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-16.〔崩れ落ちる最後と記憶の反転がもたらす聖女たちの悩み〕

 死を予感させるには十分な鋭利。

 突き進む暗緑色の根を目前に、マデリーンの瞳が限界まで見開かれる。

 ――刺さる。

 リーゼが思わず息を止めた、まさにその瞬き。

 聖女守まで、わずか数センチという狂気的な距離で、槍だった根の先端が爆発するように複数の触手へと枝分かれする。

 鋭い切っ先は一瞬にして蔓状へと変わり、彼女の衣服を、手首を、そして自由を奪う。

 文字通り一網打尽と絡め取っていく――捕獲劇。が、終わる。


「っ……っッ?」


 縛り上げられたマデリーンから、掠れた声が漏れ。

 その様子を、数メートル先から見る十代の美少年は、相変わらず、どうでもよさそうにしつつ――再び手を掲げた。


「死とは救済だ。オマエには生きて地獄を味わってもらうよ」


 次いで深緑の魔法使いが不敵な笑みを浮かべて、指の節を下ろす。


  ※


 言葉と新たな終わりの合図で、聖女守の身体を拘束している根の蔓が揺れ動く。

 直後、太めの根のあちこちからボコボコと不気味な音を伴い、急速に、赤黒い蕾が膨らみあらわれる。

 そして不自然な開花が、ポン、ポン、と少し暗い野原の一ヶ所でのみ、始まり。

 見たこともない極彩色の花弁が、全て、開き終わる。と同時にむせるような甘ったるいニオイが周囲を満たしていく……。

 更に。

 な、に……これ……っ?

 異変と察して咄嗟に袖で口元を覆う。がリーゼの肺にも花粉と思しきものがニオイを引き連れ、否応なしに体内へと侵入してくる。

 最初の変化は、自身ではなく、激しく咳き込んでいた彼女の動きがピタリと止まった。後に、聖女守の存在が急激に失われるのを、感じ取ってから――。


「ここ、どこ……? おうちに、帰りたい、よぉ……」


 マデリーン、様……?


「はは。みっともないねェ、まるで迷い子のようだ。ま、仕方ないか。この花は周囲に記憶を反転させる特殊な花粉をばら撒くんだ。今のオマエは、子供っぽい大人ではなく、大人っぽい子供なんだよ」


 もの凄くややこしい……!

 加えて、その花粉を同じく吸っている、私も。

 ――等しく。

 脳を強烈に揺さぶられるような感覚で。

 これまでの、聖女リーゼ、としての十七年の記憶が、ひっくり返る。

 前世の記憶と、大沢カナ、の二十四年の記憶が主従を反転させて、我に返る……。


「ごほっ。……ちょ、何これ。マジで最悪なんだけど……っ」


 思い出したくなかった記憶すら、確かに思い出せてくる。アンド、泣けてくる。


「へェ。オマエ、オモシロいね。そういう在り様だったとはね、我は全て理解したよ」


 うぜェ。


「マジでなんなの、この超展開……? 落としどころとかあんの?」

「この世の台本かィ、そんなのは我が産まれた瞬間に、決まったんだよ」


 ハイまたもウザい。


「さて、と」


 結果的に前世の人格と反転し涙目になっている私を完全放置、深みどり色の魔法使いが今もメソメソしているマデリーンの方へと、目を向ける。


「おいオマエ、なんでこんな事をしでかしたか、嘘偽りなく答えたら家に帰してやるよ」

「ぅぇ、――……ほんと?」

「大賢者は嘘を吐かない」


 よく言うよ。


「ん……、私、がんばったの、いっぱい。やっといまの立場になったの。なのに、……なのにリーゼちゃんが、すごく若くて優秀だから……。いつか、私の場所が盗られちゃうんじゃないかって、怖くて、こわくて……」


 マデリーン……。


「ふーん。ムチャクチャくだらないね、その話」


 おいっヤメれよ! ここエモいとこだろっ。


「だからね、お友達に相談したの……。そしたら内乱罪をでっちあげて国から追い出せばいいよって。だから、協力して、リーゼちゃんを悪者に、したの。わたし、ただ安心したかっただけなの……っ、ごめんね……リーゼちゃん」


 マデ、


「オマエなかなかに自分勝手だな。そこまでして、生きてて楽しいかィ?」


 オマ、鬼畜ガチ勢かよ!


