第十三話 過去の苦悩と今の幸せ
「異世界で、そんなことがあったのか……」
現代の家に帰って来て、ミロルはリビングの椅子に座り、ボーッと空中を見ている。
翔が仕事から帰って来たのにも気づかない。
ミロルは、つい先程までの会話を思い出していた。
『偽ったというのは……』
『トキアス様、そろそろ』
どうやらタイムリミットらしい、馬車の運転係が声をかける。
『ああ、もうそんな時間か』
『トキアス様、長い時間申し訳ありません』
『いや、有意義な時間だった
明後日の一斉診察、よろしく頼むよ』
会合の時間が迫って来たようで、あの後詳しい話を聞くことは出来なかった。
(魔法鑑定の本当の結果って……)
ミロルの頭の中は、その疑問でいっぱいだ。
他のことを考えようとすれば。
『別の世界へ行ける魔法? お前は……やっぱり使えない』
忘れられない国王である父親の言葉。
(偽らなかったら、この言葉を聞く事も、なかったのかしら……)
そんなたらればを考えてしまう。
(私だって、お父様に……国王に、認められたかった)
ミロルの頭の中はぐちゃぐちゃだった。
しかし隣に何か気配がした。
「ミロル」
それは翔だった、優しく微笑んで声をかける。
「あ、翔さん、おかえりなさい」
「ただいま……今、こんなこと言うのもなんだけど」
「ん?」
「俺はミロルと会えて幸せだ」
「翔、さん……」
「俺と、駆け落ちしてくれてありがとう。
これからも、ずっと側に、いてくれ」
真っ赤になりながら、感謝の言葉を伝える翔。
日々の幸せや、愛は普段から伝えている方だが、もっと素っ気ない。
面と向かって、真っ赤になっている翔はとても貴重だ。
羽澄もミロルに向かって、感謝を
「ママ、私を産んで……」
「翔さん、かわいーっ」
「え」
伝えられなかった。
「やだ、自分の夫がこんなに可愛いなんてぇ、信じられないっ」
「ああ、そう」
翔も少し引いたものの、改めてミロルを見つめる。
「一緒にいられて、幸せだ………愛してる」
「きゃーっ、私も愛してるぅ」
抱きつきながら愛を語らう親に、羽澄は青筋を立てながら叫ぶ。
「そう言うのは部屋でやれー! 心配して損した、このババァー」
「やだ翔さん、羽澄ちゃんが反抗期になっちゃった」
「いや、羽澄はキレて当然だと思う」
結局すぐにいつものミロルに戻ったが。
(今がこんな幸せなのに、後悔なんてあるわけないわ)
と、前を向くミロルだった。
次の日、羽澄はコルヴァンとミロルに向かって、自分の決断を口にした。
「トキアス様の、ギルドのお話、今はお断りしようと思う。
これからの事は分からないけど、ここに来たばかりの私は、まだ力不足だと思う」
羽澄の決断に、二人とも深く頷く。
「私もその考え方で良いと思うわ、理想は色々あるけど、今目の前にできる事を一個一個進んでいくのが良いと思う」
「俺も賛成だ、本当はこの世界に一番詳しい俺が色々するべきなのだろうが……どうやら俺の考え方は、そういう仕組みには向いていないらしい」
コルヴァンの呟きに、二人は大きく頷いた。
「全部無料にしそうよね、入会金なし、手数料なし」
「ママの言うとおり、ギルドの意味をなさないような気がする」
「……言い返す言葉もないな」
方針が決まったところで、今やるべき事を考えていく。
「ギルドを作らないにしてもギルド連合会館には行きたいわね、商人ギルドに仲介を頼めるかどうか確認しないと」
「ついでに入会金を少し持っていこうか……銀貨十枚ほど、後は情報収集」
「それなら俺が行こう、顔見知りは多いし、大金を持つのは危険だからな。
ミロルさんが回復魔法係で、どうだろう」
「いいわよ、アクセサリー作成はお休みするわ。
それに三日目ともなると、だいぶ落ち着いてそうよね」
「平民も気軽に治療が出来れば、もっと活気が出るんだろうが……」
コルヴァンの寂しそうな声に、羽澄は腰を叩いた。
――バシーン
「いっ」
「そういう人のための仕組みづくりよ、そうでしょ?」
にっこり笑う羽澄に、叩かれた腰をさすりながら。
「その通りだ」
と笑い返した。
「じゃあ今日はコルヴァンに、色々お願いしちゃおう」
「いいね! 今やってほしいことメモ、書き出すね」
「……お手柔らかに」
楽しそうにメモを書く羽澄の横顔を、コルヴァンは目を細めて見つめていた。
コルヴァンはとある平民の家に来ていた、何度か場所を確認してからドアを叩く。
――コンコンコン
「はい、どちらさまでしょう」
出てきたのは足を引きずった男性、生気のない顔だったが、コルヴァンが来た瞬間、驚いたように目を見開く。
「突然すみません、アウレさん……先日の聖骨院の件で、お話を伺いたくて」
「あ、は、はい、もちろんです! なんでも話しますっ」
歓迎されて部屋に入るコルヴァンに、羽澄と出会う前の思考がよぎる。
(本当に藁をも掴みたいんだろうな……)
縋るような顔を見ると、いつも思い出す。
『パパ、ママぁっ、ごめん、なさい、ごめんなさいっ』
それは幼かった頃の自分、ちょっと無理をすれば、両親が助けられたかもしれないという、叫び。
(……俺の取り分から出せば――)
そう思った瞬間――なぜか羽澄の顔が浮かんだ。
『残念ながら、その提案は却下です』
ぴしゃりと言い放ち、りりしく見つめる瞳。
そして大きくて柔らかい胸。
(……じゃなくてだな)
自分の身を削ることが、ダメだと教えてくれた羽澄。
(大丈夫、この人たちだけじゃなく――全員助ける!)
「皆さんが治療を受けられるようになるために、協力してください」
コルヴァンの瞳には、慈悲深さとともに、力強さが宿っていた。
妻のリウスもアウレの隣に座り、コルヴァンの話を聞いている。
「俺で良ければ、修繕は任せてください!」
「私も……そんなたいしたものではないですが、この治癒の貼布? ですか?
制作のご協力させてください」
「これで……本当に治療をして貰えるんですか?」
ごくりと息を飲む音が聞こえる、コルヴァンは優しく微笑みながら。
「これから商人ギルドにいって、仲介して貰えるかによりますが、話が通れば治療します」
「ああ、ありがとう、ありがとうございます!」
「夫の治療のために、できる事があればなんでもしますので、どうか、よろしくお願いしますっ」
「はい、一緒に頑張りましょう。
これは、その第一歩です!」
登場人物
父親:鷹野 翔
平民夫婦(大工):トリガ・アウレ(夫)
リウス(妻)




