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-15.〔深緑の変貌、天の声にすがる聖女守の焦燥〕

 



 野原に、突如として異様な音が響き渡った。

 地響きとも違う、ミチ、ベキ、と地面が、植物の蔓で強引に引き裂かれる大きな響き。

 地上の土が足下から、――せり上がってくる。


「っ、ッ? いったい何事ですか……っ!」


 最初に声を上げたのは聖女守だった。

 そして彼女が足もとに視線を落とした瞬間、草のはざまから身をよじる暗緑色の手が弾け飛ぶ様に足首をからめとる。


「っひッ?」


 凛としていた聖女守の声音がひっくり返る。

 次いで抗おうとするものの、うねりを上げる蔓が容赦なくその身体を締めあげて一瞬の内に自由を奪っていく。

 事態はそれだけに留まらない。

 周辺の地面、あちこちからボコボコと地を割き出現する植物の反乱に――。


「うわあああッ!」

「くそッ?」


 ――周囲の衛兵たちも、次々と悲鳴を放つ。

 そうして為すすべに、介入する隙を与えず。

 鍛え上げられた衛兵達もまた、網にかかった虫みたいに、その場で縛り付けられていく。


  …


 形勢逆転という言葉が、これほど場に相応しくなる状況を自ら体験するとは思わなかった。

 ――でも。何故……?

 しばし目の前の光景を眺め、呆然と立ち尽くす。

 結果、植物の触手に干渉されることなく佇む、もう一人の人物に視線を向けた。


「……は?」


 思わず、間の抜けた声が口から漏れる。

 ナゼなら、そこに居たのは私が警戒していた赤い暴君ではなかったから。

 それどころか薄汚れたマントを着るおバカな、アイツでもない。

 既に縛られていたはずの麻縄はなく。どういう訳か、見たこともない深緑の色へと様変わりしている。

 サラリとしたナチュラルマッシュの髪、続いてこちらに向ける――その瞳すらも、銀の色から深く怪しい緑の光を宿し、輝いている……?

 いや、ダレよ。

 モチロンあの魔法使いであることは理解している。が、その変わり果てた――もとい、妙に神々しくなっているアホウ・マギに向けて、内心にて私はツッコんでいた。


「どうやら、オマエのカルマに悪は無いようだね」


 ――ハ?


「ならば、あの悪しき輩どもを処理して、終わりにしよう」


 ェ。

 すっと深緑の魔法使いが両腕を広げる。と彼が着ているローブの裾から、ミチミチと無数の太い木の根が這い出てきた。


「ちょ、」


 根は蛇のようにのたうち地面へと突き刺さる。

 その本体となるであろう身体は、緩やかに地上を離れて足が数センチほど浮かび。

 服の内部でうごめく圧倒的な質量に耐えかねたのか、パチィンとマントの留め具が弾け飛んだ。――緑の布切れが、ひらひらと何処かへ舞っていく。

 先端が尖がった帽子はというと、気づいたときにはもう行方知れずだったので省く。

 とみなして。

 急遽、鼻を突く、強烈で濃厚な青臭さは、世界中の植物をすり潰したと思えるくらいの生々しいニオイ――が野原いっぱいに立ち込めて、目覚める。


「……嘘、でしょ……」


 見開く視界で、鬱蒼とした奥深い森が生き物のごとく咆哮を上げた。

 バリバリと烈音がとどろく、大地を引き裂く絶望的な振動で、大樹の群れが天に向かって伸長していく。

 森が、動いた……っッツ?