「違うのっ! 殺すなんて、私きいてなかったのっ! 追い出すだけって……。でも、生きててほしくなかったのも、ほんと……。ごめんなさい。……もう、そうするしか……」


 分かってるよな? もうこれ以上は。


「あっそ。ところでさ、オマエ、名前なんだっけか?」


 ここでそれは一周回ってぴえんだわ。


「マデリーン、です……。ぅ、うあああん、おうちに帰してよぉ!」


 わ、泣いた。いい歳した大人の女性が、縛られた状態で幼児みたいに号泣している。

 まさに生き地獄の光景だ。


「――どうする、オマエも何か言うかィ?」


 一応、考えてはみる。けど――、そんな義務教育は受けていないので。メンブレ回避に徹する拒否で、首を振り、返す。


「っそ、じゃあ我は原点回帰。記憶を戻すとするよ」


 そう言って深い緑色の瞳が眼差しを向ける先、から――うねうねと、一本の蔓が生き物みたいに見覚えのあるガラスの瓶をパウロンの手もとへと運んでくる。

 ぁ、と小さく声を上げそうになった。

 けれども口は災いのもと……。つまりは安定の待機。

 私がそう思い静かに見守る中、自称大賢者の指先がひょいと瓶の細い首を掴み、取る。


「我から先の時代で何が起きているのか、我には大体の予想ができているよ。今や、完ぺきにね。ただ我には関係のない時代の話だ、オマエが苦労するといいよ」


 ザ・他人事。そりゃそうか。でもさ――。


「――この辺のコトはどうすんの……? 放置で逃げんの?」


 あと私たちの状況とかさ。


「心配ないさ。我が居なくなれば、自然と調和する。次第と元に戻るだけだね。それよりも、リーゼ。頼む気はさらさらないけど、不死になった後の我を、――しばし頼んだよ」


 いやガッツリと頼んでるじゃん……。


「……何の話?」

「大地とつながっている以上、全てはつつぬけってコトだよ。まァ今はまだ、キミ程度では理解ができないだろうね、はは」


 これはピキっていいよね?


「さようなら、リーゼ。――また未来で会おう」


 次いでパウロンが、銀色に光る瓶の蓋を抜く。

 できることなら二度と関わりたくないわ。




 銀の光が触れ、深みどり色の魔法使いから緑の魔法使いへと戻る。

 時間にしてわずか、短い年月の切り替わり。

 てか250年も相当だけどね。

 本人の生きた時間からすれば、大した事ないって話だろうけど。

 ――でもさ。


「気持ち悪いのゥ……、いったい何が起きたんじゃ……? オェ」


 それは結局そうなるんだ。と、風に吹かれて頼りなく、吐き気で揺れる銀色の髪を見つめる。

 まあ一応――。


「――大丈夫?」

「ん? ……なんじゃ、小娘か……」


 どうも前回と同様に。情報過多による酔いの状態から、徐々に回復しつつ。

 瞬間パウロンの視線が手の瓶へと向く。続けて、彼の呆けた瞳にパチリと何かが灯る。


「……むお、思い出したぞィ! ――小娘っオマエ、ワシに忘却の瓶を使いおったなっ! 絶対に許さぬぞ……うぬぬぬッ!」


 あ、思い出しやがった。


「お返しじゃ!」


 そう言うや否や、緑の魔法使いが瓶の蓋を開けて――。


「ハァッ?」


 ――途端、瓶の口から光は出てこなかったが見えない引力に前髪が一瞬ふわりと浮き、視界が白黒と不快な感覚、脳を直接撫でられる様な感触も付与され“何かが”引っこ抜かれ、た?

 あれ。私……?


「カッカッカ。さて、小娘、オマエもワシと同じように気持ち悪くなるんじゃッ!」


 本当に小さな光。何かが入ったガラスの瓶、の蓋を掴み。パウロンがまた何かを――ぁ。


「くろうてみよ、小娘!」

「――フ、フザケんじゃないわよ! なにしてくれてんのよっ……!」

「ふェ?」


 これ以上余計な事をされてたまるかと、半ばキレながら突撃し瓶を持つ手首を両手でガシッと握りしめる。


「かえしなさいよっ!」

「なにを言っておるッ、そもそもこれはワシの物じゃッ!」


 互いに一歩も引かずにもみ合う。その意地が頂点に上り詰めた、まさにその時。

 パウロンの手から不意に滑る、ガラスの瓶が向こうの空――宙、高くへと放り出される。


「「ぁ――っッ?」」


 マズい。

 割れる、――最悪の結末が脳裏をよぎる。

 思わずその方向へ、前のめりになった、次の瞬間。

 髪や肌と一体になり潜んでいたツチノコが、バネのように私を踏み台にし離脱する。そして空中の瓶へと一直線に――取り付き、全身を丸めて瓶を包み込む。

 その勢いのまま、伝説の霊獣と瓶は軌道の先にある、――完全に扉が無くなったボロい木造の家、内部の異空間に消えていく。

 ……、――ひょっとしてこれは助か。

 ズゥン。

 突如として世界を仕切っていた境界線が、バキバキと音を発する。

 ェ?

 鼓膜を激しく震わせ破れて裂ける柱が折れ、屋根は瓦解、壁は重なり合って――一気に家が、濃い灰色の土煙と共に散乱し、野原へと脱落して崩壊する、最期が響き渡る――。

 ――しばし。風が砂埃を優しく浚う。

 最後に動いたのは、あまりの衝撃に言葉を失う私の、膝から崩れ落ち平伏する、様だった。

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