第二十七話 愛か、それとも洗脳か
重苦しい空気が部屋を満たす中、アルバスは一度大きく息を吐いた。
「……とりあえず、情報は出揃ったな」
その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
それぞれが今聞いた内容を整理しているのだ。
やがて、口を開いたのは羽澄だった。
「まず……私とアルバス様の魔法についてですが」
「ああ、それは――」
「他言無用、ですよね」
アルバスの言葉を先回りするように、羽澄がはっきりと言い切る。
その目は、いつになく真剣だった。
「その通りだ……特に兄上には漏らしてはならない」
冷静な声だが、アルバスの表情は硬い。
「俺は正直まだ信じられない……だけど、兄上への尊敬は前ほどないのも気づいている。
だから、俺は兄上を疑う」
迷いのない答えだった。
「承知しました」
羽澄はアルバスの言葉に、力強く応える。
「……ありがとう」
アルバスは短く答えたあと、ふっと小さく笑う。
「なんかさ、急に王族っぽくない? 俺」
「王族なんですよ、あなたは」
即座に返すコルヴァンに、わずかに空気が和らぐ。
「では王子様、もう少しお話ししていいですか?」
「もちろんだよ、羽澄シスター」
少しおどけたように呼び合い、そしてすぐ真剣な話に戻る。
「ストリ様の怪我について……ラヴェンが怪我をさせた張本人ですから、治っていると知ればまた狙われるかもしれません」
「それは大いにありえる、また危険な目にあわせるわけにはいかない」
心配するアルバスに、羽澄はとある提案をする。
「それなら、ストリ様を避難させてはどうでしょう」
「……避難か」
「はい、城の敷地内では隠し通しながらリハビリは難しいでしょう」
「確かにな」
羽澄の提案に、今度はコルヴァンが声を上げる。
「それなら俺の教会はどうでしょう、修繕して、宿泊用の部屋も使えるようになっています」
「聖骨院もあるし、コルヴァンがいれば、護衛という意味でも最適だしな」
「聖骨院は……責任重大ですね」
苦笑しながらも、その目はしっかりと前を向いていた。
「任せてもいいか? コルヴァン、羽澄先生」
「もちろんです」
「私も、もちろん大丈夫です」
即答だった。
その様子に、アルバスは満足そうに頷く。
「よし、決まりだ」
そして――。
「俺は王位継承者を目指そうと思う」
その宣言に部屋にいた全員が息を飲んだ。
「俺、天才だし」
「一気に不安になりました」
「俺も……頼もしいと思えたのは一瞬だけでした」
「コルヴァンもロガモも涙拭けよ」
「勝手に泣かすな、シュバ」
どうもまじめな宣言は苦手らしいアルバスだが、その決心は瞳の力づよさを見ればわかる。
「兄上が何を企んでいるのかわからないし、ラヴェンがストリにしたことを、知っているのかもわからないが。
……俺は本当にっ、尊敬して、たんだ……俺は、兄上みたいになりたかったんだ!」
最後の方は、怒りが露わになる。
その声は信じていたものが崩れて、どうしたらいいのかわからないようにも見える。
「だから、今までしなかった努力をしてみようと思う。このままじゃ、兄上が王位継承しても、絶対納得できない!」
「ご立派です、アルバス様」
「俺たちも、できる限りご協力します!」
ロガモとシュバもアルバスの決意に、寄り添うことを強く誓う。
「それなら、協力者を増やしては……」
おもむろに羽澄が呟き、コルヴァンを見る。
「ラヴェンの件もあるし、あの方に話しておいた方がいいな」
「行きの馬車で言ってた宝石を託した者か」
「そうです、交えて話した方がいいかと」
アルバスは羽澄の言葉に頷く。
「今から行くか……幸い俺は暇だから、これから時間空いてるしね」
自虐しながらも前向きな言葉に、羽澄はコルヴァンと頷き言った。
「それでは会いに行きましょう、トキアス様のところへ」
「トキアス殿か、その宝石の持ち主は」
「はい……あ、その前に、仕立屋に寄ってくださいね」
「えー、残念」
「……」
ぬかりない羽澄の言葉に、トキアスとコルヴァンががっかりしたのは言うまでもない。
午後四時、トキアスはきっと仕事中だろう。居場所がわからないため一旦ギルド連合会館へ行くこととなった。
ロウフがいれば何か知っているかもしれないと思ったからだ。
「会合という名の飲みがあるかもしれないしな」
アルバス、羽澄、コルヴァン、シュバの四人で向かうと、違和感があった。
「やけに騒がしいな」
アルバスの言う通り、人が集まり何か準備しているようだった。
羽澄たちの耳に、怒鳴り声が聞こえてくる。
「馬車を用意しろ!」
「急げっ、回復魔法使えるやつ集めろ!!
