第二十六話 メイドを愛する弟と、支配を愛する兄 後編
「ここは俺の書斎だ」
案内されたのは書庫から少しはなれた場所、少し不思議に思いながらも羽澄とコルヴァンが部屋に入ると。
「待っていたよー、ほんと一昨日はお疲れ様―」
にこやかに笑うシュバに迎えられた。
そして書斎の机には何冊か本が置かれている。
「魔法について話す前に、この部屋に結界をかけてくれ」
「はい、分かりました」
何かただならぬ雰囲気に、コルヴァンは指示通り部屋に結界を張る。
ラヴェンが城を出入りしている以上、気をつけるに越したことはないだろう。
「さて、と……話すことがもりだくさんだが、とりあえず、先生の魔法の件から見てみようか」
と言いながら持ってきた本を迷いなく開く、そしてテーブルに広げた。
「たぶん、この魔法じゃいかな」
【過去視魔法について】
強い感情により、対象者の過去の記憶、または過去の真実を見ることが出来る
過去の記憶のみを見る【過去見魔法】の上位互換。
○発動条件
①過去の記憶を見る方法
対象者が過去を強く思い描いたとき肌に触れていたら、その過去が脳内に流れ込んでくる。
ただし映像のみ、音や声は聞こえない。
②過去の真実を見る方法
過去のどの部分をみたいか具体的に願いながら対象者の肌に触ると、過去に起きた実際の出来事を、音声付きで見ることが出来る。
※使用できるのはどちらも一日一回のみ
「あ、たぶんこれです……確かに意図せず過去が見れた時は映像のみで、自ら臨んだ時は音声付きでした」
「でしょ? 見せてくれた映像が、ストリが寝ているときの映像だったから、こっちかなって」
「本を迷わず取られたのもそうですけど、どうして……分かったんですか?」
「この魔法ご存じでした? アルバス様」
当然わき出る疑問をぶつけてみたら、アルバスはまじめな顔をして。
「知っていた……というか、記憶がすっぽ抜けてた、計画的に」
「っ」
羽澄には辛い記憶をわざと消すという患者を、病院で見たことがある。
(まさか、アルバス様に辛い過去が……)
「……それは一体……」
アルバスのただならぬ雰囲気に、コルヴァンは恐る恐るたずねると。
「……俺――天才だったの思い出した」
と、アルバスはニヤリと笑いながら答えた。
「……我々は真剣に聞いているのですが」
コルヴァンは呆れた声でたしなめる、しかしアルバスの表情はあまりおちゃらけていない。
「これが、俺も真剣に答えているんだ、
証拠にこの本の位置、知ってただろ?」
「まあ……確かに」
困惑した声を出すコルヴァンに苦笑しつつ、アルバスは真相を話し始める。
「俺は、書庫にある全ての本、十四歳で全部網羅しているんだ」
「はあ!?」
「書物の場所も内容も覚えている」
「いや、そんなこと……だって、アルバス様は書物庫が嫌いで、俺が知る限りでは近寄ったこともないはずですが」
「コルヴァンに出会った後は、そうだっただろうな」
思わぬ告白に、コルヴァンはまだ信じられないようだった。
「俺もこのことを思い出したのは一昨日だ……いや、強制的に忘れさせられてたんだが」
「記憶をなくす魔法にかかっていた、とかですか?」
羽澄が思ったことを素直に質問すれば、アルバスはゆっくり首を振り。
「確かに魔法にかかっていた、が……記憶を操作するものではない……操作するのは人そのもの」
そう言いながら、テーブルに置かれた数冊の本から一冊取り出し、とあるページで広げた。
そこに書かれていたのは【強制崇拝魔法】の項目。
「魔法術者本人・もしくは術者が指定した人物より、魔力が弱い人間を強制的に崇拝・または恋愛感情にすることが出来る。」
「操れる感情にする魔法、という事ですか」
「そうだ。対象者は魔法にかかったことに気づかず、言いなりになってしまう」
「……そんな、恐ろしい魔法が、あるんですか……」
「そう、あるんだよ……まあ、色々制限もあるけどね」
アルバスが指をさす箇所には、細かい魔法のルールが記載されていた。
【強制崇拝魔法】
※以下、操っている者を支配者、操られている者を崇拝者と記載する。
・崇拝者にできるのは、少しでも魔力を持っている者のみ。
・術者は三名崇拝者にでき、二人までを支配者に指名することができる。支配者も、崇拝者は三名まで。
・魔法は術者本人しか使えないため、崇拝者にする場合は術者もその場にいなければならない。
・術を継続させるには支配者は崇拝者と週一回は顔を合わせなければ解除される(その際術者の立ち合いは不要)
・時間経過以外の解除方法は、自分が魔法にかかっていると気づくこと、もしくは支配者より魔力が高くなること。
・通常の浄化魔法では治らない。
「……なるほど、万能ってわけじゃないんですね」
「そう、それで俺はこの魔法のせいで【自分は出来が悪い、努力しても変わらない】と、その人が言うことを信じ込んでいた」
そこまで話を聞くと、コルヴァンはハッとしたように顔をあげ、ショックを受けた表情で、アルバスを見た。
「まさか、魔法をかけた人間は……カルロ、様?」
「先ほどの、第一王子!?」
「そうだ」
羽澄も驚きの声をあげ、そしてコルヴァンは信じられないと言ったように声をあげる。
「そんなっ、アルバス様はカルロ様を尊敬し、信頼なさってたじゃないですか!」
「そう、それが魔法の効果だったんだ」
「そ、そんな……」
「酷すぎる……」
あまりのことに思わず羽澄も呟く。
コルヴァンはアルバスの回答を、そう簡単に受け入れられない。
(どんなにカルロ様と比べられても、兄として誇りに思っていたアルバス様が……それが、魔法のせい?)