 それも数本や小さな範囲などではない。

 森という広大な土地、その上に生えていた自然そのモノが空へと急激に樹幹を伸ばし一本の超巨大な樹木みたいになりつつ上昇――。

 ぐにゃり。

 ――言葉を失った。

 もう私の世界に、今の状況を表す事のできる言葉は存在しない。

 視界に在るのはただ空を覆い隠す、逆さまの樹海のみ。

 太陽の光は完全に遮断され、日は一瞬にして夜、ざわざわと葉の擦れる不気味な緑の深淵が天から私たちを抑圧する。




 上空を埋め尽くした逆さの樹木が、きしんだ音を立てながら、下降を始める。

 もとが森という無数の樹が複雑に絡み合い、大地を踏み潰すための巨大な足の裏の様。

 その巨足の底、ちょうど土踏まずに見える部分。

 ――見覚えのあるモノが枝木や葉と共に混ざっていた。

 あれはパウロンの、外界に在った木造の家、だ……。

 大樹の強靭な根に挟まれ、逆さ吊りの状態で。聖女守や神儀監――衛兵達の頭上から、容赦なく自然の猛威が迫りくる。

 深緑の空が墜ちる、異様な光景に植物の蔓に縛り上げられた集団は、もはや悲鳴をあげることすら忘れて自ら硬直し。


「ぁ、ぁ……」


 誰が発した声かも分からない。

 けれども、私だけは、戦慄を覚えながらもツッコミを入れずにはいられなかった。




 ――自称元聖女が声を上げる。


「ちょっと、アンタ馬鹿じゃないの?」


 直後。

 私の罵声が、墜落しかけていた自然の暴力に対する急ブレーキに、なったのか。

 ピタリ、と。

 聖女守達の頭上わずか数メートルのところで、大樹の巨足が猛烈な質量を完全に静止させた。

 凄まじい風圧が野原を叩き、強烈な木の葉のニオイが鼻腔を暴力的に突き抜けていく。

 その流れに目を細めた瞬間、ギギギ、と鼓膜を刺すような、生木がねじ切れる軋み音が響く。

 ――え。

 方向転換。踏み潰すはずだった目標の地から、真横へと信じられない軌道で巨足が移動する。頭上を掠めていく暴風に、衛兵達の息が詰まる感じが伝わってくる。

 そしてズゥンと、大気を震わせる重低の轟きと共に、巨大な緑の足底が目の前で止まった。

 無意識に顔が引きつる。

 ただ偶然かは分からないが、目の前の、圧迫感の中心にはあのボロい木造の家があり、嫌でも視線が釘付けにされる……。

 続いて、今にもな感じだった木の扉が、移動の勢いに耐えかねたのかバキィンと断末魔の叫びで完全に外れて地に落ち。

 ――開いた、扉の内側。見渡す限り草に覆われた地へとつながる異空間の七色が、足の裏にできた眼みたいで、今は少しおぞましい。

 すると直ぐ近くに居た誰かさんからも、異常に不愉快そうな瞳を――向けられる。


「今、オマエは我を馬鹿と評したのかィ?」


 あぁ、そういうコトか……。


「見たところ、先日我のところに出向いた、どこぞの子女、その関係だろうね? 事が済めばたちまち不敬ってね。所詮はあの女に育てられた供物、買いかぶったのが誤りだったね」


 ……理由までは分からない。けど、私は現状、自分で不自然に思えるほど冷静だった。


「たぶんそれ、私じゃないし。関係もないと思うわよ」

「なに、では何故おなじ服を――イヤ、なるほどね。言わずとも我なれば理解するよ……、ふむ。さてはこの状況、我の知らぬ先の時間だね。そうだね? リーゼ」

「ぇ、なんで……」

「思い出せないのかィ? まァ人の身では致し方ないのかもね。我と汝が七百と五十年程前に会った記憶は、大賢者である我の記録庫で保管されているよ、確実にね。……それにしても、随分と色が黒くなったんだね、まるで土偶みたいだよ」


 ――ぁ。私たぶん、このタイプ嫌いだわ。

 とはいえ、懸念していた状況にはならなそうなのは、ほっとする。


「で、さっきの馬鹿は聞き捨てならないね。ちゃんと説明をしてくれるかな?」


 説明もなにも、被害地域に自分達が立っている場所の配慮がないのは――オカシイと。


「おっと、その前に御邪魔虫だね」


 パウロンが放った視線の先、逆さの樹海がもたらす暗闇から巨足の突出で空の森が歪み木々の間から差し込む、まだらの木漏れ日の中に、蔓に捕らえられていたはずの聖女守マデリーンが――姿をあらわす。


「……マデリーン様」


 どうして。


「以前も言いましたが、天の声は私を選ぶ、女神がお恵みになるのです。奇跡とは起こるべくして起きる。あなたのような娘に、分かる由はありません……」


 しかしその足取りは弱々しく、以前の私、ほどではないにしても。これまでを知る、私の記憶に残る聖女守の姿とは、汚れた着衣からして別物だった。

 マデリーン様……。


「ふん。天の声? そんな事は大賢者の記録庫にも無いね。もう何かにおすがりするのはヤメて、観念したら?」

「ッ、あなたは、いったい何なのですか……ッ!」


 悲痛ともいえる叫び。けれども深緑の魔法使いは、鼻で笑うことすらしない。

 自然と調和する、その手をゆるやかに掲げて。

 連動する、彼の身体を宙に留めている根の群れから、槍のように尖った一本が身を震わせて聖女守の胸に、――照準を定める。

 ぇ。


「これはオマエらが慈悲って言うのと、同じ事だよ。我の名はパウロン、この世の理を統べる偉大なる大賢者――パウロン・ヴィンテージ。さ、もう忘れていいよ」


 小さく掲げられていた手が、ふり下ろされる。

 次いでしなる深緑の槍が、一直線にマデリーンの心臓めがけて、突き進む――。

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