神選会にも連絡をっ」
「ロウフさん、私、使えます」
「ああ、ミロルさん、頼むっ」
「ママ!」
「羽澄ちゃんっ、丁度いいところに」
聖癒布の材料調達していたはずのミロルが、慌てて駆け寄ってくる、彼女の顔が真っ青になっていた。
「羽澄君、コルヴァン、どうか助けてくれっ!」
「トキアス様!!」
自分の殺害計画を知った時も冷静な大富豪のトキアスが、信じられないくらい取り乱している。
「この馬車も使え! 俺も回復魔法が使える……あと城にも報告を!」
何が起きたのかまだ把握できていないが、アルバスは気づけば声を出していた。
「落ち着け! 何があったんだ!!」
「アルバス様! どうして……」
商人ギルドマスターのロウフが慌てて駆け寄る。
「いいから、何があった?」
「ち、地下労働場で、崩落事故がっ。
労働者が数人、閉じ込められているんですっ」
城の馬車にトキアスを乗せる。
そして羽澄が隣に座り、励ますように声をかけた。
「トキアス様、気を確かに……」
「――ああ、大丈夫だ」
向かいにコルヴァンとアルバスが座る。
(やっぱり命を狙われても、フォルンさんのこと、心配なんだ……)
夫殺害未遂の罪を償うために地下労働場に送られた、トキアスの元妻フォルン。
閉じ込められている女性は、彼女の可能性が高い。
(どうか助かってほしい……)
ふと、思い詰めたようなトキアスの声が聞こえた。
「地下労働場に、ラヴェンらしき男の目撃情報があったそうだ……」
「!?」
「口封じ、かもしれん」
馬車内がシンッと、静まり返る。
(ラヴェンは殺害計画の共犯者……いや、首謀者かも、しれないっ。
そして、フォルンさんは利用された、だけなのかも……)
いち早く顔を上げたのは羽澄だった。
「アルバス様、トキアス様に先程の件、お伝えしてもよろしいですか?」
「ああ……頼む」
「? 何のことだ?」
「トキアス様……ストリ様が二年前歩けなくなりました。
……その原因にラヴェンが関わっている可能性があります」
「え?」
「しかも城に出入りしているらしく、俺の護衛騎士が対面しているらしい」
「それは、本当、なのか?」
「はい」
「……」
驚き信じられないと言ったように「まさか…そんな」と首を振りながらトキアスは呟く。
そんな彼に、羽澄はもう一つ言わないといけないことがある。
「アルバス様、トキアス様に【強制崇拝魔法】のことをお伝えしても?
おそらく、トキアス様はその被害に遭われています」
「……なるほど、いいだろう」
「強制、崇拝魔法?」
「トキアス様、落ち着いて聞いてください。
断言はできませんが…フォルンさんは魔法をかけられていた可能性があります。
……ラヴェンを強制的に愛するように」
その言葉が、馬車内の空気を冷たくした。
登場人物
第二王子:アルバス・ヴァルディア
槍騎士:ホージ・ロガモ
魔法剣士:カグー・シュバ
商人ギルドマスター:ロウフ
大富豪:ハルビア・トキアス