自分のことのように顔を真っ青にするコルヴァンの様子に、心救われながらアルバスは続ける。
「その魔法のせいで、書物庫を網羅したことを無かったことにしていたんだよね」
「……」
「出来損ないの俺が、全部の本を読めるわけが無いとか思ってさ……バカみたいだよね」
「酷すぎます……アルバス様は、自分のこと卑下しすぎだと思っていました。
でも傷ついているのも分かっていました、よく『自分は何もできない、兄上に迷惑かけて申し訳ない』と」
「ああ、そう言っていたし、本気で思っていた」
「それが……カルロ様、本人のせいだったなんて……」
コルヴァンの声に怒気が含まれている。
隣で羽澄は腑に落ちてた感想を、言葉にした。
「なるほど、先ほども、カルロ様はコルヴァン様を嗜めるような言い方をされてましたが……わざと言い聞かせていた、ということなんですね」
「そういうことだ」
「実は俺も、操られるところだったんだ」
「何!?」
アルバスに続き、おもむろに声を出したのはシュバだった。
「城に帰ったあとカルロに呼び出されて……ラヴェンと言う男を紹介されました」
「っ、そこにつながりがあったのか……」
「シュバはその時、ストリが怪我した時の映像を見ていなかったから、特に疑問に思わなかったそうだ」
ロガモが城で見かけたラヴェンは、この時のものだろう。
そして羽澄は思う。
(まさか、フォルンさんって……魔法にかかってたんじゃ)
恐ろしいことを想像して、怒りとも悲しいとも思える感情が芽生えてくる。
シュバはそのまま話を続けた。
「ラヴェンと言う人は、確かに俺より魔力があり……しかも治療後でへとへとだったので、頭は全く回りませんでした」
「確かに、一昨日のシュバはかっこうの獲物に見えたのだろう」
「そう、コルヴァンさんのいう通り。
だけど、俺は魔法にかからなかった、アルバス様のおかげで」
「アルバス様のおかげ?」
「これが俺だったら魔法にかかってただろうな、ちょっとだけ魔力持っているから」
そういいながらロガモが手を光らせる、彼が使える唯一の、周りを照らすだけの魔法。
「カルロ様たちは驚いていましたけど、強い魔力を浴びたと答えれば納得していました」
「すみません、どういうことかさっぱり……」
羽澄が困惑したように言うと、アルバスはにこりと笑って。
「わからないなら、俺が二人っきりで手取り足取り」
「アルバス様、おいたがすぎます」
「……冗談だよ、そんな言い方するな」
ロガモに怒られてバツが悪そうな表情をしつつ、気を取り直して真剣な顔に戻る。
「治療中に、俺が大きな魔力を解放したのは覚えている?」
「はい、忘れるわけがありません」
「あの魔力はラヴェンの力をゆうに超えていた、その魔力をシュバは浴び、兄上の魔法を弾いた……と言うのが、兄上たちの見解」
「違うんですか? 私、納得しかけましたけど」
「ちがうんだよ……どうやら俺は、この魔法が使えるみたいでね」
そうやって出された書物には新たな魔法の詳細が書かれていた。
【生命共振魔法】
人を救いたいと強く思うと魔力が上がる、と同時に周囲の人間に法力を分け与え、傷を治し、体力全回復、全ての状態異常が解除され、丸一日かからなくなる。
※二日に一回使用可能、普段の魔力は底上げされない。
「これが、昨日の……」
「……こんな凄い魔法、聞いたことがありませんっ」
「だろうね、この書物は普段金庫に保存されている、大魔法の書物……幼少期に父上に見せてもらって以来、手に取るのは俺も久々だ」
アルバスは書物をパタンと閉じ、話を続ける。
「この魔法の凄いところは、法力・体力・全ての状態異常の回復、状態異常に関しては耐性までつけてくれる」
「聞けば聞くほど凄い魔法……」
「これでシュバは助かった、と」
コルヴァンに「そうだ」と返事して、忌々しく話を続ける。
「俺は昔から兄上より魔力が低い、だから書物を読んだ頃から、兄上の魔法にかかってたんだけど……」
「そんな子どもの頃から……酷いっ」
「王位継承者争い、ですか……」
「その通りだ」
コルヴァンの言葉に、アルバスは深く頷いた。
「一昨日瞬間的に魔力が兄上より高くなった。
そのおかげで兄上の魔法が解け、思い出した書物の内容から、ここまで導き出したってわけ……おそらく魔法が解けたことは兄上も気づいてないけど」
「強い魔力の持ち主のことも、アルバス様だと気づかれていません。
その代わりカルロ様たちは聖骨院の皆さんを疑っています、神選会には気をつけて」
シュバのその言葉に、部屋の空気が静かに張り詰めた。




