日治療します」
「ああ……」
「ただ、足を治しても、杖がないと生活が難しいかもしれません」
「それでも、生きてくれただけで……ありがとう、羽澄君、ありがとう」
国一番の商人が、人前で泣くことは滅多にない。
「フォルン、良かった……フォルンっ」
トキアスにとって、フォルンが生きていたことの喜びに、人がいることなどどうでも良かった。
「これまでのことは……後で考えればいい。だから今は——一緒に帰ろう」
ただただ彼女が生きていたことが、トキアスにとって何よりも大事なのだから。
登場人物
第二王子:ヴァルディア・アルバス
魔法剣士:カグー・シュバ
大富豪:ハルビア・トキアス
神選会の元教祖:チャルボ・レンカク
大富豪元妻:フォルン




