動揺
ムルラウ討ち死にの知らせが帝都にもたらされたのは三月二五日だった。ロレンフスは執務室に閉じこもり、半日ほど出てこなかった。
大公の戦死というここ三〇年なかった事態に、皇帝宮殿は騒然となった。
二七日には、オルドナ方面軍がクーデル三世に勝利したという知らせと、ニークリット公国軍によってオルドナ方面軍が壊滅したという報告がもたらされた。ファッテン伯を中心とするナインバッフ・グライス軍がオルドナ伯領の掃討戦に入っているが、ナインバッフ公国にはまとまった戦力が存在しないことになる。戦争指導を根本的に改める必要があるという空気が生まれ始めていた。
こうした情報をエルエンゾから聞き出したウリセファは、予想以上の結果に大いに満足した。有力家臣は前線におり、信頼する弟は討ち死にした。皇帝の喪失感と孤立感はますます高まり、エルエンゾに依存するようになるだろう。そうすれば、エルエンゾを介してさらに皇帝を操りやすくなる。
もっと、もっと、帝室を壊さなければならない。もっと、もっと、皇帝を孤立させなければならない。頼れる者がなくなれば、ウィンを取り立てるしかなくなるだろう。次は、あの男に手柄を立てさせるのだ。
だが、あの男はニークリット公に敗れて生死不明だという。こんなところで、「帝国のために戦って死んだ」などということになってもらっては困る。
ウリセファは、憎き仇敵の無事を祈り、そんな自分の滑稽さを笑った。
ニークリット公の一八日、一九日の戦勝は、皇帝宮殿のみならず帝国に波紋を広げた。特にニークリット公や公国軍を身近に感じる者ほど、その影響は大きかった。
当初は日和見を決め込んでいたニークリット公国やニークリット・グライスの貴族たちの中には、ニークリット公に心を寄せる者が出始めた。ニークリット公がこのまま勝ち続け、帝位に即くなどということにでもなったらどうするのか。歓心を買うなら早い方がよい。
ナインバッフ・グライスの中にも、ニークリット公に恭順を示す者が現れ始めた。
ついに、帝国が揺らぎ始めた。




