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居眠り伯と万能の天才公爵  作者: 中里勇史
敵は天才公爵

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潰走

 両軍の本隊は、ほぼ同時に到着した。

 オルドナ方面軍は撤退の機会を見いだせぬまま、ニークリット公国軍との戦闘に引きずり込まれることになった。


 ニレロティスとレンテレテスが率いてきた騎兵は馬が疲弊しているため後方に下げた。

 歩兵と共に着陣したポロウェス麾下の騎兵を本陣横に配置し、ベルウェンたちが率いる歩兵を防御態勢で展開した。積極的に攻めるのではなく、ニークリット公国軍の攻撃に対処しつつ退却することを狙った消極策である。


「ついにラフェルス伯(ウィン)のおでましか……」


 ソルドマイエ二世は、布陣の指示を出しながら笑った。


「楽しそうですね、公爵」

「何をしでかすか分からん男だ。実に興味深い」

「戦いは遊びではありませんよ」

「ふん、大した違いはない。――何だあの陣形は。戦う気がないのか」


 オルドナ方面軍の布陣を見たソルドマイエ二世の表情が曇った。怒りと失望から、目つきが鋭くなっている。


「つまらん。さっさと決着を付けるぞ。左翼を前に出した斜線陣に陣地転換。敵右翼をたたく」


 ニークリット公国軍の動きを見たウィンは、すぐに反応した。


「敵が左翼に重心を変えたね。ポロウェス隊を右翼に回そう」


 両軍の本隊が到着してから、既に太陽が二〇度以上は移動している。両軍はにらみ合ったまま、布陣を変えつつ相手の出方を見ていた。

 遂に、ニークリット公国軍左翼が前進した。


「来るぞ。アークラスム隊とポロウェス隊で支えろ。ラゲルス隊、アークラスム隊が交戦状態に入ったら敵左翼を左から攻撃」


 ウィンは一応指示を出したが、この程度は前線指揮官が独自に判断する。

 動かないオルドナ方面軍に向かって、敵左翼が迫ってきた。左翼を指揮しているのはエルレゾンドだった。


「守りに入った臆病者なぞ、一気に粉砕してくれるわ」


 両軍の歩兵が長槍を立てて攻撃態勢に入った瞬間、エルレゾンドら馬に乗った指揮官級が突然突撃してきた。十数人程度がばらばらに突っ込んでくる騎兵突撃など聞いたことがない。

 だが、アークラスムが戸惑っている間に事態は急変した。


 槍を立てた状態で騎兵に飛び込まれて、歩兵たちにはなすすべがなかった。エルレゾンドらは、剣で左右の歩兵を切り裂きながら歩兵陣の奥へと突き進んだ。

 その間に、ニークリット公国軍の歩兵が長槍を倒してアークラスム隊に突っ込んできた。ニークリット公国軍の歩兵は槍を前に突き出して、そのまま後列の兵も突き刺した。


 アークラスム隊の左側に配置されたラゲルス隊が突出してエルレゾンド隊の側面を突こうとしたが、左翼に続いて前進してきた敵陣に阻まれて押し返された。

 ポロウェス隊が敵左翼の背後に回り込もうとしたが、エグバーレント隊に阻まれた。エグバーレントらが乗る馬は疲弊していたが、騎兵部隊を止める程度のことはできる。彼らはオルドナ方面軍の騎兵を牽制さえできればよいのである。


「こちらもニレロティス隊を活用すべきだった。消極的過ぎた」


 ウィンは唇を噛んだが、もう遅かった。

 アークラスム隊は完全に崩壊していた。アークラスム隊の潰走は他の部隊にも波及し始めていた。ラゲルスやベルウェンが必死に統率しているが、逃げる兵たちを押しとどめることは不可能だった。

 アークラスム隊を粉砕したエルレゾンド隊は、方向転換してラゲルス隊の側面を攻撃し始めた。


「弱ったな。どうすることもできないね」


 ウィンは情けなさそうに頭を掻くと、「ドロウアイルまで撤退せよ」と各部隊に伝令を出した。もはや、組織的な撤退戦ができる状況ではなくなってしまった。


アレス副伯(フォロブロン)、我々も逃げるよ。敵が来たら守ってね」


 と言うと、ウィンは逃げ出した。

 オルドナ方面軍の完全な敗北であった。


 戦闘は終わり、戦死者が最も発生する追撃戦に移行していた。

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