第十一話 届かない治療と、差し出された救いの手
二日目の営業は、順調――のはずだった。
ミロルは事務所でアクセサリー作成、忙しくなればヘルプに入る予定だ。
そして羽澄とコルヴァンは特に問題なく治療が進む。
——ただし、来るのは貴族や商人、職人ばかりで、平民の姿はほとんどない。
「やっぱり、平民は来ないね」
コルヴァンに聞こえる声で羽澄は呟く。
「なんとか、しないと……」
彼のその声に、羽澄の心もざわついた。
昼の休憩となり、近くの店でテイクアウトをしたハンバーガーを頬張りながら、ミロルが口を開いた。
「明日、トキアス様がいらっしゃるのよね? 経営のことで相談してみない?」
「あー、確かに、今のままだと、平民は利用が難しいもんね」
その会話にコルヴァンは眉をひそめる。
「俺はトキアス様がフォルンさんを、大事に思っているのを見て来たから……何かの間違いであって欲しいが」
コルヴァンにもトキアスの怪我が、治療されていなかったことを話している。
「それは、そうね」
羽澄は同調するものの、心のどこかで不審に思う気持ちもある。
「まぁ、今は様子見しかできないわね……あと、トキアス様に魔法鑑定に伝手がないか聞いてみようと思って」
「ああ、確かにその手があった」
「魔法鑑定? 自分が使える魔法は、鑑定しないとわからないってこと?」
「うぅん、試せばわかるわよ。
でも珍しい魔法は試すこともしない、もしくはそんな魔法があるなんて想像もできないの。
私の現代に行く魔法がこれにあたるわ」
「ああ、なるほど……魔法って、思ったよりいっぱいあるんだ」
「というか魔法鑑定したんだ。
隣国の許可がいる上、銀貨十枚かかるのに……ミロルさんって貴族?」
コルヴァンの言葉に鷹野親子はきゅっと口を閉じる、そして羽澄がミロルに対して『隣国のお姫様って言ってないの?』と伺う視線を注ぐ。
そしてミロルは『言うわけないでしょ』と、小さく首を振る。
「ま、まあ、私の頃は隣国の許可は必要なかったし、お母様がなけなしの銀貨を出してくれたのよ」
「意外と、お母様って呼び方なんだ? 確かに所作が綺麗だとは思っていたが――」
誤魔化すために出した嘘だったが、育ちの良さが自然と出てしまったらしい。
ハラハラしている羽澄の視線を感じつつ、ミロルはふふん、と胸を張り。
「私はお姫様よ」
「え?」
「女の子はみんな、お姫様なのよ、野暮なこと言っちゃダメッ」
「あー、なるほど、そういうあれか、はいはい」
少し呆れた声を出し、どうやらコルヴァンの興味は逸れたらしい。
その様子に安堵しつつ、昼休みはあっという間に終わった。
その後、午後の治療も終わり、二日目の営業も大盛況で終わった、のだが。
一組の男女が訪ねて来た、女性は妊婦のようでお腹がふっくらしている。
「すみません、夫をいくらくらいで治せるか、みていただくことは可能でしょうか?」
その言葉と、夫婦の様子から察した。
昼間に悩んでいた、平民の患者。
「わかりました、検査しますのでこちらへどうぞ」
羽澄はそう言いながら、施術用のベッドに案内する。
「検査のため触りますので、少し我慢してください」
そう一言添えて、体をチェックした。
「夫は大工だったんですが、落ちて足を骨折してしまって……」
(確かに、一番大きいのは足の骨折、腰もかなりズレてる……これは中症の治療が、二つか)
つまり銀貨二枚だ、言いづらいのもあるが、今銀貨二枚であって、このまま放っておけばもっと悪化する可能性はある。
(妊婦さん、だよね……)
子供のことを考えると、手を差し伸べたくなる。
(今ならコルヴァンの気持ちがよくわかる)
代わりに払うか、無償で治療をするか。
(ダメだ……特別扱いをするわけにはいかない)
ここで安くしたり無償にすれば、自分もそうだが、コルヴァンもまた身を削らせることになる。
あれだけ言ったくせに、羽澄自身の意思が弱くては合わせる顔がない。
羽澄は覚悟を決めて、二人に金額を伝えた。
「足と腰の治療が必要なので、銀貨二枚です」
祈るように羽澄の言葉を待っていた夫婦の表情から、希望がすっと消えた。
視線が足元に落ちる。
「そう、ですか」
「……」
男性がやっと声を絞り出したが、妻は何も言えず口に手を当ててショックを受けている。
と、その時。
――ふわっ
妻の方から何か香りが漂う。
(あれ? この香り……)
それは嗅いだことがある、少しツーンとした香り。
「先生、検査ありが――」
「あのっ! 湿布、貼っていますか!?」
「え、は? しっ、ぷ……て何ですか?」
「あ、えーと」
咄嗟に出た言葉だったが、何とかわかりやすく説明しようと頭を回転させる。
「えっと、痛みを和らげるようなもの、何か使ってます?」
「あ、ええ、はい、安い薬草で作ったものですが、腰に貼っております」
「薬草!!」
羽澄は一筋の光が見えた気がして、思わず声がはじけた。
「羽澄?」
その声が聞こえたのか、コルヴァンが教会から顔を出した。
「コルヴァン、これでみんな平等に治療が受けられるっ」
子供のように眩しく笑う羽澄の姿、いつものクールさとは違うそのギャップにどきりとした。
「……何か、方法が見つかったのか」
「うんっ」
一人喜んでいる羽澄を、夫婦はぽかんとその様子を見ていた。
その視線に覚悟を決めた真剣な顔で見つめ、宣言した。
「我々聖骨院も誰でも治療が受けられる仕組みを作ります。
その仕組みができましたら、一番に教えますので、お名前と住んでいるところを教えてください」
嘘偽りのない羽澄のまっすぐな視線に、夫婦……夫のトリガ・アウレと妻のリウスは、羽澄に「どうかお願いします、この子が生まれる前に……」と頭を下げて、質問に答えるのだった。




